第140話 英雄だった者の真意

『お前は、誰だッ!? ユーティリスでは、ない!?』


 仮面を外したリアリムが動揺を抑えきれずに声を荒げる。

 今までどうやって見ていたのかわからんが、目で見ていたのとはまた違うらしい。


 けどそんな様子が滑稽だ。

 自分の愛していた存在だと思い込んでいた相手が実は別人でしたって話なんだからな。 


「ま、別人というほどではないがの」

「なら俺も聞きたいぜ。お前がどういう存在なのかっていうのを」

「ふふっ、よかろう」


 とはいえ、ウーティリスもネタバレする事自体に否定的ではないようだ。

 俺に振り向き小声でこう話すと、歯を見せたいじらしい微笑みを向けてくれた。


 それもすぐにリアリムへと振り向き直していたが。

 きっと表情もまた厳しくなったに違いない。


「リアリムよ、わらわの姿が違っていた意味がわかるか? わらわがただ迷宮神へと変わり、象徴を変えただけだと思うたか?」

『そ、それはいったいどういう意味だ!?』

「はぁ、まだわからぬか。簡単な話らぞ。わらわはその時に神偲転生を行っておるのら。この体へとな」

『なに……!?』


 そうか、なるほどな。

 古代書の記載やリアリムが口ずさんだ「ユーティリス」という名は決して間違いではなかったんだ。

 ただ古いだけの、一般世間には共有されていなかった情報でしかなくて。


『だがなぜそのような姿に』

「やはり本当にわからぬのだな。しかしおかげでそなたの本質がわかったよ。そなたは決して〝わらわ自身〟を見ていないのだとな」

『そんな事は――』

「あるわ愚か者が! この姿を見て何も思わん貴様に言い訳する資格なぞないっ!!!」

『――ううッ!?』


 ウーティリスの激昂が髪を持ち上げ揺らさせる。

 ふわふわと漂うくらいに柔らかかったのに、まるで雷のように跳ねさせて。


 だけど途端に弾けたように広がり、スッと力を失って綿のように降りていく。

 怒りを伴っていた雰囲気さえもどこかへ行ってしまっていて。


 そんなウーティリスが両手を重ね、懇願するような声で訴える。

 まるで人が変わったかのように弱々しく。


「……わたくしめがだれだかわからないのですか? おとうさま」


 いや違うか。

 きっとこれがウーティリス本人の言葉なのだ。

 迷宮神としての心を省いた、この肉体の言葉。


『この私が、父だと!?』

「――そうだとも。わらわはそなたと別れた後、どうしても想いを忘れられずにいた。だからそなたとの子を産んだ! その愛情をせめて我が子に注ごうとして!」

『!!?』

「しかし産まれた子は特別であった。なんとその身体に、生まれながらにして呪いの病原菌を宿していたのら! しかも本来なら共生機能を失っていたはずの滅亡菌、その抗体と共に!」


 おいおい、しかもとんでもない話になってきたじゃねぇか。

 俺も詳しくはわからんがこういう事か?


 ウーティリスの今の体には、世界崩壊を止められる血清が宿っていたって。


「ただその子はとても体が弱かった。神の子といえど人間で、どうしても生まれ持った特性までは変えられぬし、手を加えて変える事も許されないからのう」

『まさかそれでっ!?』

「そうよ、だからこそわらわはこの体に宿ったっ! それも我が娘ウティルがのびのびと育つよう、その意思のほとんどを彼女へと委ねて!」

『ッ!!?』


 ユーティリスも苦渋の選択だったんだろうな。

 娘のため、世界のためにと己を殺す事を選ぶ必要があったから。

 さらには象徴まで変えてしまえばきっと本人の意思なんてほぼ残らないんだろう。


 でも、それでもやった。

 それだけ娘の事を愛していたから。


 それが、迷宮神ウーティリスの誕生秘話。




「ゆえに今のわらわは迷宮神ウーティリス! 愛ではなく穴と供与を司る、世界に救いのダンジョンをもたらす女神なのらッ!!!」




 これでなんとなく合点がいったぜ。

 なるほど、世界が良くなっていく訳だ。


 おそらくダンジョンには例の滅亡菌を除去する機能が備わっている。

 ウーティリス自身の持つ対滅亡菌ワクチンが転移地に散布されるのだろう。

 そうするために迷宮神となる必要があったってぇ事だな。


「しかしそなたはそんなわらわに何一つ気付かなかった」

『う、うう!?』

「それはすなわち、そなたがわらわをただの都合の良い女としか見ていなかった証拠よ。ただのボンキュッボンでスタイルばつぎゅんで幾らでも尽くしてくれる絶世の美女神としてのう!」


 ……ちと個人的感情が強すぎてユーティリスの意思が残ってる節ありまくりだが、この際それは仕方ない。


「それに何が〝スキルは諸悪の根源〟か。それはそなたがただ嫌っていただけではないか。英雄としての自分の存在価値が薄れる事に怯えて」

『ぐっ!?』

「名声も無い者達がどんどんと強くなっていく。しかも英雄という職業を持ちながらも追いつくのがやっとなくらいに。それがそなたは気に喰わなかった」


 ここは俺も思った通り。

 リアリムはただ気に喰わなかっただけだったんだ。

 スキルが、それを行使する者達が。

 白軍だとか黒軍だとか、そんなのはどうでも良かったのさ。


 英雄の自分が除け者にされている、ただそれだけが納得いかなくて。


 きっと異世界人はスキルが使えない。

 スキルキャンセラーがあるからな。

 だからその波に乗れなくてイライラしていたんだろうよ。


「その事を話を聞いてすぐに理解した。そしてそなたすら気付かぬ真意にようやく到達したよ」

『なんだと!?』

「そなたは人を救いたかったのではない。人を救う自分に悦っていただけなのら。そしてその対価として名声や寵愛を受け、自分中心に動いていく世界に満足していた。ただ自己満足を重ね続けながらに」

『だ、黙れ』

「しかしその世界が崩れ、誰もが英雄となれる時代がきた。そして自分の存在価値が失われそうになり、そなたは焦ったのだ。だからスキルを憎み、封印する事を選んだ。再び自分のための世界を取り戻すために!」

『黙れぇぇぇーーーーーーッ!!!』


 ウーティリスの言葉を受け、さっきまで淡々としていたリアリムが激昂する。

 それどころか手に光を走らせ、透き通った刀身を持つ剣を呼び出して突っ込んで来やがった。


 だがそれを、俺が自慢のマトックで受け止め制してやった。


 そうした途端、互いに衝撃が走る。

 どちらもが驚いてしまうほどに〝軽く〟。


「おいおい、説得のための対話じゃなかったのかよぉ?」

「すまぬ。ただ過去の鬱憤を晴らしたかった、それだけよ」

「ま、気持ちはわからんでも無いが、なっ!」


 ゆえに俺も力の限りに押し返す。

 すると奴もその力に押され、後ろへと跳ね飛んでいて。


「しかしこれで奴の狙いがいかに滑稽だったかわかった。らから後は思う存分にやるがいい。ここからはラング、そなたの仕事ぞ」

「おお任せやがれッ!! お前は後ろで隠れていろッ!!!」


 そんな奴を、全力で踏み出して追いかける。

 ウーティリスを避難するよう促しつつ、リアリムの野郎に一心を向けながら。


 そうして再び打ち合うのだ。

 奴の手にて瞬く神秘的な剣――神殺しの剣をも恐れずに。


「よいか、よく聞けラング! リアリムの職業は世界で唯一無二とされる英雄なのら! どのような強敵であろうとその上の力を発揮する無敵の職業よ!」


 ああ、そうらしいな!


「しかしその英雄にも一つの弱点がある!」


 だがその英雄も今や形無しだぜ!

 俺相手にされるがまま、反撃も叶わないってなぁ!


 なぜならば。


「英雄は、力なき平民には勝てぬ! それこそディマーユがそなたに託した真の理由ぞ!」


 おう、その意味をしっかり理解したぜ。

 今こうして打ち合い、奴の剣を弾いた事でな。


 そうさ、俺はハーベスター。

 英雄サマなんざ幾ら手を伸ばした所で届かない最弱の一般職だ。


 しかし今、そんな俺が最高の脅威となる。


 きっと奴はそれが想定外だったのだろうよ。

 まさかそんな最低最弱職がここまでやってこれるなんて思ってもみなかっただろうからな。


 だがな、そのおごりが命取りだったんだぞ、リアリム!


「この可能性を切り拓いたのは間違いなく人間だぜ、この大馬鹿野郎ォーーーッ!!!」


 ――その意気のまま、俺は奴の剣を跳ね上げたのだった。

 今までに溜まりに溜まった鬱憤を、眼力として奴へとぶつけながら。

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