第2話「お客様は本当に神様ですか?」


「グミ……本日からお前は野菜屋に転職を命ずる」


 女王ムタの皇女であるエクリプスが俺に命を降した。


 無職となり食うのに困った俺は、新しい仕事を貰うために王宮にきたのだ。多忙である王女に変わって、こういう雑用は数人の側近が対応する。よくある話だ。


「ははっ!ありがたき幸せでございまするでつかまつる!!」


 頭を垂れ跪いた俺は、慣れない丁寧な口調でいった。


 あの時ボサタに夢を否定された怒りで、俺は仕事を辞めムーピー作りに専念するなんて言った。しかし現実はそんなに甘くないと思い直し、いま俺はここにいる。


 首にぶら下げたゴッドボード。それが元の銀の板に、成り下がっているのがその証拠だった。


 それは少し遡った出来事だった。紙芝居屋を出て行った俺は、ゴッドボードの性能を確かめるため、森や川、洞窟、城下町の広場など様々な場所に赴いた。


「カメラ」なる機能を使って、植物や建物、昆虫や鳥をこの板の中に収めていくためだ。


 短い冒険を終え、城下町の噴水の下で俺は休憩する。


「この美しい再現度。カメカメとは比べ物にならないな」


 収められた写真の数々を眺め、達成感に浸る。まるでそれらは、そこにいるような臨場感があった。


「あれ?動画機能とかいうやつもあるぞ。やってみるか」


 その時ふと発見した動画機能を試すことにした。ちょうど広場で、子供たちが球蹴りをして遊んでいる。いいチャンスだ。


 俺は板を手に取り、動画とやらを開始した。すると画面には和気藹々とした子供たちの一部始終が、そのまま映し出されているではないか。


「おぉ……これは凄いぜ。これでいつでもどこでも、こんなリアルな映像を撮ることができるのか……」


 板の中に収まる映像を見て感動。ムーピー作りの大きな足掛かりを掴んだのだ。


ーファンファンファン


 その時だった。あの不可思議な音と共に、ゴッドボードの画面が突然消えてしまった。


「充電がありません」という訳の分からない言葉を残して。


 ゴッドボードは全貌を明らかにすることなく、元の只のの板に戻ってしまったのだ。


「なんだよ!おいゴッドボード!うんとかすんとか言ったらどうなんだ!」


 人目も憚らず俺はゴッドボードに訴えかけるが、返ってくる返事などなかった。


街の猫人たちは冷たい視線で俺を見ていることに気づき、ふと我に帰る。


「期待させやがって……畜生……」


 絶望的に青い空を眺め、空虚にそう呟くしかなかった。


 そういう経緯で、俺は今王宮にいるってわけだ。


 親父がよく言っていた言葉に、


「俺たちは才能がないから、やりたいことは仕事には出来ない。だから趣味で楽しむのが一番さ」


というものがある。


 俺に才能があるのかないのかは、まだ分からない。でも親父の言っていることが、全部間違いだとはこうなってしまった今では到底思えなかった。


 このオメガという国で女王ムタの命に背き、自分のやりたいことを仕事にした猫人たちは、必ずといっていいほど破滅の道を歩んでいる。


カツオブシを色んなところから借り、家族や友人から信頼を失ったもの。せっかくスクルーで最も偉大な学歴である、「でぇがく」まで行ったのに、夢のせいで路上生活をしているものもいるのだ。


 きっと女王は自分たち国民が不幸にならないために、自分たちの未来を決めてくださっているんだろうな。俺だって、チュールが食べれなく未来なんて嫌だもん。


「おいグミよ……聞いてるのか?これから野菜屋として生きていくための、心構えをお前に教えてやっとるのだぞ」


 皇女が俺の顎をくいっとして、心配そうにいった。

 

 あらあら。考え事をして上の空だったのが、バレちまったようだな。


俺は満面の笑みで、こういうしかなかった。


「すいません。何にも聞いてませんでした」



カツオブシ・ユートピア

第二章「お客様は本当に神様ですか?」



 こうして俺は野菜屋として、勤務初日を迎えたわけだ。とりあえず今はムーピーのことは忘れて、生活を立て直すことが第一だ。


 新しい勤務先は決して立派な店ではないが、黒い漆塗りの台の上に色とりどりの野菜が並べられ、食いしん坊の俺からしたら夢のような職場だった。


 しかし大きな問題が一つだけあった。


「でなんでよりにもよって、ウチの店ってわけよ?」


 テンバが呆れて渇いた溜め息をはく。


 偶然というべきか運命というべきか、俺が配属された野菜屋はテンバが働いていたのだ。


「知らねーよ。ムタ様に聞いてくれよ」


 つっけんどんな態度で俺は返す。


「ハトの翼も借りたいとは思ってたけど、ムタ様もこんな変なの寄越さなくてもいいじゃない」


 有名なことわざを使って、テンバは意地悪をいう。


「聞こえてるぞ。それに俺はハトよりは役に立つ」


「聞こえるように言ったのよ。ハトの方がマシよ」


「俺の働きぶりをみてから言ってくれよな」


「はいはい。期待しないで見てあげるわよ」


 俺たちは支給された野菜屋のエプロンを腰に巻き、開店準備に取り掛かった。


 それから数時間、ニ、三人の客は来たものの、俺たちの野菜屋は大盛況と呼ぶには憚れる状態が続いていた。


行き交う猫人たちが、この店を素通りしていく姿がなんとも胸をえぐられる。


「暇だな……」


 椅子の上に胡座をかきながら、俺は何度言ったか覚えてないセリフを吐く。


「そういう時もあるわ。辛抱なさい」


 テンバは顎に手を添えながら答える。


「いつもこんな感じなのか?」


「そうよ」


「呼び込みとかする気はないのか?」


「別に」


 即答してくるのはいいが、まるで無感動な応答だ。何かを諦めてしまったような様子である。


 俺もムーピーのことを半分諦めたから、気持ちは分からないでもない。女優時代に追った傷が、まだテンバの尾を引いているのかもしれない。


 そういえばゴッドボードのことを、テンバに言ってなかったな。俺は話題を変えるつもりで話すことにした。


「それよりお前から貰ったゴッドボードだっけか。あれとんでもなく凄いものだったぞ。あんなちっちゃいのに、カメカメの機能があるし、動いてるものまでそのまま再現してくれるんだ。でもな……元の板に戻っちゃったんだ」


「面白い冗談ね」


 その言葉とは真反対に、テンバは無表情で返した。


「嘘じゃねーよ!今となっては証拠はないけど、本当にゴッドボードが反応したんだよ!」


 躍起になった俺は捲し立てるようにいった。


 するとテンバは真面目な顔でいった。


「あっそ。アタイの親父が似たような世迷言を言ってたわ。街の人たちにそれを言いふらして回って、キチガイ扱いされてたわ。それで最後は病院送り。アンタも同じ目に遭いたくなければ、そんな嘘は言わないことね」


「親父さんはどうなったんだ?」


「更生してちゃんと戻ってきた……。だけどその目に光はなく、身体はアザだらけで酷く痩せていたわ……」


「……」


 あまりのショックに声が出なかった。テンバの父は病院で何か酷い目にあったに違いない。


「だからもうこの話は終わりにして。アタイはあの板のことなんて信じないし、思い出したくもない。だからアンタにそれを押し付けたの。友情の証だなんて嘘ついてごめんなさい」


 冷淡な口調でそう言うと、テンバは店の奥に入ってしまった。


「あの時の嬉しそうな顔は嘘だったのかよ……」


 テンバの遠くなる背中を見つめながら、俺は悲しげにそう呟いた。


(いいのか。こんな大事なものもらっても?)


(いいよ。グミ、アンタとは変わり者同士仲良くやってけそうだし)


 頭の中はディスコドンの丘で、ゴッドボードを受け取った時のことを思い出してしまう。


あの時のテンバの言葉や表情が、どうしても俺には嘘には思えなかった。でも彼女本人が嘘だと言うのだから、それが真実だと受け入れるしかなかった。


 それからしばらくしてテンバが戻ってきて、仕事を再開した。彼女は何事もなかったかのように、「さぁ仕事!仕事!」と笑っていたが、どこか俺には無理をしているように見えた。


 その後はニ、三人の客が来ただけで、店は閉店時間を迎えた。稼げたカツオブシは雀の涙、俺の紙芝居屋時代の時給にも満たない額だった。


「全然カツオブシ稼げないじゃねーか。つまんねーよ」


 俺は八つ当たりするように、売り物のトマトを掴むと勢いよく齧り付いた。


「当たり前よ。野菜屋なんていくらでもあるし、ここじゃないといけない必要性もないもの」


「チッ!紙芝居とおんなじじゃねーか!」


 今度はキュウリにカリッと噛みつく。食べても、食べても怒りは収まらない。


「そうよ。生きてる限りアタイらは戦士。戦わなければ生き残れないのよ」


「でもお前はなんか最初から勝負を投げてるように見えるぜ」


「アタイはもう戦うのに疲れたのよ。前にも話したでしょ?女優をやっていた時に、色々あったって……」


「それは分かるけどさ……テンバ、お前は悔しくないのかよ?」


「ない」


 またもや即答するテンバ。


「いい?アタイは残りの人生は日陰でひっそりと暮らしたいの。邪魔しないで」


 テンバはエプロンを外すと、店を後にした。そして去り際に振り返りながら、こう言った。


「それとアンタがつまみ食いした分の野菜は、給料から引いとくからね」


「チェっ!ケチ!」


 もう一個トマトを掴もうとした手を、思わず止めながら俺は舌打ちした。


「見てろよ……俺はぜってぇ諦めねーからな!!」


 歯をギリギリとしながら、俺は悔しさを滲ませるしかなかった。


 じゃあなんであの時、俺に声をかけたんだ?本当はこんな現状を変えたいと、誰かに助けを求めたかったからじゃないのか?頭の中は混乱でいっぱいだった。


 仕事を終えた俺は「大宇宙」で、チュールを一本引っかけることにした。野菜屋デビュー失敗の、いわゆる気晴らしというやつだ。


「マグロのチュール一本頼むよ」


 「いらっしゃいやせ」の声とともに、俺は暖簾を潜りながら、お気に入りの一品を注文する。


 すると厨房にいた料理人らしき男が、申し訳なさそうに出てきて頭を下げた。


「すいやせん。マグロはもう品切れなんれすよ」


「じゃあおかかで」


「おかかもないれすね」


「そっか。じゃあなんでもいいからチュール」


「すいやせん……実は貴族の方が、この店のチュールを全部買い占めちゃったんれす……」


 料理人はさらに申し訳さを強めた顔で、頭をポリポリと掻いた。


 「え!?」と俺は目を丸くしたと同時に、誰か分からない貴族に対して怒りを覚えた。こちとらこのチュールを楽しみに、今日の辛い仕事を頑張ったんだ。食べ物の恨みは強いことを知らないのか?


「ないもんはないで仕方ないぜ。とりあえず水一杯貰おうか」


 出来るだけ俺は作り笑顔で、なんでもないような素振りでいった。だがその裏で、腑は煮えくり返っていた。


「すいやせん……」


「もう謝んなくていいよ」


「すいや……」


「いいってもう!」


 俺は受け取った水のグラスで喉を潤しながら、なんだかやるせない気持ちに浸っていた。


 紙芝居屋や野菜屋、この酒場だってそうだ。一部のカツオブシのあるものが、残らず幸福の種を奪い取っていく。


そのせいで持たざるものたちは、身も心も貧しい思いをしなければならない。


 一本のチュールというささやかな幸福。それだけで俺たちは明日を生きる活力になる。


持つものたちはその幸福を、貧しい俺たちにわずかばかり残してくれたって、罰は当たらないじゃないか。


 俺は奪っていった貴族たちの胸ぐらを掴んで、一人一人にこう問いただしたい。


「他人を不幸にしてまで食うそのチュールは美味いのか?」


と。


「おっ!グミ先輩じゃないすか」


 いきなり男の声が降って来た。快活であり若々しい。振り返るとヴァースキのハンサムな笑顔が向けられていた。


「なんだヴァースキ。俺はいつお前の先輩になったんだ?」


「一緒にファラファラさんの紙芝居に行った仲じゃないすか〜。もう先輩後輩の関係ですよ〜」


「あっそ。好きにしろ」


 わざとぶっきらぼうに返す。


「おっしゃ!」


 ガッツポーズをして喜びを表現するヴァースキ。俺も面倒くさいやつに好かれたもんだ。


「後輩さんよ……せっかく来てくれたとこなんだが、この店にはもうチュールはねーぞ」


 ヴァースキを追い返す口実に、俺はチュールの話を持ち出す。

 

「らしいですね。さっき聞きました」


「らしいですねじゃねーよ!貴族の奴め!一本くらいチュール寄越せってんだい!」


 まるで駄々っ子のように俺は、腕をブンブン振り回す。


「まぁまぁ、そんな日もありますって」


 ヴァースキはそんな俺を宥めるように、肩のマッサージを始めた。案外上手いじゃないか。


「先輩、大分落ち込んでるみたいですね?なんかあったんすか?」


 マッサージの手を止めずに、ヴァースキは俺に尋ねた。


「聞いてくれよヴァースキ、実はな……」


 俺はヴァースキに野菜屋に勤務してからの出来事を話した。もちろん病院送りは嫌なので、ゴッドボードのことは伏せたが。


「なるほど……そんなことがあったんすね」


 小魚の煮干しを口に放り投げながら、ヴァースキは言った。


「それを踏まえてお前はどう思う?」


「どう思うって?」


「つまりな……野菜屋が繁盛するためにはどうしたらいいかって聞いてんだよ」


 俺の問いにヴァースキは、しばらく腕を組んで考えるといった。


「そうですね〜。他の野菜屋にはない、面白い工夫とかやってみるのはどうですか?」


「ほう。例えばどんな?」


「これはウチのお袋が言ってたんですが、この国は特定の店には特定の商品しか置かれてない。だから色んな店に行かないといけないから、正直煩わしいったらありしゃしないって。だから僕思ったんですよ。例えば野菜だけじゃなくて、その店に行けばほとんどの商品が手に入る店を作ったらどうかって!」


「野菜屋に石鹸や本、肉、パン、工具とか置くっていうのか?もうめちゃくちゃじゃないか」


「そこがいいんですよ。例えばこの店に野菜が欲しい人は一人しか来なくても、パンが欲しい人は十人いるかもしれない。肉が欲しい人、石鹸が欲しい人はもっともーっといるかもしれない。つまり色んなものを店に置けば、それだけ入り口は広くなるんですよ!」


「なるほど。お前賢いな」


「それほどでもあるっす!」


 照れ臭そうに鼻の下をこするヴァースキ。


「おいそこは謙遜するとこだ」


「さーせん」


 それに対して俺はツッコんだが、ヴァースキは悪びれてないようだ。


 ヴァースキのやつ、最初は面倒くさい自称後輩と思っていたが、案外使えるやつかもしれない。斬新な閃きに関しては、他の奴らにはないものを持っている。


 その後も俺たちは「野菜屋改造計画」に向けて、色々な意見を出し合った。


「そうだ!こんなのも思いついたぞ!他の店がやってない時間も営業するってのはどうだ!」


「いいっすね!あと500カツオブシ以上買った人に、くじ引きをやらせるってのも購買意欲をそそるんじゃないですか?」


「おぉー!めちゃくちゃ面白い!それ採用な!」


「営業時間も客足も増えるので、僕が入ったとしても三人だけじゃ店は回らないと思うんです。僕のスクルー時代の何人かの知り合い誘っときます」


「おぉ助かる」


 一時はどうなることかと思ったが、野菜屋再建に向け光が差したかもしれない。俺は胸を高ぶらせて、「大宇宙」を後にした。それはガラにもなく鼻歌なんか歌って帰るほどだった。


 こうして数日の時が流れたある日。俺たちはついに計画の実行に乗り出すことにした。


 窓の外は満月。日付が変わろうとしている頃、野菜屋の前に一同揃う。もちろんテンバには内緒だ。


 しかし現在集まったのは、俺とヴァースキの二人だけであった。集合時間はとっくに過ぎている。一体何があったんだ。


「お前が誘った奴らは本当に来るのか?」


 懐疑的な目で俺はヴァースキに言った。


「来ますよ。ちょっとは僕を信用してくださいよ」


 心外と言わんばかりに、ヴァースキは返す。


「あぁ悪かったな」


 俺は上辺だけ謝っておく。そして心の中で、「ファラファラの紙芝居の時に、こっちは痛い目見てんだよ」と思った時だった。


「あ!来ました!」とヴァースキが嬉しそうに指を指す。


 そちらを見ると、パカラパカラという音とともに、颯爽とポニポニに乗った三人の若者の影が見えた。


 若者たちは俺たちの前に、ポニポニを止めるとふわりと着地を決めた。


「紹介しますね。左からちったん、とぅーたん、クチョマンです」


 ヴァースキが紹介すると、それぞれ頭を下げた。


「よろしくお願いしまーす!」


「どうもどうもです」


「よ、よろしゅく……!」


「噛んだな」


 思わず滑舌の悪いクチョマンにツッコミを入れる俺。


「うるさいれす……」


 それに対し、クチョマンは勘弁してとばかりに顰めっ面をしてみせた。


「今回の計画に参加してくれてありがとう。俺はグミだ」


 俺は新たな仲間に一人、一人握手して回った。


「早速だがみんなに頼みがある」


 全員の顔を見渡せる位置に俺は立った。そして目の覚めるような、威勢の良い声で言った。


「この野菜屋を一晩で、何でも屋に改造して欲しい。外装と内装の工事、そして宣伝用の広告を作成してくれ」


 さっそく作業が開始された。俺とヴァースキは、新しい三人組が頑張ってくれてる間にもやることがあった。


 数日前から密かに仕入れていた商品の陳列だ。パンや牛乳瓶などのカゴを商品棚に並べながら、三人のことをヴァースキから教わった。


「ちったんととぅーたん姉弟は手先が器用なんです。そこらへんのゴミからでも、とんでもない発明品を作り出すほどの天才なんですよ」


 なるほど。二人は姉弟だったのか、だから名前も見た目も似ていたというわけか。これからは「たん姉弟」と呼ぶことにしよう。


「なるほど……あの棒も彼らが作ったのか?」


 俺はたん姉弟が天井に取り付けた、透明なガラスで出来た棒を指差した。


「そうなんです。このライライトはビリネズーから抽出した電気エネルギーを変換して、どこでも明るく照らせる画期的な発明なんですよ」


「へぇ……ビリネズーにこんな使い道がねぇ……」


 思わず俺は、ビリネズーがゴッドボードを起動させた時のことを思い出す。もしかしたらあの姉弟に相談すれば、再びゴッドボードを甦らせられるかもしれない。


「グミさん、ビリネズーとなんかあったんすか?」


「いや何でもない。気にすんな」


 だがヴァースキが心配そうに、探りを入れてきたことで正気に戻った。ゴッドボードのことは誰にも言ってはならない。もし誰かにバレたら、病院送りまっしぐらだ。


「しっかしちったんもとぅーたんもこれだけ天才なら、色んな所から引っ張りだこ。俺たちの手伝いなんかに収まる器じゃないんじゃないか?」


「それが一つ大きな問題があるんです」


「なんだよ?」


「二人とも仕事は的確にやってはくれるんです。でも作業中は性格が変わって、姉弟の中が最悪になっちゃうんですよ……」


 すると野菜屋の天井から、たん姉弟の言い合う声がしてきた。ヴァースキはまた始まったとばかりに、頭を抱えている。


 確か今、二人には屋根のペンキ塗りをやってもらってるはずだ。言い合いをするきっかけなんか、どこにもない。


「おいおいおい!何が起こってんだ!」


 俺は乱暴に持っていた牛乳瓶のカゴを、ヴァースキに押し付けると外に出た。屋根の上を覗くと、二人の恐ろしい姿がそこにはあった。


「アネキそこ邪魔だ!どけ!」


「……それが人に物をお願いする立場なの?……はい、やり直し」


「なんだと!オレっちの方が、尻尾の長さが2ミリ長いのに立てつくのか!」


「……遺伝子的な問題を引き合いに出すなんて、知能レベルの低さを感じる。親の顔が見てみたい……」


「お前と一緒だよ!バアアカ!」


 可愛い顔に似合わずに怒鳴り散らす弟とぅーたん、それを凍りついた目で睨みつける姉ちったん。もはや修羅場以外の何ものでもなかった。


「こりゃあ俺が喧嘩を止めれば、余計めんどくさいことになりそうだな」


 俺は肩を落としながら、大きなため息をついた。幸か不幸か、ペンキで屋根を塗る手は止めてない。俺は見て見ぬふりをして、店内での作業に戻った。


 何にもせずに店内に戻った俺に、


「グミ先輩ってやっぱ性格悪いっすね」


とヴァースキに白々しい顔をされた。


 それに対し、「そうだよ。俺は性格が悪いんだよ」と吐き捨てるようにいった。


「それよりクチョマンの方はどうなんだ?」


 俺は話題を変えた。


「クチョマンは絵の才能はピカイチ。人呼んで「色の魔術師」です」


 黙々と作業をするクチョマンを、ヴァースキは指差しながら言った。


 クチョマンの作業は宣伝のポスター作り。流れるような筆さばきで、下書きした絵に色を付けている。赤色を基調としたポスターは、誰もが目を引くこと間違いなしだろう。


 そういえば昔、心理学の本で読んだことにこんなことが書いてあった。


赤は「購買色」とも呼ばれ、赤を取り入れることで売り上げが大きく左右されると。


赤の心理的効果には、気持ちを高める、熱や温かさを感じさせるからだ。


「ようやくマトモなやつがいたか!」


「いえ。彼が一番の問題児なんです」


 その時だった。突如順調に筆を走らせていたクチョマンの手が止まった。


「うぅ……お腹痛い〜!!」


 顔面を青白くさせると、お腹を押さえるクチョマン。そしてそのまま一直線にトイレへと駆け込んだ。


「彼お腹をよくくだすんですよ。スクルーの授業中にもよくトイレに行って、そのせいで単位を落として落第したこともあるくらいですからね」


「だからムタ王女はクチョマンって名付けたってわけか……」


 果たしてこんなゲテモノ揃いで、「野菜屋改造計画」が上手くいくのか俺はほとほと心配になってきた。


 こうして何やかんやあって、開店間近の朝を迎えた。只の変哲のない野菜屋の面影はなく、赤と黄色を主体にした斬新な外装。木の看板には「ナンデモカンデモ」という店名が踊っている。


 さらに店内には野菜だけではなく、肉や果物、パンや牛乳などの食品類、ノコギリやネジやハンマーなどの工具、スーツや作業服、ワンピースなど色とりどりの服。


 猫人が生きていくために必要な「衣食住」の全てが、そこに集約されていた。


 それだけじゃない。猫人たちの娯楽である新聞、タバコ、チェスや将棋、トランプ、百人一首や三味線、ディスコドンのぬいぐるみまでもが置かれていた。


「なっ!何よこれー!?」


 何も知らずにいつも通り出勤してきたテンバが、あまりの店の変わりように白目を剥きながら驚いていた。


「野菜屋に肉、パン、ハンマー、服、トランプ……。そうよ。これは夢、夢なのよ。きっとアタイは悪い夢を見てるんだわ……」


 だが彼女は頬を強くつねっても覚めることはない。これが現実だと悟った彼女は、その場にへたり込んでしまった。


「テンバさん初めまして!グミ先輩から話は色々聞いてますよ!」


 ヴァースキは腰を抜かすテンバに手を差し伸べた。


「あー!アンタはファラファラの腰巾着じゃない!アンタがグミをたぶらかして、こんな真似をしたんでしょうが!」


「違います!僕はグミ先輩に頼まれて、ちょっとアイディアを貸しただけっすよ!」


 ヴァースキは冷や汗をかきながら、必死に弁明する。するとテンバが今度は俺に掴みかかってきた。頭一つ分低い位置から鋭い眼光が俺に迫っている。


「グミ!一体どうなってんのよ!アンタたちいつの間にか店をめちゃくちゃにして!」


「まぁ落ち着けって。まずは数日間だけ、俺たちに任せてくれないか」


 苦し紛れに、そう返した。


「僕からもお願いします。これで店が繁盛しなかったら、すぐに元に戻すって約束するんで」


 ヴァースキは頭を下げた。


「……わかったわよ。だけど一つ条件があるの」


「なんだ?」


 俺とヴァースキはごくりと唾を飲み込み、その条件とやらに身構えた。


「アタイは一切力を貸さない。もううんざりなのよ……期待して裏切られるのは」


 テンバの条件に、俺はなんて返せばいいか分からなくなった。そして不器用な脳みそで、絞り出すように言った。出勤初日には敢えて聞かなかった言葉だ。


「そうか……これも女優時代のことが尾を引いてるってわけか?」


「そうよ」


 そう呟いたテンバの瞼からは、一筋の涙をこぼれていた。


「……」


 俺は口ごもった。そんな俺を取り残して、テンバはそのままいそいそと帰ってしまった。


 「一体何があったんだよ」と聞きたかった。でも俺たちがそこまでズケズケとテンバの過去に、土足で入り込んでいいのか?それはあまりにも無神経ではないか。猫人には言いたくない過去の一つや二つある。俺たちはそっと見守ることが懸命なのだ。


 この計画も、最初は何もかも諦めたテンバにムカついて始めたことだった。でも彼女の涙を見てしまい、気持ちが大きく変わった。


「ヴァースキ……この計画、何としても成功させようぜ。テンバに努力すれば、報われることもあるって見せてやろうぜ」


「もちろんっす。テンバさんのためにも頑張りましょう」


 サムズアップをしながらヴァースキは応えた。


「さぁ行きますよ!ナンデモカンデモ開店!!」


 ヴァースキが店の大扉を開ける。すると俺たちは目の前にあった光景に、思わず目を疑った。


「ここがなんでも売ってある店だって!」


「お母さーん!早く僕、中に入りたいよう!」


「もうちょっと待っててね」


「ディスコドンのぬいぐるみを買いに来たでヤンス!」


 立派なポスター宣伝の甲斐もあってか、開店前だというのに客が数十人も押し寄せていた。野菜屋の頃には信じられない数だ。


「まじかよ……初日でこんなに来てくれたのか!」


 思わず俺は喜びやワクワクが隠せない様子で、声を上ずらせてしまう。


「クチョマンのおかげですね」


 ヴァースキはここにはいないクチョマンへ感謝を述べた。


 これは余談だが、他の店とは違い長時間の営業のため、従業員の勤務は分担制になっている。午前から昼にかけての担当は俺とヴァースキ。夕方から夜にかけては、たん姉弟とクチョマンが任されていた。今頃三人は夜の勤務に備え、ぐっすりと眠っていることだろう。


 さっそく客たちが店内にドッと流れ込む。そして思い思いの商品を手に取ると、会計の俺たちの元へやって来た。


「いらっしゃいませっ!ナンデモカンデモへようこそ!」


 俺は新しい挑戦の船出に緊張しながらも、元気よく挨拶をした。


「あら!ここは野菜を売っているところじゃなかったかしら?」


 この人は野菜屋時代の常連のマダムだ。今朝のテンバのように、彼女も店のあまりの変わりように戸惑っているようだ。


「いえ。ここは何でも売っている店に生まれ変わったんですよ」


「そうなんです。今なら開店セールで500カツオブシ以上、買ったお客様はもれなくクジが引けて、豪華商品が当たるチャンスですよ!」


 俺とヴァースキはマダムに「ナンデモカンデモ」のことを、分かりやすく説明してみせた。


「そうなの……。それならついでに、石鹸やお洋服とかも買っていこうかしらね」


「ありがとうございます!是非今後ともよろしくお願いします!」


 俺は心の中でガッツポーズをした。


 この後も、次々と新たな客を獲得していく。


「おい見ろよ!こんなところに肉が置いてあるぞ!」


「しかも結構安いじゃないか!」


「こっちには服もあるわよ!」


「これさえあれば寒くて凍える心配もないわ!」


「ノコギリやハンマーまで……。ここに来れば、全部揃うな!」


 こうして俺たちは、客たちを次々に虜にしていった。この店は、本来の相場より安値で売っている。その分客の多さで元を取ろうという作戦の成果が出ていた。


「すごいじゃないですか!このまま行けば、僕たちもファラファラさんみたいに有名人になれますよ!」


「ヴァースキ……本当お前ファラファラが大好きなんだな」


「もちろん。ファラファラさんは僕の父さんみたいな人ですから」


 血の繋がりのない人を家族として扱う気持ちは俺には分からない。ヴァースキも大概変わったやつだ。そんなことを思いながら俺は、会計作業に戻った。


 新装開店した「ナンデモカンデモ」は大盛況で、初日を終えることに成功した。


 閉店後、俺は繁盛祝いに、ヴァースキ、たん姉弟、クチョマンの四人を「大宇宙」に連れて行き、食事会を開いた。


「今日の成功を祝ってカンパーイ!!」


「「カンパーイ!!」」


 俺の号令で、みんなが水を重ね合わせる。また貴族がチュールを買い占めたおかげで、豪華な食事とはいかないが、それでも今日は充実感に溢れていた。あの時とは違って、今日は仲間がいて、カツオブシを沢山稼いだからだ。


「みんな今日はよく働いてくれた。全部俺の奢りだから、ジャンジャン食べてくれ!」


 ネズミの尻尾の唐揚げにかぶりつきながら、俺は言った。


「いやーまさか本当に成功するとはなぁ」


「ほんとですよ!これもグミ先輩のおかげです!」


「いんや。俺だけの力でやったんじゃねぇよ。みんなが協力してくれたおかげで成功したんだ」


 俺は首を横に振った。


「いやいや、グミ先輩はリーダーとしての資質がありますよ!」


「それお前誰にでも言ってんだろ!俺には分かるからな〜」


 俺はヴァースキの肩をおらおらと肘で小突く。


「本当ですってば!」


「「あははははは」」


 ヴァースキと俺のご機嫌な笑い声が、店内に響く。


 その時ふと、クチョマンたち夜勤組が会話に参加せず、薄暗い顔をしているのに気づいた。それに食事にも全然手をつけてないじゃないか。


 俺は少し心配になり、


「どうした?夜勤組もじゃんじゃん食べろよ」


と猫草の盛り合わせの皿を差し出しながら言った。


「いや……私、お腹空いてない」


「オレっちも食べたくない……」


「僕も……ってまたお腹が痛ーい!!」


 気まずそうな表情で皿を突っ返すたん姉弟、またもやトイレに駆け込むクチョマン。明らかに様子が変だった。


「お前たちもしかして、夜勤の時に何かあったのか?」


「いや別に何もないから、グミたちは気にしないで。ねっ!とぅーたん!」


「うん!オレっち達は無事に仕事をやり切ったもんね!」


「そうか……それならいいんだけど」


 突っ返された猫草をもしゃもしゃと頬張りながら、俺はひとまず安心した。


 こうして打ち上げはつつがなく進んでいき、お開きとなった。締めの言葉に俺はみんなの前で宣言する。


「この調子なら、カツオブシ長者も夢じゃないんだ!俺たちでテンバにも夢を見せてやろうぜ!」


「「おー!!」」


 みなも拳を突き上げながら、それに応える。


 俺たちの「野菜屋改造計画」のピークがこの初日だけだったとは、この時は誰も知る由もなかった。それに夜勤組の本心に気づけなかった俺は、なんて馬鹿な猫なんだと、のちに後悔することとなった。


 本当の地獄の始まりは2日目の昼頃に突如として起きた。


「これくれ」


 俺の前にイカツイ男がタバコを一箱、ドンと叩きつける。この時は、礼儀のなってない客だなくらいにしか思わなかった。


「100カツオブシになります」


「ほい」


 イカツイ男は俺の手のひらにカツオブシを乗せる。しかし乗せられたカツオブシを見ると、たったの10カツオブシしかなかった。


「すいません。これ10カツオブシなんですけど」


 出来るだけ俺は作り笑顔を崩さず、申し訳なさそうにいった。しかしイカツイ男から返ってきた一言は、信じられないものだった。


「よーく見てみ?100カツオブシだから」


 コイツは俺をおちょくってるのか?仕事じゃなかったら、俺は今すぐコイツをぶん殴ってやりたい。


 最近本の読みすぎで、視力が少し落ちた気もするが、10カツオブシと100カツオブシの区別くらいはできらぁ。


 だが俺はこれも仕事だと割り切る。しっかりと差し出されたカツオブシを見る演技をこれでもかと、やってやった。クンクンと匂いまで、嗅いでやった。これは正真正銘の10カツオブシの匂いだ。


 そしてさらに申し訳ない顔を無理やり作りながら、もう一度いった。


「よーく見ても10カツオブシなんですが」


「話のわからんやつだな!ケンカ売ってんのか!」


 だがイカツイ男にそんなものは通じなかった。奴は俺に今すぐ殴り掛からんとばかりに、グッと顔を近づけて来た。このままではせっかく苦労して建てた店が、めちゃくちゃになってしまう。


「すいません!100カツオブシでしたああ!」


 俺はこの男と話し合うことを諦めた。


「分かればよろしい」


 イカツイ男はやってやったぜとばかりに、口笛を吹きながらタバコを片手に店内を後にした。


 90カツオブシという大損をすることになったが、この店で暴力沙汰を起こされるよりかはマシだ。


「おいゴッドボード......今の俺は惨めじゃんかよ」


 休憩時間、首にぶら下げたゴッドボードを俺は手に取り、物思いに耽った。相変わらずゴッドボードは只の板のまま、俺自身の空虚な声だけが響いた。


 そんな俺の脳内では、天使と悪魔の格好をした俺が囁いてくる。


(本当はムーピー作りたいんだろ?今すぐ何でも屋なんか辞めちまえよ!)


と悪魔の俺がニヒニヒと笑う。


 それに対して天使の俺が、


(いけません!今まで協力してくれた仲間より、自分の叶いもしない夢を選ぶなんて最低です!何でも屋を続けるべきです!)


と説教してくる。


(うるせえ!誰かのやりたいことを止める権利なんか誰にもないんだよ!他人の迷惑なんか気にすんな!)


(やりたくないことをやるのが大人です!ムーピーのことは諦めなさい!)


天使と悪魔はヒートアップして、論争を続けるので、思わず俺は


「うるさいんだよ!!このヤロー!!」


と叫ぶと、シーンと脳内が静まりかえった。


 この時俺は思った。ムーピー作りこそが、本当にやりたいこと。それなのに今の俺は何でも屋で、理不尽な奴らに小馬鹿にされている。理想と現実の狭間で俺の心は押しつぶされそうだった。


「さっきは本当参ったよー」


 俺は交代時に、たん姉弟とクチョマンに迷惑な客のことを話す。


 すると三人が死んだ魚のような目になり、互いに顔を見合わせて、


「ついに昼勤の時にもか……クソっ……」


「こんな短期間に、こうもマトモじゃない人たちが来るなんて……」


「そうだね。もう隠しても意味がないと思う」


「じゃあ話そうか」


「話して何になるんだよ!グミたちのやる気を削ぐだけじゃないか」


「でももう被害は出たんだし、言うしかないよ」


と俺に聞こえるか聞こえないかの声で話し始めた。


「おい三人とも俺に内緒で何話してるんだよ!!」


 パニックになった俺は三人に詰め寄った。


 するとちったんが「ちょっと落ち着いて。今から話すから」と冷静な口調で言った。


 恐る恐るちったんが俺に


「グミ、それはまだマシな方なの」


と告げた。


「マシってどういうことだ?」


「実は気を遣って言わなかったんだけど、昨日の夜勤の時とかもっと酷いお客さんいたんだよ」


「それも一人や二人じゃないから、困ったもんらっら」


 両手で頭を抱えるクチョマン。相変わらず舌足らずのようだ。


 とりあえず三人に昨日起こった真実を聞いてみる。すると俺の昼の出来事は、氷山の一角だったと知った。内訳はこうだ。


「すいません。お待たせしました」


「大変お待たせしました。いらっしゃいませ、お客様だろ?」


「お客様この店は禁煙です」


「一本くらい別にいいだろ!」


「こちら袋にお入れしますか?」


「いるに決まってんだろ!いちいち聞くな!」


「うぇーい!俺はゲロの王様だーい!オロロロ!!」


 言葉遣いを指摘する客、店内で喫煙する客、当たり前のことを尋ねただけでキレる客、酔っ払って嘔吐しだす客まで現れ、もはや地獄絵図だったらしい。


 打ち上げの時に食事に手をつけなかったのも、恐らく目の前で嘔吐の瞬間を見たためだろう。


「グミがすごい張り切っていたから、私たち言いづらかったの。今まで黙っててごめんなさい」


真実を話し終えたちったんは、頭を下げる。その目には、悔しさやらやるせなさやらが入り混じっていた。


 とぅーたんもクチョマンも大真面目な顔でそれに続いた。


「グミはテンバに努力すれば報われるってことを見せたいって言ってた。その気持ちはオレっちたちも同じだい!」


「だから何人かの嫌なお客さんの対応なんて、屁でもないのら」


「わかんねぇ……」


 俺はガックリと膝を突く。どうしてこいつらはあれだけ酷い目にあったのに、他人のためにそこまで出来るんだ?気づいた時には、三人に唾を飛ばしながら叫んでいた。


「わかんねぇーよ!俺たち、まだ知り合ったばかりだろ?どうしてそこまで優しいんだよ!?」


 しばらくの沈黙の後、ちったんが口を開いた。


「私たちも夢を失った人の気持ち、少しだけなら分かるから」


 腰にエプロンを巻き、仕事に向かうちったん。


 この時俺は悟った。この三人はテンバと同じ夢を失ったものだということに。遠ざかる背中に俺は、真剣な眼差しで言った。


「もうなんでも屋は終わりにしよう」


と。


 一週間後、「ナンデモカンデモ」は元の野菜屋に再び改装された。あっという間に、客足は元の閑古鳥に戻ってしまった。


 通り過ぎる猫人たちを横目に見ながら、俺とテンバは今日も野菜を売っている。


「お客様は神様だって言葉があるけどさ、神様だったらもう少し思いやりを持ってくれても良かったんじゃないかなあ」


「アタイに言われても困るわ。文句なら直接神様に言いなさいって」


「そんなことしたら店が潰れちまう」


「でもさ……あれだけカツオブシを稼いだのに、アンタ本当にそれで良かったの?」


「それでって?」


「なんでも屋を辞めたアンタは馬鹿だって言ってんの!」


 「何だそのことか」と俺はやれやれと言った顔で言った。


「いいんだ……俺はカツオブシを沢山稼ぎたいけど、仲間に苦しい顔させてまで稼ぎたいとは思わねぇ」


「そっか……アンタはカツオブシのことしか頭にないやつだと思ってたけど、そうじゃないみたいね」


「俺にもプライドはあんだよ」


「プライドって……ダッサイアンタからそんな言葉聞くとは思わなかったわ」


「悪かったな、ダサくて。俺はどうせ失敗続きだよ」


 フンと鼻を鳴らして、俺はイキがってみせる。


「あーあ!結局何にも変わらなかったってわけね。世の中って本当ザンコク!!」


 明らかに不機嫌そうに、テンバは愚痴をこぼす。


「いや……一つだけ変わったことがあるじゃないか」


 それに対して俺はニヤリと笑いながら、前方を指差した。


 テンバは俺が指差した方に顔を向ける。


「「おーい!!」」


 そこには見覚えのある顔ぶれがあった。


 ヴァースキ、たん姉弟、クチョマンの四人が俺たちの前に、大きく手を振りながら駆け寄ってきたのだ。


 俺たちはそれに負けないように、手を振りかえした。


       to be continue......


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