第139話 愚かしい君へと捧げる戯曲

 俺達の前に現れたのは七賢者という名目の人物。

〝リアリム〟と呼ばれてはいたが何者かはわからない。


 なにせ通し穴一つすらない真っ白な仮面を被っているのだから。


 だが肩の広い体格からして間違いなく男なのだけはわかる。

 それに唯一見える力強い腕だけは俺にも負けないくらい太い。


 ただ解せないのはそんな奴がウーティリスと知り合いだという事だ。

 それっていうのはつまり――


『ラング、ここは任せてくれまいか』


 でもそんなウーティリスが俺の心にこう訴えてくる。

 顔見知りだからこそ積もる話がある、といった所だろうか。

 だったらひとまず待ってやらんでもないが。


 するとウーティリスが背から飛び降り、俺より一歩前に出て立ち止まる。

 真っ直ぐにリアリムへと視線を向けて。


「よもやそなた当人が今なお生き残っているとは思わなんだ」

『ああ、この世界を守るには永遠の命を得る必要があった。だから私は神の技術を使い、己の体を準神となるまで改造を施したのだ』

「やはりな、ディマーユの憶測通りよ。そしてそれと同時に、そなたの脳に他の六賢者の意識をインストールしたか」

『察しがいいな、さすがユーティリス』


 二人の会話が始まった途端、他の声が聴こえなくなった。

 他の奴らも遠慮して黙っているのか?

 だとしたら支配者にしちゃ随分と律儀だなぁオイ。


 でも二人はそんな事など気にも留めていないようだが。


『それでも君が慈母神だった頃をいつも思い出す。あの時はとても楽しかった』

「ああそうらな。そなたは異世界人であったにもかかわらず、本来関係無いはずのこの世界を救うためと立ち上がって、多くの巨悪を葬ったものよな」

『そして君はいつもその傍にいてくれたね。私の愛も受け入れてくれて』


 ……ウーティリスが慈母神、だった?

 ずっと昔から迷宮神だったという訳ではないのか?


 っつか愛を受け入れた!? ウーティリスが!?

 どどどういう事だよそれぁ……!


『しかし君は私の元から去って行ってしまった』


 おっ? 破局したって事か?

 そ、そうかそうかー! ならしゃあねぇな、うん!


 と、こう会話を聞いているだけでは悪い奴って感じはしないな。


「あの時は仕方なかったのら。そなたから始まった呪いが世界を包み、崩壊を呼んだ。それを止めるためには一度神域へと戻り、他の神々と協議せねばならなかった」

『ああわかっている。そして君が知らぬ内に迷宮神として象徴を変えた事も』

「……だからこそわらわは迷宮神として世界に恵みをもたらさなければならなかったのら。たとえそなたと再び冒険の旅に出られないとわかっていても……っ!」

『ユーティリス……』


 こいつから始まった、世界の呪い……?

 じゃ、じゃあまさかこのリアリムって奴は四千年前の世界の崩壊を招いた張本人の異世界人だって事なのか!?


 しかもウーティリスはそんな奴と、懇意だった!?


 そんな話、俺は知らねぇ……。

 まさかウーティリス、その事をずっと黙っていて――


「らが、なぜそんなそなたが封神計画など始めたのら!?」


 ――いや、今はウーティリスを信じろ。

 余計な事を考えるな、この話の本質を見極めるんだ。


 ウーティリスがどうしてこんな話を始めたのか、その意図を!


『仕方がない事だったのだ。それほどまでに神が与えたスキルは強大だった。滅ぶ一歩手前の、資源が枯渇した世界をたった数十年で持ち直させてしまうほどに』

「その必要があった! そうしなければならないほどに世界は」

『それでもなおの事だ』

「――ッ!?」

『私とて英雄としてダンジョンに挑み、資源を集め、困窮した人々に配り歩いた事もあったよ。しかしその最中で、スキルという存在がそのサイクルを大きく歪めてしまっている事に気付いてしまったんだ』


 きっとこいつらが言っている事はどれも真実なのだろうな。

 四千年前に起きた事実を語り、そして後悔もしている。

 リアリム自身もきっと世界崩壊を招いた事に罪悪感を感じているんだ。

 語りからその想いがひしひしと伝わって来るかのようだぜ。


「ああ、そうらったな。わらわも見ていたよ。そなたが老いさらばえようとも英雄の力を行使してダンジョンを攻略する様を」

『ならばわかるだろう? 世界が迎えた危機も、スキルの脅威も』

「……」

『しかしそう訴えたくとも君は一向に現れなかった。必死に探したのに、呼んだのに、君は来てくれなかった』


 それでいて寂しかったんだろうな。

 愛していたウーティリスに出会えなくて、探し求めてしまうくらいに。


『だが一方でスキルの脅威は止まらず、数多くの者達が次々と強くなり、資源を求めてダンジョンを奪い合った。その競争は止まらず、ついには星滅級すら彼ら欲求者達の餌食となったのだ』

「だから、彼らを止めるためにスキルを封じる事を選んだと?」

『その通りだユーティリス。スキルこそ諸悪の根源。神が戯れで生み出してしまったバランスブレイカーだったのだ。しかしそれさえなければ世界は永続的に資源を共有する事ができる。この四千年がそうであったように』


 その共有するための仕組みがギルド・勇者システムって訳か。

 たしかに、それで四千年が続いた結果が残りゃ証拠としては充分に説得力がある。


『スキルがあったならばこうもいかなかった。今頃は資源を奪い合い尽くし、力だけが支配する荒廃した世界が続いていただろう。そういう危険性を大いに孕んでいたからこそ神ごと封じねばならない、そう結論付けたのだ』

「ならばなぜ愛するといったわらわまで封じた!?」

『そうするしかなかったのだ……私とて苦渋の選択だった。君だけを蘇らせるにしろ、きっと君はその賢さで他の神を蘇らせてしまうと悟ったからこそ』


 そうだな、神が一人でも残ってりゃきっと知恵を回す。

 ウーティリスだったら間違いなくそう動くだろうよ。


『ゆえに、我々は正しかった。世界を守ったのだ。私もまた英雄として、その使命を全うした事に誇りを感じて――』

「プッ、ククッ……!」

『――ッ!?』

「ククク、アハ、アハハハハッ! ダメなのら、もう我慢できぬぅ! ナーッハッハハハハハ!!!」


 ……おいおい、お前が先に笑っちゃうのかよ。

 こっちだってもう我慢の限界だから人の事は言えねぇけどよぉっほほ!


 ああもう笑えて仕方がねぇ!

 だってこいつぁ、どうしてそんな結論をだしたのか、その真の理由が自分でもわかってねぇんだからなぁ!  


『な……何がおかしい?』

「すべてなのらリアリム。そなたはすべてにおいて冗談を吐き散らかしているに過ぎぬよ」

『なにっ!?』

「なぁにが〝この四千年がそうであった〟か。そう導けたと思い込んでおる愚か者が、たまたま上手くいったと思える状況を提示しておるだけではないか」


 そうだ。この四千年はこいつらにとっては成功なのかもしれん。

 だが俺達にとっちゃ失敗以外の何物でもねぇ!


 四千年前に急激に復活した文明をただ緩やかに衰退させているだけ。

 それを自慢げに語るのが冗談でなくてなんなんだって話だよぉ!


「それに聞いておれば何が〝わらわに会いたい〟か。フン、そなたは何も気付いておらなんだではないか」

『なんだと……?』

「何度も何度も会いに行ったわ。そしてそなたの前に姿を晒した事もあったよ」

『なッ!?』

「しかしそなたは一切気付きもせんかった。ただの一人の子どもとしか見ておらんかったのはあまりにもショックであったよ」

『何を、言って……!?』

「わらわの言う事がわからぬのなら、その粋がった仮面を剥いで己の眼で見てみればよかろう?」


 こんなウーティリスの挑発を前に、リアリムが黙り込む。

 けれど間も無くその手で仮面を取り、素顔を晒した。


 若い男の顔だ。

 それも、とても数十年と歳を重ねた老人とは思えないほどに美形の。


 でもそんな男の顔が途端に歪む。

 目を見開かせ、唇を震わせながらに。


『あ、お、お前は……誰だッ!? ユーティリスでは、ない!?』


 ……どうやら俺の相棒は唯一神よりずっと嘘が得意らしい。

 まさか俺をも欺き続けていたなんざ夢にも思わなかったぜ。


 だがそれでいい。

 この今一番って時に、奴の動揺を呼ぶくらい効果的にバラしてくれたならなぁ!

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