第126話 ミラとキスティ、その絆

 ギトスが凶刃によってついに倒れた。

 その憎しみの刃を奮ったキスティもまた同様に。

 何の感慨も沸かないくらいにあっという間の出来事だった。


 むしろ俺はキスティを想って駆け寄った異世界人の方がずっと気になる。

 やはり異世界人でも人なんだなって思えるくらいに献身的で。


 だがキスティの瞳孔はもう開ききっていて微動だにもしていない。

 そんな相手に回復魔法をかけているけれど、もう何をしても無駄だろう。


 するとウーティリスが俺の鞄から飛び出し、異世界人へと歩み寄っていく。


「よすのら女、その娘はもう死んでおる。死人に回復魔法は効かぬよ」

「えッ!? だ、誰この子!?」


 さすがにウーティリスの存在には気付いていなかったらしい。

 だけどそう言われようとすぐに遺体へ向き直して必死に魔法を続けているが。


「……そんな事無い! こんな簡単に、簡単にキスティが死ぬなんてありえない!」

「いいや、人は容易く死ぬのら。想いや願いが成就してしまえばそれこそあっさりと魂を手放す事もある」

「アンタに何がわかんのよっ!」

「わかるとも。この娘の顔をよく見てみよ」

「えっ……?」


 パッと見が少女なウーティリスなだけに懐疑的でもあったのだろう。

 ただこうも言われてキスティを見ればすぐ押し黙る事になってしまったが。


 キスティの表情はとても穏やかだったのだ。

 まるで何かをやりきって満足したかのように。


 みすぼらしくとも微笑み、薄っすらと目を開き、肩を崩したままに倒れ込む。

 その姿はとてもじゃないが、憎悪に駆られたまま死んでいるようには見えない。

 本当なら苦しんで、強張って、苦悶を浮かべて死んでいそうなものなのに。


「その娘はもう満足してしまったのら。おそらくはギトスに対して恨みを晴らした事でのう」

「……」

「ゆえにもはや手遅れなのら。今のそなたでは蘇生も叶わぬであろう」


 そのすべてをウーティリスはすぐに理解したのだ。

 心を読まなくてもわかるくらいに死に姿がすべてを物語っていたから。


「だからってなんでアタシの事までわかるのよ……どうして……っ」

「そりゃコイツが神だからよ」

「えっ、神って……」

「何千年も昔からこの世界を支えてきた奴の一人だぜ? 年季が違いすぎらぁ」


 しかし今のウーティリスもさすがに場をわきまえているようだ。

 いつもみたいにふざけたりしないし、顔を覗き込めば哀愁を浮かべている。


「だったら! 神ならどうかキスティを……!」

「そうして所構わず蘇生して、生命でもて遊べと?」

「う……」

「残念らがわらわにそんな癒しの力はない。それに曲りなりに復活させたとて、成り果てる先はダンジョンの魔物よ。それでよいならやってやらんでもないが」


 そりゃうまい話なんてそうそうある訳もないよな。

 こう言われて異世界人の女がまた黙らされてしまった。


「それこそそなたにもできる可能性はあったであろう。しかしその心の指向性はカオスに近い。その状態で成長しようとも蘇生魔法など扱える訳も無かろう」

「アタシの……心の問題……?」

「それにそなたにはなんの徳もない」

「――ッ!?」


 ここまで言うのはいわば、ウーティリスなりの優しさだ。

 無責任に願うだけ願うこの女へ自戒を促すための。


 異世界転移者っていう優位性を持ちながらも人に頼る。

 それがどれだけ罪深いのかって事を知らしめるために。


「そなたの心を見てすぐわかったわ。その心に巣食う差別心と懐疑心、そして根底にある被害者意識からなった自己肯定愛がな」

「うう……!?」

「わらわにそなたの世界の事情などわからぬ。ゆえにわらわにはそうにしか見えぬのよ。他者を見極める事を諦め、関わる事を諦め、前向きにもなれない……その中でゲールトのような組織に黙って従う。そんな精神が今の結果を産んだのら」


 女も図星なんだろう。

 ウーティリスにここまで言われて反論さえできずにいる。

 ただ体を震わせ、すすり泣く……自分のやってきた事に後悔しているのかもしれない。


「そうして抗いもせず流されるだけの者に――奇蹟など起きはせぬよ」


 そしてこの一言がトドメとなったようだ。

 女はとうとう泣き崩れ、キスティの胸でむせび泣く。

 これが自分の招いた結果なのだと痛いほど思い知らされながら。


 正直に言えば、今の言葉は俺にも刺さる。

 俺もウーティリスに出会うまでは黙って虐げられていただけだしな。

 その点で言えば俺の境遇はこの異世界人よりもずっと奇蹟だったのかもしれん。


『そなたはわらわと出会う前から徳を積んでおる。だから心配するでない』


 そうか、ありがとうよ。

 徳なんて自分じゃ実感ないもんだけどな。


 やったのはせいぜい修行の合間にご近所さんの農作業のお手伝いくらいだ。

 鍛錬になるから丁度いいってやっただけでなんて事はない。


『そゆのが徳ちうもんなのよさ』


 ん、なんだリブレー、お前もいたのか。

 ……まぁそういう事なんだろうが、俺にはわからんって訳さ。

 

 そんな徳がこの女にはない。

 今までロクな生き方してないって事なんだろうな。

 まぁまだ子どもっぽいからそんな事もわからんのだろうが。


『らが、少なくともこの二人には相応の友情を感じるのもある』

『何かわかるのかリブレーよ』

『先ほどこのキスティとかいう女の魂の残滓を垣間見た。面白いよこの女、今まで誰も信用してこなかったらしい』


 ほぉ、神ってのはそういう事までわかるのか。

 とはいえリブレーだけみたいだし、思念体だからこそってのもあるのか。


『けれどこの土壇場で異世界女を信用した。それがつまりどういう事かわかるか?』


 ――それって、まさかっ!?


『勘だけはいいなアホ男! そうだよ、このキスティという女、異世界女を守れた事で満足してポックリ逝きやがったのよさぁ! そこまで思えるくらいに感謝の念を感じたよ。これだから面白いネェ人間のアホさ加減ってのはさぁ!』


 おいおい、じゃあつまりキスティの死因はこの女って事かよ!?

 ギトスへの怨念がこうさせたのかと思っていたが、間違いだったって事か。


 世の中なにがどう間違うかわかったもんじゃねぇな……!


『ゆえに俄然興味が湧いた! この面白い状況を掻き回したらもっと面白い事になるとは思わなぁい~~~?』

『そなた、まさか!?』

『キャッハハハ! 異世界女には陰毛ほども興味ないが、このキスティとかいう奴が唯一積んだ徳には大いに興味がある! ならば起こしてみせようか、奇蹟とやらを』


 その間違いがどうやらリブレーに火を付けたらしい。

 おかげでなのか、俺が目視で見えるくらいに奴の思念が赤く輝いている。


 しかもそんな赤い輝きが今、キスティの遺体の上でさらに強さを増していて。


『決めたぞウーティリス! あちしはこやつの肉体に宿るがふさわしいと!』


 ……まさかここでこんな展開になるとはな。

 キスティの唯一の献身がリブレーを搔き立てやがった。


 なら本当に起きちまうのか、神の奇蹟って奴がよ……!?

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