[短編小説]晴れた空にかかる虹

ゆきあき

晴れた空にかかる虹

 『彼女が泣くと青い空に虹が架かる』 僕だけが知っている法則だ。


 幼なじみの宙野晴そらのはるはなんでもできる女の子だ。

 高校の学業成績は常に上位、陸上部では全国大会に出場する身体能力を持ち、生徒会役員もしている。スポーツ体型で胸はないが容姿もいい。そして何よりも彼女の特長になっているのはその笑顔だ。名前のように晴れ晴れとした明るい表情でいつもニコニコしている。だから周りからのやっかみもほとんどない人気者だった。


 そんなことを改めて考えていたある日の朝、学校の廊下で本人を目の前に「晴はまるでスーパーマンみたいだな」と言ってみた。


「せめてスーパーガールって言えよバカ野郎!」


 そう言い返されて思いきり腹を殴られた。……うん、男勝りな性格なのは玉に瑕だ。


その後、晴と別れて腹を抑えながら教室に入ると、友人の中根がからかい気味に話しかけてきた。


「いやはや、さっきから見てたけど、朝から二人はお熱いね~」

「よせよ、僕と晴は幼なじみだけど恋人同士ってわけじゃないんだよ」

「え~、どう考えてもお似合いのカップルだと思うんだよね。実は好きなんでしょ~」


「好きだよ」僕は即答した。


「…でもあいつがどう思っているかは分からないし」

「どう見たって両思いだろう。このリア充が~!」


 中根は僕に後ろから覆い被さりチョークスリーパーを極めてきた。「ギブ、ギブ……」と僕はタップをして難を逃れた。


 ……でも、実際のところはどうなのだろう。僕は晴が異性として好きだ。それは間違いない。でも、中根の言うとおりに晴も僕のことが好きかというのは正直自信がなかった。 僕と晴は家が隣同士でずっと一緒だったし、彼女のお母さんが死んでからは、忙しいおじさんに変わって、親友でもあった僕の母が二人一緒に面倒をみていた。だから周りからは幼なじみというより姉弟として見られていた(誕生日は僕の方が早いから本来は兄のはずなのだが力関係的にどうしても僕が弟に見えるらしい)。……それは晴自身もそれは同じなのではないかとないかと思っている。



 そのような自分の考えを、昼休み僕たちの他には誰もいない屋上で弁当を食べながら中根に話した。すると中根は「告白しかないな」と力説した。


「そういうのは、うだうだするよりはっきりさせるのが一番なんだ。大丈夫、俺の見立てでは成功率は花丸満開200%だ!」

「ありがたい話だけど、根拠がないな」

「根拠ならあるさ、う~んと……」


 そう言って中根は辺りを見回した。おいおい、今から考え始めているのがバレバレだぞ……


「おっ…あれだ。まるでお前の前途を祝福するような光景が広がっているぞ」


 中根はそう言って空を指差した。良く晴れた空に、くっきりと鮮やかな虹が架かっていた。


「雨も降っていないのに珍しい。これは晴ちゃんとお前をつなぐ恋のキューピットの架け橋にちが……」

「悪い、用事を思い出した」


 僕は中根の台詞を遮り、食べかけの弁当を急いで口の中に頬張り、足早に階段へと向かった。


「おお、早速告白か。頑張ってこいよ!」


 中根が背後で何か言っていたが、僕は無視をした。



 『晴が泣くと青い空に虹が架かる』 僕だけが知っている法則だ。



 僕は晴のクラスに行って、今彼女がどこにいるか聞いた。すると体育祭の実行委委員もやっていた彼女は用具の確認に体育倉庫に行っていると教えてくれた。

 僕が体育館の裏手にある体育倉庫に行くと、入り口付近でもたもたと散乱したテニスボールを拾っている晴を見つけた。


「よう、晴」

「えっ、どうしてこんなところにいるの?」


 いきなり声をかけられたのにびっくりしている晴を無視して、僕は体育倉庫の中を覗いた。中はボールや諸々の備品が散乱してなかなか酷い有様だった。足の折れたパイプ椅子と少々高い棚の上に置いてあったであろう体育祭用のゼッケンが箱から飛び散っているのを見て、だいたいの経緯は推理できた。


 ……これはまた派手に転んだものだ。運動神経はいいのに晴は時々おっちょこちょいな所がある。


「えへへ、失敗しちゃった…」


 舌を出して晴はおどけてみせた。だがその表情はどことなく硬かった。その理由を僕は知っている。


「怪我してるんだろ。片付けはやっといてやるから無理せず保健室に行けよ」


 僕がそう言うと、晴は少し驚いたように目を大きくした。


「……どうして怪我したって分かったの。血とかは出てなかったと思うんだけど?」


 空に虹が架かっていたから晴が泣いている思った……なんて説明できるわけがなかった。


「運動神経がいいお前があんなにもたもたボール拾ってたからな。どっか悪いと思ったんだ。今朝は僕をぶっとばすほど元気だっただろう」


 とりあえず適当に理由をつけてみた。晴はそれを聞いてキョトンとした表情を見せた後、その場にへたりと座り込んだ。


「実はそうなんだ。足首酷く捻っちゃったみたいで。ほんとう良く私のことを見てくれているね」


 晴は安堵したような表情を浮かべ、そしてなぜだかとても嬉しそうに笑った。


 僕はなんとなく空を見た。虹は既に消えていて、雲一つ無い青い空が戻っていた。


 倉庫の片付けを終えた僕は晴をおぶって保健室に連れて行くことになった。実はかなり痛いらしかった。


「……君はすごいね。私が泣きそうになったときは何時もすぐに現れるんだから。もうすっごい確率、ミラクルだよ。何でなのかな?」


 腰を落とした僕の背中に体重をかけながら晴は言った。僕は「うんしょ」と言って立ち上がった。そしてどう答えたものかと思案した。


『晴が泣くと青い空に虹が架かる』 これは僕の妄想だ。


 いつも明るく笑っていてほしいから「晴」。そう彼女に名付けた大好きな母が死んでしまった日、僕は初めて晴が泣くのを見た。その日はとても良く晴れていて、雨が降ったわけでもないのに空には大きな虹が架かっていた。僕はその時ふと晴の涙が虹を作ったんじゃないかと思った。それと同時に、彼女を守っていかなければならないと強く思った。それは僕は晴を好きだと確信した瞬間だった。


「……晴が好きだから」


 その答えは自然に僕の中から出てきた。色々端折ってはいるが要はそういうことだ。距離が近すぎて今まで言わなかったことを、僕は初めて告白した。


「晴が好きだから、きっとすぐに現れるんだよ」


 僕は晴をおぶっているので彼女の表情は見えない。ただ背中越しに彼女が小刻みに震えていることはすぐに分かった。


「……泣いてるの?」


「……泣いてない! でも、もし泣いているとしたら嬉し泣きだよ。だって、いつもピンチの時に側にいてくれる君が私も大好きだから」


 晴の僕の胸に回した腕の力が強くなった感じがした。僕は晴の顔を覗こうとしたが、うつむいて背中に顔を埋めているので表情は見えなかった。


 しかたないので僕は空を見た。青い空にまた再び大きな虹が架かっていた。


 『晴が泣くと青い空に虹が架かる』 僕だけが知っているそれは妄想ではなく、やっぱり確かな法則なのだ。



<了>

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