第141話 この一瞬の輝きが今ここに(エリクス視点)

 ディマーユ様は無事に七賢者の所まで辿り着けただろうか?

 ラング君はしっかりと活躍しているかな?


 だとすれば卿にも少しは救いがあるのだけれど。


「ハァ、ハァ、この化け物めが……!」

「こいつ、ヤバすぎるんですねーっ!」


 悲しい事に今、卿らに救いはないみたいだ。

 なにせエグザデッダーに対してまったくの無力という醜態をさらしているのだから。


「ア、オ、殺ス、殺スゥゥゥ」

「馬鹿の一つ覚えみたいにッ!!」


 ラクシュ君の魔法直撃でもやはりダメか。

 爆散雨だろうとまったく怯みすらしないとは。


 剣で斬っても切れない。

 魔法を撃っても焼けない。


 たしかに足は遅く、歩いてでも離れられる。

 しかし反応速度は桁違いで、近づく者が生半可なら一瞬で潰されてしまう。

 ベゼール殿とディオット殿はその領域から脱せなかった。


 卿らの圧倒的な実力不足だ。


 唯一、オプライエン殿の双剣技だけが奴に対抗可能。

 彼が翻弄し、卿とクリン君が追撃、ラクシュ君が退避牽制の一撃。

 このコンビネーションのおかげで、卿らは連続で奴を攻め続ける事ができている。


 それなのに一切のダメージが通らないときた。

 まったくもってナンセンスだよ、この相手は。


「なんたる醜態か! ここまで我らの力が通用せんとは!」

「オラの拳も限界に近いんですね。まるで鋼鉄を殴ってるような気分なんですねー……」


 しかもどうやらこの勢いもここまでかもしれない。

 よく見れば、オプライエン殿の脇腹に幾筋もの赤い傷跡が刻まれていたから。

 羽織り物が完全に破れた今、もう誤魔化す事ができない状態だ。


「さきほど奴にやられてしもうた。指先でガリッとな」

「それで人の肉も骨もバターのように掬い取ると。ハッキリ言って頭がおかしいね」


 おかげで血が流れて止まらない御様子。

 これだともう長くは持たないだろう。


「仕方あるまい、ならば相打ち覚悟で挑む他なかろうな」

「オプライエン殿……」

「然らば奴の隙を作ってはもらえぬか?」

「「「了解!」」」


 しかしそれでもオプライエン殿はやる気らしい。

 双剣を逆手にし、屈みながら両手を腰へと寄せる。


 そうして湧き出すのは命波。

 さすがオプライエン殿、かなりの放出量ときた。


 その力に賭け、卿とクリン君が左右に散る。

 さらにはすぐに飛び出して奴を攻撃、即退避。

 クリン君の腕がわずかに削がれたが無事牽制成功だ。


 その隙を突き、飛び上がったラクシュ君が頭上から魔法攻撃。

 奴の意識を空中へと向けた。


 するとその瞬間、場に光が瞬く。


「こォォォォ……! 鮮糸烈華せん・し・れっかァッッッ!!!!!」

 

 オプライエン殿の高速剣技が発動したのだ。

 卿達の目では追えないほどの速さを体現した、究極の二斬として。


 光が走り、宙に太い筋を描く。

 その刹那、赤黒い鮮血が舞う。


 そしてエグザデッダーの首が、見事に刎ねていた。


 ただし、すれ違っていたオプライエン殿もまた首が半分えぐれた状態で。


、たの、む……」


 そんな掠れた声と共に、オプライエン殿が倒れ込む。

 カウンターを避ける事ができなかったのだろう。そういう攻撃だから。


 とはいえ当面の相手はこれでおしまい。

 首を断たれればさすがのエグザデッダーも機能停止するようだ。


「オプライエン殿、ありがとうございましたですね……」

「うん、そうだね。今は感謝しようか」

「? エリクス殿はなんだか嬉しそうじゃないんですねー?」

「そりゃね……喜ぶのも束の間、って奴さ」

「え?」


 だけどこの状況、あまりにも不自然すぎるんだよね。

 なぜエグザデッダーが一体しかいなかったのかと。


 それにこの部屋、一体を戦わせるにはあまりにも広すぎる。


 加えて側面の壁だけがなぜか六角形のタイルでびっしりと詰められているし。

 あれを見たら誰でも不自然としか思えないよねぇ……!


「あ、うあああっ……!?」


 そう思っていた矢先に動き始めたか。

 あのクリン君が怯えるほどの最悪の事態が。


 突如、六角形のタイルが一挙に開いた。

 すると中から液体をビシャビシャと撒き散らし、何かがどんどんと投下されていくじゃあないか。


「オ、オオ、殺スウ」

「ウオオオオオ」


 そう、全部エグザデッダーって訳だ。

 それも何百体ときたか。

 まったく、ゲールトって奴らは悪趣味なくらいに徹底的だねぇ……!


「さっきのカナメ君はおそらく、ただの陽動だ」

「えっ!?」

「ただ硬い面倒な相手としてディマーユ様達を先に行かせるだけの囮に過ぎなかったのさ」

「じゃ、じゃあこれが!?」

「そう、これが本命。挟み撃ちのために用意した、A級勇者程度じゃどうにもならない化け物どもって事さ」


 はぁまったく、とんだ貧乏くじを引かされたものだね。

 卿達A級クラスが残ったものの、まさかそれを凌駕する相手が数百体とは。


「きっと一体一体はディマーユ様達ならどうとでもなる相手だろう。だけど背後から、数百体と襲ってきたらどうなるだろうか」

「そんなの、勝てるわけがありません!」

「その通り、きっとみんな食い散らかされて終わるね。最悪のパターンだ」

「で、でもオラ達じゃどうしようも……!?」


 そう、詰みだ。

 卿達ではどうあがいてもこの状況を覆す事はできない。

 どんな奇蹟が起ころうと、奴らのキャパシティを越える事は事実上不可能さ。


「あうあ、ああ……ち、ちくしょおおおーーーッ!!!!!」

「ああっ、クリン様!?」

「がっ!? ぎゃっ!? やめろ、やめっぎゃああああああ!!!!!」


 クリン君……絶望を前に錯乱してしまったか。

 まさか自ら殴り込んで生贄になってしまうなんて。

 ここまでに多くを救ってきた彼が、最後の最後でこんなむごい終わりを迎えるとはね……。


 救いはもう無い、そういう事かな。


「……エリクス様」

「なんだい、ラクシュ君?」

「エリクス様は今すぐディマーユ様達の下へ向かってください」

「えっ?」

「ここはわたくしが引き受けます」


 おいおい、この期に及んで何を言い出すんだこの子? 正気かい?

 それとも――


「まさか君」

「はい、わたくしはこれより自身の動力機関を暴走させ、背後の通路を爆破、塞き止めようと思います」

「ああやっぱり、そういう提案かぁ~……」


 どうやら本気らしいね。

 彼女は本気で自分を犠牲にしてこの場を収めるつもりのようだ。

 どえらい犠牲心だねぇ、褒め称えてあげたいよ。


「しかしエリクス様にはきっと、またお逢いしたい方がいらっしゃるのですよね?」


 ……まったく、ほんとに。

 その洞察力にも花丸をくれてやりたい所だ。


「わたくしにはそのような者はもうおりません。ゆえに生きる事に執着はない。今ここにいるのも主様に尽くすため。もはや命など惜しくないのです」

「……」

「ですからここはわたくしに任せて――」

「だが残念、落第点だよ」

「えっ?」

「おあいにく、卿が逢いたい人とは毎日逢っている、あるいはもう逢えないんだ。ついでに言えば声を聞きたいがもう聞けないし思い出せもしない」

「それってどういう……」

「あともう一人逢いたい人とは飽きるほどに付き合ってきた。だからね、今さら逢おうと思わないんだよ。強いて言うなら、あっちに逢いたいって思わせたいくらいだ」


 だけどね、卿はとっても意地悪なのさ。

 せっかく逢いたいって思わせるなら、なかなか叶わないようにするのも面白いって思うくらいにね。


 あの人が悠久の時を生きられるなら、なおさらに。


「それにきっと君の出力だけではこの壁は破壊できない」

「ううっ!?」

「だけど卿の動力機関を合わせれば破壊するに足る出力を得られるだろう」

「それって!?」

「それが卿ら〝エグザリーヴァー〟の役目ならば、って奴さ。だからねッ!!!」


 そんな悪だくみを思いついてしまったなら、試してみるのも一興。


 だから卿は一歩を踏み込み、命波と共に槍で薙ぎ払う。

 すると寄ってきていたエグザデッダーどもの前列が転び、後列を巻き込んで渋滞を起こした。

 これで少しだけは時間が稼げるだろう。


 だから。


「この最後のひと時を君のような美女と共に過ごすのも悪くはない」

「えっ……」

「ははっ、卿は割と好色家なのさ」


 そしてラクシュ君の元へとスッと歩み寄り、丁寧にひざまずく。

 瞳を追い見つめながらにそっと手を差し伸べて。


「よろしければ僕と最後のダンスを踊っていただけませんか、お姫様?」


 それはさながらプロポーズのように。


 オーディエンスは屍だけ。

 身なりも血と汗で汚れ、とても上品とはいえない。

 けれど神の御許という、これ以上ないシチュエーションに違いはないのさ。


 ただその中で無粋に、無様に散りたくはない。

 それだけが卿の、僕のささやかなたっての願いなら。


「……ふふっ、ええ喜んで」


 そんな僕の我儘に彼女は付き合ってくれるようだ。

 頷き、微笑み、同じく手を差し伸べてくれた。

 ははっ、こんなに嬉しい事は他にないね。


 ならこれで心置きなくティエラの下へと旅立てそうだよ。




 ――僕達はそう、互いに想いを重ねながら手をも重ねた。

 そして僕達の世界はまもなく白光に包まれ、やがて呑まれて消えたのだ。




 ああ、今ならわかる。

 僕達が今日まで生きてきたその意味が。


 この一瞬の輝きが、ここまでの出会いが、始まりが、すべてが、ここに――

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