カツオブシ・ユートピア

光佑助

第1話「新しいことやりませんか?」

 君たちは「普通」というものが好きだろうか?

 もちろん俺は嫌いだ。その言葉を聞いただけで、みゃあみゃあとうめきたくなるほど嫌いだ。しかし幼少期の俺、グミの毎日は普通以外の何者でもなかった。


 朝になったら、父親はポニポニに乗って山に薪を作りに行き、母親は川で洗濯をしにいく。俺は兄弟たちと、親戚の手伝いでキャットフードの実の栽培をする。


 俺が住む王国オメガの、庶民層の暮らしはどこもがそんなものだった。


 土に種をばら撒きながら、もっと別の暮らしがしてみたかったと願った。貴族たちが通うスクルーなるもので、文字の読み書きや、数字を使った計算、俺たち猫人族の歴史を学べたりしたらどんなに楽しかっただろうか。


 一度父に「俺もスクルーに行きたい」と頼み込んだことがある。だが「そんなことはムタさまがお許しにならない」と怒鳴られた。そのあと罰として、水汲みをやらされ、もう二度とそんなことは親には頼まないと誓った。


 そう。この国は王女ムタこそが全てだった。


 彼女は唯一無二の特別な存在。それは猫の頭をした俺たちと違い、3000万年前の古代の種族<ヒューマン>なるものの姿をしていることからも明白だった。


 王女は国民たちの職業、結婚相手を決め、2000人近くいる国民の全ての名付け親でもあった。


 そして通貨であるカツオブシの製造も、王宮で行われていた。食糧や生活用品はカツオブシとの物々交換で行われている。


いつしかカツオブシをどれだけ多く持っているか、カツオブシを一度にどれだけ貰えたかが、国民の存在価値を決める指標になっていた。


 俺は思った。親や親戚みたいな、薪割りや農作物を育てるだけに一生費やしたくなどはないと。


 そんな思いで家族の目に隠れて、文字の読み書きの勉強をした。時にはスクルーの天井裏に身を潜め、教師の言葉に一字一句聞き逃さないように耳をそばたてた。


 必死で必死で俺は勉強をした。勉強をすれば、王女もそれに見合った仕事を与えてくれると信じて。


 大人になったらカツオブシを稼ぎまくって、大物になってやる。そうすれば俺はもう普通ではなく特別だ。


――この世界はカツオブシこそが全てだ。


ーーーーーー


カツオブシ・ユートピア

第一章「新しいことやりませんか?」


ーーーーーー


 それから10年の月日が経ったある日、俺は紙芝居屋に任命された。紙芝居屋はほとんどが、文字の読める中流階級の仕事。庶民層の中では、賢いものしかなれないような物珍しい職業だ。


 俺が働いている紙芝居屋は、王宮から人里離れた城下町にこじんまりと事務所を構えていた。


 紙芝居屋の店主の男ボサタに、俺は週5で雇われている。


 ボサタは30年ほど紙芝居屋を経営している大ベテラン。堅実な商売一筋で、ここまで店を守ってきた。


給料のカツオブシは出来高制で、稼ぎは多くも少なくもなかったが生活には困らなかった。


 だがそんな生活に俺は飽き飽きしていた。確かに普通からは逃れたかもしれないが、カツオブシを沢山稼ぐという野望からは遠ざかっている。


 ある日俺はボサタに仕事始めの時間がある時を狙い、とある提案を持ちかけることにした。


 紙芝居を観ると貰える水飴を箱に詰めながら、俺はボサタにいった。


「紙芝居はもう辞めませんか?」


 事務所の掃除をしていたボサタはその言葉を聞いた瞬間、からかわれたと思ったのかくすくすと笑いながらこういった。


「おいグミや、熱でもあるのかい?馬鹿も休み休み言いなってもんさ」


 ボサタは再びホウキをはわきながら、俺の方に背を向けた。若いからってマトモに取り合ってくれないとでもいうのか?


「いえ……大真面目です」


 その背中に向け、俺は強い語調でいった。


「大真面目だと?紙芝居はこの国でも人気の見せ物。それを辞めるだなんて、冗談としか思えないぞ」


 その勢いに押されたのか、ボサタはホウキの手を止め、フワフワのその顔をこちらに向けた。


 困惑するボサタに、俺は自らの推論を語ることにした。


「いいえ。紙芝居なんて古臭いものは、もうじき廃れていくと思うのです」


「廃れていく。ほう。君は面白いことを言うなぁ」


「今は市場価値がある見せ物ですが、あぁいう単純な作りでは国の人々も飽きてしまう日も近いですよ」


「そうは言ってもだね、紙芝居を辞めてワシたちはどうやってカツオブシを稼ぐんだね?」


 あからさまに焦った表情になるボサタに、俺は安心させるようにいった。


「ご安心を。ちゃんと考えております。実は俺面白いこと思いついんたんですよ」


 不敵な笑みで俺は微笑む。


「カメカメを使うんです」


 カメカメ。それは景色や猫人たちの姿を紙の中に収めることが出来る、最近発明された画期的な代物だ。


「カメカメって舶来から来た、魂を吸いとられるってあれか?そんな恐ろしいモノで何が出来るってんだい?」


 ブルブルと肩を震わせるボサタ。やはりこの反応か。誰が噂を流したのか知らないが、カメカメは魂を吸い取るという話が出回り、オメガの人々の多くはそれを信じきっていた。あんなのはきっと真っ赤な嘘だ。


 ビビり散らすボサタに気づかないフリをして、俺は話を続ける。


「そうです。それです。あれを改造して、動いてる姿を収めて一つのお話を作るんです」


「なるほど……」


「名付けて〈ムーピー〉、これは流行りますよ!!」


 ずっと計画していた野望を話すことができ、俺は有頂天だった。もしムーピーがこの国に広まれば、絶対に流行ることは間違いない。この店も一躍有名になり、カツオブシがドバドバと稼げるだろう。


 するとボサタは呆れた顔でため息をつくと、俺の肩をポンポンと叩いた。


「グミそれは無理だよ……」


「無理ってどうしてですか?」


 不満そうな俺の顔を覗き込んで、ボサタは諭すように言った。


「そのムーピーなるものを作るために、カメカメを改造してくれる技術者、演技をしてくれる役者、話を書いてくれる脚本家、その他もろもろの人材。そして彼らを雇うだけのカツオブシをどこから用意するんだね?」


 口調は穏やかだが、その目は笑ってなどいなかった。年の功と言うべきだろうか、ボサタの言うことは理にかなっていた。


 今の俺にムーピーを作るだけの力など備わっていなかった。コツコツとカツオブシを貯めてはきたが、現実的に考えて紙芝居屋の給料ではそんな壮大なことが出来るとは思えなかった。


「それは……」


 俺の気持ちは収まらなかったが、その後の言葉が思い付かなかった。


 ボサタはさらに釘を刺すように、淡々と俺に語り始めた。


「我々みたいな凡人は先人たちが用意してくれたレールを、踏みはずさずに歩いていくのが賢明なのだよ。平凡でありきたりな毎日を粛々と生きていく。これ以上の幸せがどこにあるというのだね」


 ボサタは紙芝居が入った鞄に、水飴の箱を俺に持たせる。そして背中を押し、玄関まで追いやり言った。


「グミよ……分かったら、紙芝居を街にやりに行きなさい」


 その声に見送られながら、俺は小さく舌打ちをし街へと出掛けた。


ーーーーーー


『人は支えてくれる誰かがいることで、自分も頑張ろうと思える。きっとその輪が大きくなれば、世界はもっと優しくなるはずなのだから』


 大きな木槌を手に持ちながら、俺はゆっくりとした口調で語る。周りを数人の子供達が取り囲み、紙芝居に夢中になっていた。


ここは城下町の広場の一角。物語が終わると、ぱらぱらとまばらな拍手が沸き起こる。


 物足りない。こんなに面白い話をやってるんだから、もっと拍手がほしい。それにもっとカツオブシを貰えてもいいんじゃないか。俺は内心、そんなことを思っていた。しかし、それが普通なんだと自分に言い聞かせた。


「さぁみんな、今日はここまでだ。また次の紙芝居も観に来てくれよな」


 俺はそう言って、紙芝居の幕を閉じようとした。その時子供たちの波を掻き分け、一人の青年が話しかけてきた。


「ちょっと待ってください!」


 その男は俺よりも少し年下くらいに見える青年だった。整った顔立ちのハンサムな茶トラ男だ。


「どうした?何か質問でもあるのか?これから別の広場での仕事も残っているから、手短に頼むよ」


 嘘だ。今日はもうこれで上がりだ。どうせ今からカツオブシにもならない話を聞かされるのがオチだ。


内心イライラで俺は紙芝居を片付けながら、その男にいった。


「僕ヴァースキっていうものなんですけど、お兄さんの紙芝居なかなか面白いですね」


「あぁ……ありがとう。ちなみにお兄さんじゃなくて、俺はグミだ」


「グミさんですか。よろしく」


「話はそれだけか?もう行ってもいいか?」


 ペコリと頭を下げたヴァースキを名乗る男を前に、帰り支度を済ませた俺はこの場を後にしようとする。


だがヴァースキは俺の腕を掴むと、流暢な口調でこう捲し立てた。


「ちょっと待ってくださいよー。グミさんの紙芝居をもっと色んな人に見てもらいたくないですか?カツオブシもっと稼ぎたくありませんか?」


「あぁそれが出来たら本望だよ。でも紙芝居なんてものはどこもかしこがやっていて、目新しさがないから客がそんなには集まらないよ」


 俺はやれやれといった顔で、広場にいる紙芝居屋たちを指差す。内容は違うが、紙芝居という手法。確かにあれだけ競争相手がいれば、俺の紙芝居を観てもらえる可能性は狭まる一方だ。


 するとヴァースキは、ニヤリとした表情を浮かべると自信ありげに俺に言った。


「そこでです!グミさんに紙芝居商会にお誘いしたいのです!」


「紙芝居商会?」


 聞いたこともない固有名詞に、俺は首を傾げた。


「そうです。紙芝居商会に入れば、沢山のファンがグミさんにつくこと間違いなしですよ」


「そこまで言うなら、仕事を切り上げて着いて行ってあげてもいいけどなぁ」


 鞄を肩に掛けた俺は、ヴァースキに着いていくことにした。これはカツオブシ儲けの匂いがぷんぷんしたからな。


 俺はヴァースキに連れられ、紙芝居商会がよく集まる酒場「大宇宙」という場所に来た。


そこは狭い店内の天井は綺麗な夜空の絵がびっしりと描かれており、星の形をしたテーブルに椅子が並べられた不思議なところであった。


 ヴァースキは紙芝居商会の仲間たちを見つけたのか、手を大きく振りながら「こんばんはー」と挨拶をする。


それに応えたのは、俺と同じくらいの歳の男が三人、女が一人といった感じだった。


 お互いの軽い自己紹介を済ませた俺は、店主にマグロのチュールを注文し、席につく。


「では新しい仲間であるグミさんに乾杯!」


 ファラファラという男の号令で、皆がグラスを手に乾杯をする。俺も営業スマイルでそれに応じた。


 しばらく軽い雑談のち、俺は相談を持ちかけた。


「俺は紙芝居でカツオブシを本気で稼ぎたいんですが、なかなか上手くいかないんですよ。商会の皆さんはどうしてますか?」


「私は商会の人たちと仲良くしてますかね。彼らに私の紙芝居を見てもらって、気に入ってもらえたら宣伝してもらえることがありますしね」


 ネズミの切り身にかぶり付きながら、女が答えた。


「コラボとかもありじゃないですか?」


「コラボ?」


 横から口を挟んだヴァースキに俺は尋ねた。美味しそうな名前しやがって、コラボとはなんなんだ?


「商会の誰かと同じ広場で紙芝居をやるんです。それでお互いのファンが流れてくるので、どちらにもウィンウィンてわけですよ」


「なるほど」


 深く頷いた俺は、チュゴゴゴとマグロのチュールを啜った。


 その時ヴァースキが何か思いついたように、こんなことを言い出した。


「あと何と言っても、ファラファラさんに気に入られるのが大事ですね」


「え?ファラファラさんってそんなに凄い人なんですか?」


 驚いた俺はファラファラに聞いてみるが、否定も肯定もせずに彼はニヤニヤ笑っているだけだ。


するとヴァースキが待ってましたとばかりに、ファラファラの武勇伝を嬉々として語り始めた。


「知らないんですか?ファラファラさんはこの若さで、最多観客記録を持っているお方なんですよ。ちなみに僕はファラファラさんに憧れて、紙芝居を始めましたからね」


「いつかファラファラさんとコラボするのが夢です!」


「よっ!師匠!」


 この場にいた商会の人たちも、ファラファラを持ち上げる。


「いえいえ。半分遊びで始めたつもりが、皆さんに評価してここまでこれましたね」


 ファラファラは鼻の下を指で擦り、満更でもない顔をしている。


「ヘェ〜」


 作り笑顔で俺は相槌を打つ。妙にファラファラが仕切りたがっていたことはこのことかと一人で納得する。周りもファラファラのこと崇拝している様が、一種の宗教のようで違和感があった。


 その後の会話は中身がなかったので、そんなに覚えてなどいなかった。俺が唯一気になったことといえば、酒場の隅で一人でちびちびと酒を嗜んでいた男が、こちらを睨んでいたことくらいだった。少し俺たちがうるさすぎて、迷惑だったのかもしれないな。


 酒場を出て解散した直後の、ヴァースキと俺の会話。


「商会のみんなと話してみた感想はどうでしたか?」


「あぁ……今まで俺は面白い紙芝居さえやっていれば、自然とカツオブシが稼げると思っていた。だけど横の繋がりとかが大事なんだなぁ」


「そりゃそうっすよ。今までグミさんはそんなことも知らなかったんですか?」


「知らなくて悪かったな!お前イケメンだからって何言っても許されると思ってるだろ?」


「ハハハ……怒んないでくださいよ」


「怒ってねーよ。イラついただけだ」


「じゃあイラつかせたお詫びといってはなんですが、今度俺の奢りでファラファラさんの紙芝居観に行きませんか?」


「最多観客記録を打ち立てた男の紙芝居か。どんな凄い話をやるのか気になるな」


「でしょー。じゃあ決まり!!」


「ヴァースキ、お前案外いいやつだな」


「あざっす!」


[newpage]


 数日後俺はヴァースキに連れられ、ファラファラの紙芝居を観に来ていた。


それは俺たちが普段やっている城下町の広場と違い、200人ほどを収容できる演劇場で行われる。


開演前から、老若男女に庶民から貴族まで問わず様々な猫人たちがズラッと彼の紙芝居を心待ちしていた。


 耳をそば立てると、「どんな物語になるのか楽しみ」、「ファラファラさんの紙芝居なら絶対面白いからなー」などといった観客の声がちらほら聴こえてくる。


 そんな周りの空気に伝染したのか、俺もガラにもなくこんなセリフを吐いていた。


「数日前にこんな凄い人と話していたとは、夢のようだな


「ファラファラさんは天才だけど、気さくな方なんですよ」


とヴァースキが自慢げに返す。


 その時高らかなラッパの音がすると、舞台の幕が開く。数人の音楽隊の猫人の演奏をバックに、ファラファラが意気揚々と登場する。


観客の割れんばかりの拍手が、会場全体を包み込む。登場しただけで、これだけ観客の心を掴むとはやはり只者じゃない。


 さぁお手並拝借といこうじゃないかと、俺は値踏みするようにそれを見守った。


 この時が俺の興奮がピークになろうとは、この時は思いもしなかった。


 ファラファラが紙芝居の出だしを読み始めた瞬間に、俺の中の熱がさぁぁと冷めていくのを感じた。


「昔々、あるところに究極破壊兵器とセクシーなお姉さんが住んでいました。究極破壊兵器は山へしばかりに、セクシーなお姉さんは川で洗濯に。ある日、セクシーなお姉さんは川で大きな中年太りのおっさんをひろい、家に持って帰りました……」


 これは桃太郎である。桃太郎の登場人物を入れ替えただけで、話の本筋は全く変わってなどいなかった。


 俺は慌てて観客たちを隅から隅まで見渡した。ヴァースキを始めとする観客たちは楽しそうに笑っていた。


 これは俺の感性がおかしいのか?きっとそうだ。みんなが面白いと思えるものを、面白いと思えない俺が歪んでいるんだ。


 ファラファラの紙芝居が終わるまでの間、突如として異界に解き放たれた宇宙人のようにそこでじっと固まっているしかなかった。


[newpage]


 ヴァースキと別れた俺は、一人でトボトボと寂しく帰路についていた。


カツオブシを払ってないとはいえ、今日は時間を無駄にしてしまった。せっかくの休日だったというにのに、まことに残念だ。


 ファラファラに対する敗北感で頭の中がぼっーとする。


 あいつは大勢の人に尊敬され、カツオブシもたんまりと持っている。それなのに俺と来たら、ただただ平凡な毎日を繰り返すだけ。


カツオブシを稼ぐために頭を使い、そのための努力を惜しまなかったのに、頑張っているのが馬鹿馬鹿しくなるじゃないか。


 頭の中でもしもファラファラのように、評価された世界線の自分を想像してみる。


(グミさんに憧れて、紙芝居を始めました!)


(グミさんのキャラを今度僕の紙芝居に出していいですか?)


(今回のギャラは、100万カツオブシでどうでしょうか?)


 なんだか余計に寂しい気持ちが増しただけじゃないか。カッコ悪いたらありゃしない。


「ねぇ!ねぇてば!」


 その時、大きな声で誰かが俺を呼んでいた。ハッと我に帰った俺は振り返る。


 その女は俺と同じキジトラで、勝ち気な雰囲気の美人だった。首には不可思議な銀色の四角い板をぶら下げていた。


「ちょっとアンタ面貸しなさいよ」


 やっと俺が気づいたことを確認すると、女は強気な態度でいった。


 またこのパターンかと、俺は思った。美男美女で相手の気を引き、カツオブシになるような話を持ちかけては、結局裏切られるやつだ。最近はこの手の勧誘が流行ってるのか?


 俺は無視を決め込んで、ズンズンと歩く。紙芝居商会の時のような、痛い目はごめんだ。


「聞こえなかった?アタイはアンタに話があるの!」


 それでも女は着いてくる。俺はなおも無視し、早歩きでそいつから逃げようとする。とっとと諦めてくれ。いい迷惑だ。


「はぁ〜無視するってわけ!これは命令!着いてきなさい!」


 突如その女は俺の襟首をわしづかみにしたかと思うと

恐るべき勢いで引っ張っていった。


 結局連れて行かれた俺は、「ディスコドン」という丘にいた。100年ほど前にディスコドンという怪獣が、この国を襲ったことから、この名称になったという曰く付きの場所。そのせいで猫人があまり立ち寄らず、内緒話には打ってつけというわけだ。


「アタイはテンバ。よろしくね」


「俺はグミだ。テンバね〜、フッ……ムタ様も変な名前を付けたな」


 テンバに差し出された手にわざと気づかないふりをして、俺は嫌味を言った。


「からかわないでよ!お転婆だったから、この名前をつけられたの。仕方ないじゃない」


 それに対し、赤面しながらテンバは怒り出した。


「あぁもう!そんな怒るんじゃねーよ」


 俺は頭をガシガシ掻きながら、めんどくさそうな顔をする。それがさらにテンバの怒りに火をつけたのか、言いあいになった。


「怒るわよ!大体アンタ他人の名前を馬鹿にするなんて、最低極まりないわ!」


「そんなことで怒るお前も大概じゃないか!」


「そんなことって何よ!謝りなさいよ!」


「謝りゃいいんだろ。謝りゃ。悪かったってば」


「上部だけの謝罪なんかいらないわよ!」


「あー。いじけんなよ。すいませんでしたってば!」


「分かればよろしい」


 こうしてなんとか許してもらえたものの、テンバは相変わらず不機嫌だった。


 こんな不毛なやり取りをしていても仕方ないので、俺は本題を切り出すことにした。


「で、話ってやつはなんだ?ここまで連れてきたってことは、他人に聞かれちゃマズイってことは察してるぜ」


「紙芝居面白くなかったようね」


 やはりファラファラのことか。テンバも俺と同じで、彼の紙芝居をよく思ってないようだ。


「そっか……お前も来てたんだな。別に俺の趣味に合わなかっただけだ。否定はしない」


 テンバの問いに、俺は正直な感想を述べた。事実あの紙芝居を観て、面白いと感じた奴は大勢いた。それならファラファラが、この国で一番の紙芝居屋だ。それでいいじゃないかと割り切ろうとするが、胸の奥がムカムカしやがる。


 そんなふさぎ込んだトーンの俺に、テンバはこちらに目をやると、


「そう。じゃあアンタの心の中を当ててあげる」


と続けた。


「アンタはファラファラより自分の方が、面白い紙芝居をやっている。それなのになんで世間から、全く評価されないのかって悩んでるんでしょ?」


 図星だった。俺はファラファラに酷く嫉妬していたのだと、そこで初めて気づいた。


「そうかもしれないな……」


「厳しいこというけど、アンタはファラファラには勝てない。彼みたいに相手を引き込むだけのコミュニケーション能力、それに自分は凄いんだって、思えるだけの自信が備わってないもの」


「別に勝つつもりなんかないさ。でも俺の他にも実力のある紙芝居屋が、ファラファラが注目される影で埋もれてるって考えるとやるせないんだよ」


「そうね。でもそれが現実よ。上手く立ち回ったものが生き残り、不器用に一生懸命やった人が泣きをみるのが世の中なの」


「じゃあどうすればいいんだろうな。少しは報われたいよ、せっかく一生懸命やったんだからさ」


 額のこめかみに手をやりながら、俺は悲壮感を漂わせるしかなかった。このどうしようもない気持ちを、どこに向けたらいいのか分からなかった。


 そんな俺の顔をテンバが心配そうに、覗きこむ。


「グミ……」


「悪りぃ、悪りぃ。ガラにもなく、センチになってしまった。さっきのは忘れてくれ」


「うぅん。アタイもその気持ち分かるよ」


「分かるって、お前も何かあったのか?」


「アタイが演劇場で女優をやってた時に、色々とね……」


 その色々をテンバが語ることはなかった。きっと今はまだ話したくないくらいに、辛いことがあったのだ。こちらからは無闇に詮索はしないどこう。


「そっか。だから似たような境遇の俺に、声をかけたってわけか……」


「そういうわけ。そういう報われない人たちを集めて、何か面白いこと出来たらいいんだけどね……」


 丘の上から、街を見下ろすテンバの横顔はとても美しかった。それと同時にどこか哀しげにもみえた。


 何か面白いことに、ムーピーは打ってつけ。どうしても話したい欲求に俺は駆られていた。だが店主のボサタに厳しく否定されたことが、邪魔をして言い出すことが出来なかった。


 テンバに話せば、きっと乗り気になってくれるだろう。しかしムーピーは、無謀な賭けでしかないのだから。彼女を巻き込むわけにはいかない。


 俺はテンバと一緒に夕日が夜の景色に変わるまで、何も言わずに眺めていた。


「そろそろ俺帰るよ」


 ゆっくりと立ち上がった俺。それに対しテンバが、何か思い付いたかのようにいった。


「そうだ。アタイに付き合ってくれた礼に、これあげるよ」


 テンバは首にぶら下げていた、四角い板を外し俺の手のひらの上に乗せた。ずしりと重たい感触が、伸し掛かる。


よく見るとそれは、表面はガラスで出来ており、横には数箇所のでっぱり、裏面はリンゴの刻印があり、この国で見たことない特殊な素材でできていた。


「何だこれは?ただの首飾りではなさそうだが」


「ゴッドボード。アタイの家に先祖代々受け継がれてきたものよ」


 ゴッドボード?俺は頭の中のハテナマークを一生懸命かき消しながら、冷静さを保った。


「いいのか。こんな大事なものもらっても?」


「いいよ。グミ、アンタとは変わり者同士仲良くやってけそうだし」


 テンバはソッポを向いて、赤面しているのを誤魔化しながらいった。そこまで言われたら、俺も悪い気はしないでので貰うことにしよう。


 その時俺のお腹の音がぐぅ〜となった。


「ありがとうな。でも食いもんの方が、俺は嬉しかったけどなー」


「アンタもしかして食いしん坊なの?」


 ぽんぽんとお腹を叩く俺に、テンバが呆れ顔で尋ねる。


「悪いかよ!今度チュール奢ってくれよ」


 それに図々しく返す俺。


「嫌よ!バーカ!」


 俺のお尻を目一杯叩き、テンバはニカっと笑った。ヒリヒリとした痛みが身体を襲うが、悪い気はしなかった。


 ディスコドンの丘を降りながら、俺たちはそんなくだらないことを語り合った。


 テンバと別れて自宅に戻った俺は、晩飯を食ったりしてダラダラしたのち、自室で貰い物である四角い板をぼっーと眺めていた。


クンクンと匂いを嗅いだり、横のでっぱりをぽちぽちしてみたり、表面のガラスをコンコンと叩いてみたが、うんともすんともいわない。やはりただの板以外の何者でもないようだ。


 その時だった。ベッドの下からチョロチョロと、オレンジ色の小さな生き物が飛び出してきた。こいつは電気ネズミと呼ばれる種で、通称「ビリネズー」だ。


 「何だ??」と俺が言ってる間もなく、そいつはピョンと四角い板の上に飛び乗る。そして「ビリッ!」と素っ頓狂な声をあげたかと思えば、頬の電気袋からビリビリと電気を浴びせる。


「痛ってぇぇ!!」


 俺の手のひらに熱い衝撃が走る。今すぐ奴を引っ捕えて、夜食にしてやろうと俺は壁に立てかけてあった虫網を手に掴んだ。


だが時すでに遅し。ビリネズーは、すでに姿を眩ましていた。


「くそう!!今度会ったら、タダじゃおかねーからな!」


 ハァハァと荒い息遣いで、俺は歯を食いしばることしか出来なかった時だった。


ーファンファンファン!


 不可思議な音が四角い板からした。


「今度はなんなんだ!」


 板に目をやった俺は、自分の目を疑った。


 四角い板はリンゴマークが出たかと思うと、オーロラのような美しい絵に切り替わった。その絵の上には、今の時刻、そして(上にスワイプして開く)と記されていた。


「スワイプ?スワイプってなんだ?」


 俺は手当たり次第に板に触ってみると、オーロラから小さな四角い絵が乱雑したものにまた変わった。


「メッセージ、カレンダー、写真、カメラ、マップ、時計……どれも聞いたことないやつだな」


 とりあえず俺は、カメカメに名前の似たカメラというやつの絵を触ってみた。


するとまたもや絵は切り替わり、にゅうと俺のびくついた顔が現れた。


 恐怖よりも好奇心が勝った俺は、白くて丸い部分に触れてみる。


 「カシャ!」と小気味の良い音がしたかと思うと、カメカメのように俺の顔が絵のように収められていた。


「おいおいおい!こんな小さくて四角い板が、カメカメって嘘だろ……」


 これは天地を揺るがす大発明だ。もしこれを売れば、チュールが何本でも買える。いいや。お頭付きのマグロだって、夢じゃない。


 いや待てよと思うよりも、俺はこう叫んでいた。


「ムーピーだ!これでムーピーを作れるぞ!!」


 興奮を抑えきれなかった俺は、ベッドの上で何度も跳ねた。


面倒な資金集めをしなくても、これ一つさえあれば自分でもムーピーが作れるのだ。


 紙芝居屋の仕事が終わったら、明日からさっそくムーピー制作に取り掛かろう。俺は明日に備え、意気揚々と眠りにつくことにした。


 ー翌日 俺はいつも通り、紙芝居屋の店の掃除をしながら、店主のボサタにゴッドボードのことを得意げに話していた。


「ほうほう......グミよ、それは珍しいものを手に入れたな」


 窓を雑巾で拭く手をとめずに、ボサタは感心している。


「そうなんですよ!これさえあれば、ムーピーなんかチョチョイのチョイですよ!」


 ホウキを高々と掲げて、俺は目をキラキラとさせた。


 しかしボサタは相変わらず分かってないなという顔つきに変わった。


「グミよ……お前は先が見通せていない」


 「え?」と俺は思わず、目が点になる。そんな俺にボサタは諭すようにいった。


「前にも言ったが、そのムーピーとやらは一人じゃ作れんぞ。そんな大きな博打に賛同してくれるもの好きがいるとは、ワシは思えんな」


 また始まったか。ボサタは俺が何か新しいことを始めようとすると、必ずそれを否定する。


「やってみないと分かんないじゃないですか!!」


 俺は持っていたホウキを地面に叩きつけた。


「俺今日限りで、紙芝居屋を辞めさせてもらいます。ムーピー作りに専念したいので」


 ついに言ってやった。こんな後ろ向きな店主のとこで働いてたら、ムーピー作りの熱意が下がる一方だ。


「グミ何を言ってるんだ!?」


眉毛をひくひくさせながら、ボサタは戸惑っているのをよそに、俺は堂々と胸を張りながら出口へと向かった。


「グミ!ちょっと待ちなさい!!」


 紙芝居屋のドアをバタンと締め切ると、背後からボサタが呼び止める声がしたが、そんなの知ったこっちゃない。俺は俺の道を行くのだ。


 店を出た瞬間俺はたまらなくスカッとした。スカッとしてから、ものの数分と立たない内に後悔がドッと押し寄せた。


 俺は猫人がごった返す、城下町だということも忘れて、思わず叫んでいた。


「明日からどうやってカツオブシを稼げばいいんだあああ!!」


          to be continued……

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