第127話 キスティ=リブレット

 リブレーがとんでもない事を言い放ちやがった。

 死んだキスティの肉体に宿るのだと。


 それが一体どういう結果に落ち着くのかはわからない。

 だがリブレーにも思う所があるのかもしれない、話からはそうとも察せた。


 だからこそ任せてみようと思う。

 この異世界人ではなく、彼女を守ろうとしたキスティに免じて。


『さて、初めての神偲転生しんしてんせいがどのような形に転ぶか』

『そうか、リブレーはこれが初めてだったのらな』

『ああそうさウーティリス。だから今ならお前の気持ちがわかるかもしれないのよさ』

『言うなリブレー』


 赤く輝く光がキスティへとゆっくり降りていく。

 異世界人にはその輝きが見えていないのだろう、未だ泣き崩れたままだ。


 そんな彼女を通り抜け、キスティの亡骸へと光が沈んでいった。


「――えッ!?」


 すると途端、今度はキスティの体が白い光に包まれる。

 今度は異世界人も視認できる輝きのようだ。


 そんな輝きと共にキスティの体がふわりと浮き、直立状態へ。

 その最中にも体に刻まれた痛々しい傷口が塞がり、赤い染みすらじわじわと消えていく。


 異世界人も突然の事に戸惑いを隠せていない。

 唖然と見上げながら尻餅を突いて後ずさりしていて。


 その中でキスティの周囲に無数の閃光筋が走り、何かを形成していく。

 そうして出来上がったのは服、それも煌びやかな金銀と青布で象られたドレスだ。


 さらには身丈よりも長い杖をも顕現させ、着地と共に柄をズンッと地面へ突いた。


「アーッハッハッハーッ! 海神キスティ、ここに復活降臨なのよさぁーっ!」


 容姿そのものは変わっていない。

 ただ衣服が出来上がる過程で髪もツーテールで結われていた。

 なんつう早い変身だよ、これも神の力の一端ってやつなのかよ……。


 つぅかなんなんだ海神キスティって?

 リブレーじゃないのか!?


「え、え!? キスティ、なの……!?」

「そうよミラ。でも少しだけ違うかしら」

「え?」


 そんなキスティが異世界女の傍でひざまずき、彼女の顎にそっと手を伸ばす。

 細めさせた眼で見つめ合わせながら、「ふふっ」と優しく微笑みながらに。


「あぁ、そいつの体にリブレーっつう神が宿ったんだよ」

「おだまりアホ男ォ!!! せっかくの大事なシーンなんだからキスティにしゃべらせなさいよォォォ!!!!!」


 おっとこのテンションは間違い無い、どうやらちゃんとリブレーではあるようだ。

 

「神? 宿った? どういう事なの???」

「簡単に言えばこのキスティの魂と海神リブレーの思念体が融合し、再びこの体に戻った、という訳なのよさ。だからお前の事もしっかり覚えているのよ、ミラ」

「そうなんだ……口調はちょっと変な気がするけど」

「変って言うなし」


 まぁリブレーの奴に感動シーンなんて似合わねぇよな。

 口調が独特過ぎて存在そのものがコメディなんだから。


「……ともかく、今のキスティは海神リブレーの記憶と意思を受け継いだ新しい神になったってワケ。おかげでこうしてミラとも話せる。それがキスティにとってはとても嬉しい事なのよさ」

「キスティ……」


 ただしこれ以上の口出しはデリカシーに欠けるか。

 愛おしそうに女の子の頬を撫で上げる様子がとても嬉しそうだし。

 このままキスまでしちまいそうな雰囲気だぜ。


 だがそう触れ合うのもどうやらここまでらしい。

 ミラとかいう異世界人の頬を伝った手が肩までいくと、腕を掴んで二人で立ち上がる。


 その様子から、以前と比べて随分と芯がしっかりした感じがする。

 肉体を得たから?

 それともキスティの人格があるからかだろうか?


「なぁ、お前はキスティなのか? それともリブレーなのか?」

「少しは物事を考えて事を喋れアホ男。今ここですぐにお前をひねり殺していない事が何よりもの理由であろうが」

「……なるほど、あくまでベースはキスティだが、半分近くはリブレーって事かね」

「そういう事。ゆえに今のあちしはキスティ=ニアではない」


 するとリブレーが得意げに杖を振り回し、最後には掲げる。

 そうしてニタリとした不敵な笑みを向け、自慢げに声を上げた。


「今のあちしはキスティ=リブレット! 海と誘いを象徴とする気高き美少女神よ! ニョーッホッホッホォ!!!!!」


 それで遂には声高々と笑い始め、黒い空間いっぱいに響き渡る。

 アホっぽい高笑いはあいかわらずだった訳だが。


「あぁそれとウーティリス、リブレーより伝言がある」

「なんなのら?」

「……〝後はよろしく頼む。まだ経験不足ゆえ、このキスティが至らない所があればお前が支えろ〟とな」

「まったく、勝手に余計な仕事を増やしおって……わかった、引き受けよう」


 いや、俺の思い違いだったのかもしれんな。

 リブレーは俺らが思うよりもずっとしっかりしていたのかもしれん。

 ただ体を失ったから空回りしていただけで。


 そうだよな、リブレーはキスティを気に入ったんだ。

 それっていわば同類で、性質が合っていた事に他ならないんだから。


 だったら、今のキスティがある意味でリブレーの本性でもあるのだろう。

 

「そういう事なのよさ! つまりこれからはキスティの時代! 大船に乗った気でいれば良いのよさぁ! ニョーッホホホホッ!!!」


 まったく、調子のいい所も相変わらずだぜ。

 ま、それも今なら期待してもいいかもしれんがな。


「――あっ!? ちょっと待って、あれを見てっ!」

「「「えっ!?」」」


 しかしその時、ミラが突然何かを指差し声を上げる。

 それに反応してすぐに振り向いたのだが。


「ううっ!?」

「ギトスの死体が、光って消えていく!?」

「カナメの体もよっ!」


 俺達の隙を突いたかのようにギトスと異世界人の男の姿が消えたのだ。

 淡い輝きを放っていた辺り、ポータル転移のようだった。


「くっ、やられたわ! ゲールトに続く証拠を持っていかれてしもうた!」

「ならここに来た時同様に、あのペンダントの気配を追えばいいだろう!?」

「いや、あれを見よ!」

「うっ!? ペンダントの残骸が地面に転がっているっ!?」

「奴らめ、わらわの逆探知の仕組みを理解してあえて省いたのら。おのれ、小癪な事をしてくれる……!」

 

 完全にしてやられたぜ。

 まさか証拠隠滅を図ってくるなんてよ……!


 あのペンダントがあれば追う事はきっとできたんだ。

 ウーティリスと繋がりがあるからこそ、神の力によって気配が消えない内に追跡転移する事で。

 だからこそ俺達だけでここに来る事もできたんだが。


「でもなんでアタシは置いてけぼりなの!?」

「それはおそらくそなたがゲールトに見限られたからであろう」

「そ、そんな!?」

「そうさなぁ、キスティが見るにミラはゲールトのやり方に叛意を抱いていたでしょう? その意思を奴らは把握していたのであろうよ」


 ミラだけは残されたままだが、おそらく奴らとの繋がりはもう切れているだろう。

 つまりミラからはゲールトの有益な情報は得られないと思っていい。


 はぁ……まったく、やってくれたぜゲールトめ。


「……でも、別にいい。アタシはもうゲールトになんていたくはないから」

「ほぉ?」

「アタシはここに連れてこられて、訳もわからないまま彼らの仲間にされた。もちろん疑問も感じていたけど、この世界の事情もわからないから今はただ従うしかないんだって」


 ただ、このミラはもうゲールトにつく気はないらしい。

 俺達を前にしての言い訳とは思えないくらいに肝が据わっているように見えるし。


「だけど皆さんに会えてやっとわかった。アタシは間違っていたんだ。前に出る事が怖くてただ従う、それがどれだけ罪深かったのかって。結局前に進まなきゃ何も変わらないんだって……」


 異世界人にも色々思う事があったんだろうな。

 そりゃギトスみたいな奴におどされりゃ従わなきゃならない事もあるだろうよ。

 下手すりゃ殺される、そんな状況に陥れられれば誰だって。


「だからお願い! どうかアタシも皆さんを手伝わせてください! そしてできる事ならカナメも救ってあげたいんです!」

「だそうだ。どうするアホ男?」

「チッ、そういう事ばっかり人に押し付けんじゃねぇよぉ……」


 まったく、答えなんて決まったようなもんだろうが。

 心を読めるウーティリスもが黙って俺を見上げている時点でな。


 同情する気はないが、境遇の過酷さは察せる。

 その意味で汚名返上したいってなら協力する事も吝かじゃない。


「わかった。ならミラ、お前には俺達の事情を知ってもらうぜ。その上であまり自由になれない事も理解してくれよな」

「はいっ!」

「だけど全部が終われば元の世界に帰す方法も探せるかもしれん。だからそれまでは今まで通り不自由を講じてもらうと思う。それくらいは覚悟してくれ」

「それが罪を償うという事ならわかりました。どうかよろしくお願いいたします……ラングっ!」

「……はいぃ?」


 それで俺はこのミラを受け入れた……訳なんだが。


 なんかこの女、俺を見上げて目を輝かせてるんだけど?

 頬を赤らめた純情乙女みたいな顔してるんですけど?


 待って、どういう事?

 今度は口元を押えて「キャーッ!」とか言って悶えちゃってるけどォォォ!?


 わからん。

 異世界人の考えてる事は俺にはさっぱりよくわからん!

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