第7話
雨はさっきより強まってきているように感じた。泥に足を取られ、思うように走れない。
さっきコンパスを確認したから、向かってる方角に間違いはないはずだ。でも、おかしい。
今まで通ってきた場所にはいくつか、帰る時に迷わないように布で目印を付けてきたのに、それが今まで一個も見当たらない。
辺りは薄暗くなってきているとはいえ、そんなに見落とすなんて。
動悸が激しい。カズは怪我している。僕が治さないと。何も考えるな。走ることに集中しろ。
見覚えのある水辺を見つけた。鳥はいなくなっていて、面積がかなり大きくなってるけど、あの池だ。
この大雨で氾濫しているのだろうか。とにかく、先へ進んでることがわかって少しホッとした。
これなら、後一時間も走れば人里に着くだろう。あのバス停は僕ら以外にも降りる人が何人かいたから、きっと誰か見つかるはずだ。
そして池を後にしようとした、その時、まるで池が僕を呑み込もうとするかのように、水が一気に溢れ落ちてきた。
水位はみるみる上がっていき、既に両膝を浸かっている。走ろうとしても、足が全く上がらない。
このままじゃ駄目だ。せめて泳いでいけるように、咄嗟に衣服を脱ごうとした。
でも、あっという間に僕は水に呑まれてしまい、完全に沈んでしまっていた。
息が、できない。目の前が、真っ黒だ。
僕が、いけなかったんだ。カズを、山に誘ったりしたから。
もう、考えられない。もっといろいろ、僕に、できたのかなあ。
ごめんね、カズ。
「どうしたんです?浮かない顔して」
声が、聞こえる。カズ?なわけないか。夢の中、だろうか。
「目を開けてご覧なさい。あ、息も出来るから大丈夫ですよ」
目?ここは、水の中?これって、下にあるのは、僕らがいた森?理解が追いつかない。
「無理もありません。地上が沈む光景なんて、貴方達は見たことが無いでしょうから」
沈む?そうだ、あのフェンス、あれも沈んでる。ということは、まさかカズも?
「カズ君は、もうこの世にはいませんよ」
嘘だ。そんなわけない。だって、そうなら、そんな・・・
「貴方にとって、かけがいのない存在だったようですね。
そういう方がいるのって、とっても羨ましいです。憎らしい程に、ね」
「お前が、やったのか。この洪水を起こしたのは、お前か?」
「あ、やっと私に興味を持ってくれましたね。
後者は、確かに私がしたことです。でも、前者は違います」
「どういう意味だ?」
「意地悪な言い方をしてすみませんでした。誤解させてしまったみたいです。
カズ君は、生きています。とある場所に閉じ込められています」
「実はやっぱり生きている?都合の良いこと言って、僕を騙そうとしているのか。」
「フフ、そんな怖い言い方をしても、安堵してるのが伝わってきますよ。
大丈夫、私は貴方の味方ですので」
なんだか意味がわからない。こんなことをしておきながら、僕の味方だなんて。
そもそも、こいつは一体何なんだろうか。姿は、何か漠然としてるけど、波のような感じだ。
この状況で、どうして会話ができるのかも気になる。
「あ、口にしなくても貴方の思考は筒抜けですよ。
私、いわゆるテレパシーが使えるんです。音波でコミュニケーションを取るような 生物とは違いますので」
音波?そういえば、イルカやコウモリはエコーロケーションで仲間と意思疎通してるって聞いたことがある。
そんなのとは、スケールが違う能力だって言いたいんだろうか。
「私、イルカもコウモリも大好きですよ。彼らを馬鹿にするつもりはありません。
私が言っているのは、山の中でいつまでも進歩のない生活を送っている者達のことです。
この者達が、山にカズ君を捕らえているのです」
カズが、あの山に?
辺り一帯が水に沈んでいるのに、あの山だけは、空高く突き出ている。
「全く、恨めしい山ですね。昔からあの山にだけは、何故か私の力が及ばないんですよ」
あんなに、高い山だったなんて。フェンス越しからじゃ全然わからなかった。
でも、おかしい。僕らは厳密には、フェンスに阻まれて山の中には行ってない。
どうしてカズが、あの山にいるんだ?
「言葉というのも、なかなか難しいものですね。
正確に言うと、カズ君は山の内部にいます。貴方達がいた所も、山の一部です。私の力が届く範疇ではありますが。
ですが恐らく、もうカズ君は帰ってくることは出来ないでしょう」
帰ってこれないだって?そうだ、カズは落とし穴に落ちていた。
救助隊を呼べば、土を掘り返せば助けられるはずだ。
「救助隊なんて来ないですよ。今この世界には、私達しかいませんから。
それに、土をいくら掘ってもカズ君は見つかりません。
彼は今、私達とは別の空間にいるんです」
別の空間でも何でもいい。どうしたら、カズを助けられる?
「難しい話は無しにしましょう。
貴方は何故、そこまでカズ君を救いたいのですか?」
カズは、僕の大切な友達だからだ。
「では、その友達を救うために、自らの命を懸けることはできますか?」
当たり前だ。
「ならば、貴方の命と引き換えに、友達を日常に引き戻すことと、
二度と日常に戻れないが、山の内部で友達と共に一生を送ること。
貴方はどちらを望みますか?」
・・・。
「ほう。思考が読めません。こんなのは初めてです。
ですが答えてもらわないと、先へは進めませんよ」
「カズにとって、幸せな方を選ぶべきだ。でも僕は、
山の内部がどんな場所かわからないけど、たとえどんな場所だとしても、カズの本来の人生を邪魔したくない。
だから僕は、カズを山から助けたい」
「なるほど。やはり貴方は、私の思った通りの方のようですね。
分かりました。貴方に協力しましょう。
あ、お命を頂戴したりしませんから、ご心配なく」
協力するって、さっきもうカズは帰ってこれないと言っていた癖に。
「いえ、嘘を言っていた訳ではありません。実際、カズ君を助け出すのはかなり大変です。
ですが、貴方はとても私によく似ていますから、なんだかほっとけなくて」
こんなやつに自分と似ていると思われてるなんて、心外だ。
「あ、ひどい。そういう言い方、傷つくのでやめて下さいね。
あと、あの山は入るのは割と簡単ですが、出るのは非常に困難です。心して下さいね」
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