第7話「初タイトル」
複数のカメラのシャッターの音
「はい」低い声
複数のカメラのシャッターの音
「初タイトル。とても嬉しいです」低い声だけどいつもより少し感情が籠っている。
複数のカメラのシャッターの音
「まさかストレートで勝てるとは思っていませんでした」低い声だけどいつもより少し感情が籠っている。
「はい。頑張ります。ありがとうございました」低い声
*
「ししょー。タイトル取りました」
「はい。ストレートです。完勝です。元棋聖のあの顔見ました?」
「あのクズみたいな男。師匠の事を散々バカにした挙句私に言い寄って来て。断っても付きまとって来るんですよ。いつの間にか振り向くとあのクズがいて。タイトル挑戦が決まった時も「二人の運命が重なったね」とか気持ち悪い事を言いますし」
「……すみません。少し取り乱しました」
「でも本当に嫌だったんです。師匠に教えてもらった痴漢撃退法を危うく試すところでした。連勝記録を止められた事を怨んでないと言えば嘘になりますが、それ以上に生理的に受け付けないんです」
「なにはともあれ。あの男はもう無冠で私がタイトルホルダーです」
「これからは〈棋聖〉って呼んでくださいね」
「嘘です。今まで通り呼んでください。私がどういう風になったって師匠は私の師匠なのですから」
「確かに師匠は各棋戦でも上位の成績なのに。タイトル戦はまだ出た事がないんですよね」
「落ち込まないでください。師匠。師匠ならいずれタイトル戦に出れます」
「本当は、師匠が一番強いって言うのは私が一番よく知っています」
「大袈裟に言っていません。本当です。他の棋士やそれこそタイトルホルダーの方とも研究させてもらった事はありますが、師匠みたいに的確な意見が出せる人って全然いないんですよ」
「対局の緊張感がない中での発想力なら師匠が一番です」
「そんな師匠に鍛えられたから私は強くなれたんです」
「だから棋聖戦のこの賞金は師匠にもらってほしいです」
「なんでですか。言ったじゃないですか。師匠のおかげなんですからもらってください」
「もはや私と師匠は弟子と師匠であると同時にプロゴルファーとキャディの関係ですよ」
「えっ。わからない?」
「師匠はゴルフ見ないんですか?」
「私は見ます。趣味です。師匠も今度やりましょう」
「まあその話は置いておいて。キャディの説明ですね」
「キャディは固定の金額に加えて、優勝や上位入賞での賞金が出た際は賞金の一部を給与として受け取るんですよ」
「だから師匠も私の賞金もらってください。師匠が付きっきりで研究に付き合ってくれただけじゃなくてタイトル戦の心得からシリーズの間の私のサポートをしてくれたおかげです」
「えっ。それは贈与?どういうことですか」
「贈与税がかかる?ごめんなさい。わからないです」
「なんですか。この本。「わかりやすい贈与税」?この付箋のページ読めばいいんですか?」
「……半分も税金で持っていかれるんですか?ずるくないですか。この国?」
「でも師匠。なんでこんな本を用意してくれていたんですか?」
「えっ。私がこんなこと言い出すんじゃないかと思っていた。本当ですか。お見事です。私は所詮師匠の手のひらの上なんですね」
「あっ。師匠。解決策ひらめきました」
「本当に今ひらめいたんですけど、たった今思い浮かんだと言うか前々からの望みが合体した結果なのですが」
「私と師匠が結婚すればいいんです」
「はい。だから結婚です」
「あの。おかしくなったわけじゃないです」
「額触られても平熱しかありませんから。どうせ触れるなら頭撫でてください」
「あっ。すみません。話がそれました」
「結婚すれば共有資産になりますよ」
「だから結婚しましょうってこの前女流名人が彼氏らしき人に話しているのを聞いたんです」
「だから私達も結婚しましょう」
「えっ。そんな事言うなって。そうですね。すみません」
「それでは今のは無かった事にしましょう。では師匠」
「プロポーズしてください。返事は決まりきっていますが」
「なんだったらこのまま師匠のご実家に挨拶に行きましょう。親戚なのにお義母さんとはこの前会っただけでお義父さんに至ってはあったことないですから」
「なんですか師匠。そんな理由で結婚なんて言うなって」
「あの。共有資産は一つの解決策で会って共有資産のことだけで結婚したいって言っているわけじゃないですからね」
「師匠。今まで態度に出していたから伝わっていると思っていましたが、はっきりと言わせてもらいます」
「私は師匠が……すみません」
「私はお兄さんが……すみません。いざ言おうとなると口がうまく動かないです」
深呼吸の音
「私は貴方の事が好きです。愛しています」
「やっと言えました。なんだかタイトル獲得より感慨深い気もします」
「今日のところはこれで満足しておきます」
「師匠。今日はいきなりすぎましたけど。プロポーズはいつでもお待ちしていますよ」
師匠 29歳。
弟子 20歳。
二人のとある日常の一コマ
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