第6話「タイトル挑戦」
複数のカメラのシャッターの音
「はい」低い声
複数のカメラのシャッターの音
「挑戦者として、思いきり挑みたいと思います」低い声
複数のカメラのシャッターの音
「まずは最初の一局に全力を注ぎます」低い声
複数のカメラのシャッターの音
「はい。頑張ります。ありがとうございました」低い声
*
「師匠。とうとうこの時が来ました」
「師匠の一番弟子たる私がタイトルを獲得する時です」
「私がタイトルを取ったら師匠の名前も一生残りますよ」
「えっ。私の存在以外の誰が師匠とか世間は気にしないって。そんなことないですよ」
「見てください。ホームページにのっている棋士情報。誰の門下かも載っています。だから私が活躍して名前が広がればおのずとその師匠の名前も広がって行くと言うわけです」
「だから師匠。見ていてくださいね」
「師匠のご恩に報いる時がやっときました」
「棋士になったばかりの師匠が、自分より才能があると言って私を家から連れ出してくれたのは本当に嬉しかったです」
「私と師匠の出会いからもう十年以上が経ちました」
「一度も会ったことない疎遠になっている家の従兄妹のお兄さんが初めて会った私に将棋を教えてくれて、たった数日のやりとりだけでなんのとりえも無かった私の才能を見出してくれたんです」
「小さな田舎の村しか知らない私の世界が広がって行きました」
「この人のために頑張ろうと思ってやっとここまで来ました。まだスタートはこれからですけど、絶対に勝ってみます。見ていてください」
*
「師匠。怖いです」
「ごめんなさい。さっきまであんなに意気込んでいたのに」
「やっぱり落ち着いて考えてしまうと不安が止まらないんです」
「初めてのタイトル戦で、しかも相手が私の連勝記録を止めてあの人なんて」
「師匠。お願いがあります」
「今日は小さい頃のように過ごしてもらえませんか?」
「師匠の作ってくれたご飯を食べて」
「師匠と一緒にお風呂に入って」
「師匠と手を繋いで一緒に寝たいです」
「私が初めて公式戦で負けた時も一緒にお風呂に入って寝てくれたじゃないですか」
「今日は何から何まで小さい頃のようにして欲しいです」
「そうすると落ち着ける気がするんです」
「師匠。どうしても駄目ですか?」
「さっきは俺に出来る事ならなんでも言えって言ってくれたのに」
「師匠。師匠がどうしても嫌ならあきらめます」
「ご飯だけだったらいい?」
「師匠のご飯を食べたいですけど、その後のお風呂と寝る時のがもっと重要なんです」
「もしも師匠が三つとも叶えてくれたのなら。死に物狂いでタイトルを取りに行きます」
「えっ。死に物狂いにならなくてもいつも通りの実力が出せればタイトルを取れるよって」
「ししょー」
「ありがとうございます。そんなに私の事を信頼してくれていて」
「絶対にタイトルは取ります。師匠の弟子として恥ずかしくない対局にします」
「それじゃあ師匠。今日は落ち着けるようにまずはご飯からお願いします」
「ご飯だけで終わりじゃないですからね」
「一緒にお風呂入って一緒に寝るところまでですよ」
「昔みたいに背中の流しあいしましょうね」
「寝る時も師匠の腕枕です。いいですね。考えただけで不安が吹き飛んでいきます」
「えっ。今日だけいい。やった。ありがとうございます」
「師匠。ふつつか者ですがよろしくお願いします」
*
「師匠。先日の対局で私はまず一勝しました」
「ありがとうございます。でも師匠のおかげです」
「師匠が私の我儘を聞いてくれたから、一局目は勝つ事ができました」
「だから師匠。明日の対局も勝つために今日も同じように甘えさせてもらっていいでしょうか」
「そうすればきっと二局目も勝てる気がするんです」
「師匠。どうか今一度。ふつつかな弟子のために一肌脱いでいただけないでしょうか」
「はい。ご飯はこの前と同じご飯でお願いします」
「はい。当然です。お風呂も寝る時も全く同じでお願いします」
「ありがとうございます。師匠。今日もよろしくお願いします。この前の勝利も今度の勝利も師匠に捧げます」
師匠 28歳。
弟子 19歳。
二人のとある日常の一コマ
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