第19話

 じーさん、なんか向こうに用があるとかって言って、どっか行っちまった。すぐ帰ってくるって言ってたけど。

にしてもじーさん、コミュニケーションは苦手だとか色々言ってたけど、絶対違うな。

自分で勝手にそう思ってるだけだって絶対。ユッキーと会わせたら、どんな話するんだろうな。


「あなた、少しお願いがあるダス」


「あれ、おっさん。おっさんのほうから話しかけてくるなんて、珍しいじゃん」


「最初に会った時も、わたしからあなたに話しかけたダス」


「あっ!おっさんやっぱ、あの時のおっさんだったんだな。なんとなく、そんな気がしたんだよ」


「今まで見分けがつかなかったダスか?」


「えっと、ゴメン。実はそうなんだ。びみょうに、格好が違うなとは思っていたけど、おっさんだって洗濯して、服くらい変えるだろ?だから、それを判断基準にしていいものかって思ったんだ」


「なんだか、なんとも言えない気分ダス。それより、あの木の整備を手伝って欲しいダス。あなた、わたしより背が高いから、わたしより適任ダス」


木?ってあれか。そっかあ、管理のために、木一本でも丁寧に扱わないといけないんだな。

でも、こういう自然のものだと、俺たちの世界とやってることはそこまで違わない気がするな。

俺んちの周りでも、その辺の木の手入れをいつもしてるひと、いたもんな。

何が楽しいんだろって思ってたけど、俺もやってみたら、わかるのかな。


「わかった。俺もいっしょに手伝うよ。てか、背が高いなんて言われるの新鮮だな。

 ところで、なんか道具とかないの?」


「これを使って欲しいダス。それから」


「少し待つのだ」


あっ、じーさんが帰ってきた。でもなんか、ちょっと怖い顔してる。なんかまずいことしたかな、俺。


「どうしたんだよ、じーさん。俺、おっさんの木の整備を手伝おうとしてるだけだぜ。やり方はよくわかんないけどさ、おっさんが教えてくれるって」


「おぬし、自分から手伝おうと彼に声を掛けたのか?」


「えっと、いや。おっさんが手伝って欲しいって」


じーさんは悩んでるような顔をしてる。

なんだか、嫌な予感がする。俺、絶対に言っちゃいけないことを言った気がする。


「おぬしに伝えたと思うが、彼らをつくったのは、この儂だ。儂と共に、この世界を管理するためにな。

 そのために出来る限り、効率よく、無駄なことを考えぬように、あのようなコミュニケーションを取るように儂が考えたのだが、それでも、このようなことが起こるのだな」


「あんなコミュニケーションって、音波による会話のことだよな?外の世界に、興味を持ってしまわないようにっていう」


「そうだ。あれには、様々な制限を設けておるのだ。笑いを始めとした感情表現、複数人での会話、それに伴う外部からの傍聴など、全て出来ぬようにしてある。

 文字を読む、残すなどの行為も、彼らには出来ぬ。儂も彼らとのコミュニケーションでは、彼らに合わせておる。

 彼らに言葉自体、覚えさせていないのは前にも少し話したな」


「全部、おっさん達に管理を任せるためなんだろ?それは散々聞いたよ。

 なあ、おっさんは今、初めて俺にお願いしてきたんだよ。一回だけだぜ?

 別に外の世界に興味を持ったなんて言ってなかったし、それに、おっさんは悪くないだろ?

 俺がここにきたせいで、そうなったってんなら、その、えっと」


上手く言葉が出てこない。違う、俺は逃げているんだ。

じーさんにとって、俺がどんな存在なのか、俺はわかってるのに。

俺、怖がってるんだ、じーさんのことを。でも、なんて伝えればいいんだ。


「やれやれ。少しばかり相手の心が読めても、やはり、こちらの想いが正確に伝わらねば意味がないな。

 今、気付いたよ。儂は、不器用だったのだな」


じーさんはため息をついてた。なんか、俺の勘違いだったっぽい?


「でもじーさん、その、おっさん達を分解した時も、今と同じような感じだったんだろ?

 俺みたいなヤツがいて、そのせいでみんな変わっちまって、じーさんに逆らうようになったって。

 外の世界に行くために、管理の手伝いもしなくなったって。

 だから今もきっと、おっさんのこと分解しようと考えてたんじゃないかって」

 

「確かに、そこまで変わってしまえば、儂は再び同じことをしていたかもしれぬな。

 だが、ほんの少し変わった芽が出たくらいで、それを怒り狂って踏み潰すような真似はせぬよ。

 それに今回のことは恐らく、儂の指示に問題があったのだ。

 彼やおぬしに対して怒るのは、筋違いだと儂は認識しておるつもりだ」


なんだかホッとした。俺が先走ってただけみたいだ。


「でもじーさん、なんか怖い顔してたぜ。なんかあったのか?」


「いや、少しだけ考え事をな」

 

やっぱり、じーさんの様子がおかしい。


「なあ、なんだよ。ちゃんと教えてくれよ。今までだって、色々なこと俺に教えてくれたじゃんか。

 それとも、やっぱ俺、じーさんの気にさわること言っちまったのかな。

 それなら俺、ちゃんと謝るよ」


じーさんは、今までにないくらい落ち込んだ顔をしてる。


「いや、おぬしには何も非はないのだ。誤解させてしまってすまぬ。

 だが、今一度、おぬしの口から聞かせてもらいたいことがあるのだ」


「なんだよ、そんなあらたまって」


「おぬしは、本当に外の世界に戻る気はないのか?」


なんだ、またその話かよ?でも、そうだな。これって、俺だけの問題じゃないもんな。だけど、俺はもう決めてる。


「俺、戻らないよ。だって、ここで穴を開けると、この世界はダメになって、じーさんやおっさん達は死んじまうんだろ?

 だったら俺、ここでみんなと暮らしたい」


なにかじーさんは、ちょっとだけ納得したような顔をしてた。俺の気持ち、伝わったんだな。


「おぬしは少しだけ、勘違いをしておったようだな。別に穴を開けたところで、儂らは死んだりなどしない。管理が出来ぬようになるだけだ。

 もちろんそれは、儂にとっての理想郷が崩壊することにはなるがな」


「あれ!?そうだったのかよ!?なんだよ、俺てっきり、この中が崩れ落ちて、みんな全滅するのかと思ってたよ」


じーさんは大笑いしてる。でも、今までとちょっと違うような感じだ。


「うむ、誤解が解けて良かったわい。ついでに、もう少し話を聞いてくれ。

 おぬしが落ちてきたあの穴、あれの影響は想像以上に大きなものでな。

 もう次に少しでも大きな穴が開いてしまうと、恐らく今までのような管理は、もう十分には出来ぬようになるだろう」

 

「え、でも昔、この着物を着てたヤツが来た時は、穴は開きっぱなしだったくらい管理が甘かったんだろ?なんで今回だけ、そんな影響がでかいんだよ?」


「はっきりとは分からぬが、例の少年が来た時と比べ、おぬし達の世界の環境が、

 大幅に変化していることに起因しておるのかもしれぬ。大気を始めとしたな」


もしかして、環境汚染ってヤツ?がっこーの授業で、そんなビデオを見せられた気がする。

そういや俺たちが行こうとしてたあの山も、げんせいなんとかっていって、環境汚染から守ろうとしてたっぽい。

ユッキーが色々話してたな。


「なあ、それって何とかならないのかよ?汚染をなくせばいいだけだろ?」


「そうかもしれぬ。汚染の原因物質の多くは、原子の状態にまで戻せば無害化されるだろう。例外もあるがな。

 だがそのために、広大な世界に散らばった汚染物質をかき集めるという行為は、あまりにも途方も無い作業となる。

 それに汚染物質をかき集めるために、また別の汚染物質を出してしまうことも考えられるのだ」


「それって、堂々巡りじゃん」


「そうだ。汚染をなくすというのは、おぬし達の世界に比べればちっぽけなこの中ですら、困難なことなのだ」


「じゃあ、他に方法はないのか?」

 

「しばらく時間が経ちさえすれば、少しの穴を開ける程度なら問題が無い程に、この中を再び安定させることは出来るのだ。

 だが、その時間はおぬしにとっては、あまりに長いものだ。その寿命が、確実に尽きてしまうくらいにな」


俺、どうしたらいいんだ?俺が外に出て行っても、じーさん達が死なないってわかったのはいいけど。

でも、これじゃ俺、迷うよ。元々は俺、外に出たいって思ってたんだし。 

せっかく俺、ここで暮らすって決心してたのに。


「なあ、じーさんは、どう思ってるんだよ?

 俺、こんな話聞かなけりゃ、ここに残るって決めてたんだ。

 本当はどうしたいんだよ、じーさん」


「儂はおぬしに、より正確な情報を知ってもらい、それから判断してもらいたかったのだ。

 誤解したままで、そのまま時が過ぎ、後悔するようなことはあってはならぬ。あって欲しくなかったのだ」


「でも、じーさんは最初、しきりに穴を開けるなって言ってたじゃん。

 それって、俺を外に出すよりも、この中の管理を優先してたってことだろ?」


「む、それは、否定は出来ぬ。

 だが、そうだな。難しい話はここまでとしよう。

 儂は、おぬしの気持ちを尊重したいと思っておる。

 儂は、おぬしの本心を知りたいのだ」


「なんていうかさ、じーさんって、コミュニケーションがどうのってよく言ってたじゃん。色々俺に、教えてくれたじゃんか。

 でもやっぱ、じーさんって、不器用だったんだな」


「うむ、自覚しておるよ」


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