第125話 醜いほどに歪んで、汚れて。

 ギトスがとうとう俺の正体に気付いたらしい。

 だからせっかくだと、師匠の関係性と奴の支離滅裂さを露呈してやった。


 そのせいでショックはまぬがれなかったようだ。

 奇声を発しながら頭を抱えるくらいに。

 

「俺はお前の事を信じたかった。いつか本当に師匠の教えを思い出して、勇者として人を守ってくれるんじゃないかってよ。だから俺も諦めてハーベスターとして生きる事を受け入れた。お前の度重なる嫌がらせにも耐えてきたんだ!」

「うう……!?」

「でもこの数年でお前は何も変わらなかった。それどころか横暴さに拍車をかけ、師匠の志とは真逆の事をしでかした。あの人がゲールトをどれだけ憎んでいるか、お前にわかるか!?」

「あの人が、ゲールトを憎んで……!? そ、そんなバカな!?」


 遂には目を震わせて唖然とする。

 こいつはやっぱり何もわかっちゃいなかったんだな。


 それくらいに顔に出るほど素直なのに、考える事が反吐が出るほどに下衆い。

 まさにウーティリス達が指摘するほどにこいつは歪んでいたって事なんだろう。


 師匠の言葉を自分の中で歪曲させてしまうくらいには。


「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だっ! 全部でたらめだっ!」


 しかもこの期に及んで話も聞かないと来たか。

 顔を歪ませたままに俺を見上げて睨んできやがった。


 それどころかゆっくりと立ち上がり、短剣をまた向けてくる。


「僕は、僕はギトス=デルヴォだ! 勇者で! ギルド員で! 世界を安定させるための組織ゲールトの構成員! つまり僕がすべてにおいて正しい……!

「……そうかよ」

「だからお前が間違っている、間違っているんだああああああ!!!!!」


 そして刃をまっすぐに構えて駆けてきたのだ。

 まるでゴロツキの素人が突っ込んでくるかのように。


 だから俺は寸前で体を横向きに逸らし、刃を避ける。

 さらには直後、肘と膝で奴の拳を挟み打ち、短剣を握る指ごと叩き潰してやった。

 

「ぎゃあああっ!?」


 おかげで短剣が手から離れ、金属音を立てて床を転がっていく。

 奴自身の右手ももう武器を持つ事はできんだろうよ。


 これも昔師匠から教わった暴漢対策だ。

 奴の動きもまさに暴漢役そっくりだったぜ。


「そういう所だぞ、お前の短絡的だと言われる由縁よおッ!」

「――ッ!?」


 そんな感じで怯んだギトスの顔に一発、左拳をブチ当てる。

 途端、奴の鼻骨の歪む鈍い感覚が走った。折れたんだろう。


「ぎゃぶっ!?」

「まだだ、まだ終わらねぇぞッ!!!」


 そうして跳ね上がった奴の顎部に、右拳による突上打アッパーカットを「ガヅンッ!!!」とブチ込んだ。

 脳を揺らす一撃だ、意識もまともに保てねぇだろうよ。


「がっ!?」

「俺自身にお前への恨みはそれほどねぇ! だが! お前が! やってきた事は! 多くの人を苦しめた! それだけは絶対に、許せねぇえええーーーーーー!!!!!」


 そう予想した通りに朦朧とする奴へ、俺は構わず何度も拳をブチ込んだ。

 顔に、腹に、みぞおちに、動きが緩慢となってできた隙へと容赦なく。


 もはや一方的だった。

 勇者の力がないとここまで脆弱なのかと思えるくらいに。


 それでも耐久力だけは相応に高いらしい。

 俺の一方的な打撃を受けてもなお立てているのだから。立っているだけだが。


「あ、おお……」

「あいかわらずしぶとい奴だなお前は。けどな、お前に武器を使うつもりはねぇよ。道具が汚れるだけだからな」


 それでもすぐに決着を付けるつもりはねぇ。

 俺の拳で直接ぶちのめすのがコイツへのせめてもの情けだと思うからな。


 だからこそ――


「「――ッ!?」」


 だがそう思った途端、背後から気配がした。

 金属音を立てて近づく人の気配と、殺意が。


 それに気付いて振り向くと、知らない女が立っていて。


 みすぼらしく汚い布服に、はだけた長い緑髪。

 そんな奴がギトスの落した短剣を握り締めて、こっちに歩いてきていたのだ。


「あ、ああ、いいぞやれギスディ! ごいづを殺じだら勇者にもどじてやるう!」

「な、なにッ!?」


 キスティだと!? この女が!?

 あのA級勇者だったキスティ=ニア!?


 そいつが今、短剣を構えて殺意を向けてくる!?


 しかし気付いた時にはもう奴は走り始めていて、俺には身構える事くらいしかできはしなかった。

 その殺意が懐へと向けてやってくるのを許してしまったのだ。


 ――だけど。


「えっ?」


 キスティは俺の懐どころか、脇下を擦れ違っていく。

 しかも奴を避けるようにして脇を上げながら振り向いたのだが。


 そんなキスティはといえば、ギトスへと肩を打ち当てていた。

 両手でしっかりと携えた短剣をギトスの腹へ「ずぐり」と突き刺しながら。


「あ……」


 ギトスも何が起きているのかわかっていないようだった。

 ただ、突き刺されていた刃はすぐに抜かれ、赤い鮮血が跳ねていて。


「死ね……!」

「え、あ……」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ねええええええ!!! キィィィヤァァァーーーーーー!!!!!」


 そんな刃が何度もギトスの胸を、腹を突く。

 キスティが金切り声を上げて叫ぶ中、ただひたすらに躊躇い無く。


 滅多刺しである。

 尋常じゃない殺意があの刃から溢れ出ているかのよう。

 それほどまでの恨みが憎しみが、ギトスへと向けた狂気となっているのだ。


「あッがああああ!!!!!」

「ひっ!?」


 だがそんな最中、今度はギトスが短剣を持つキスティの拳を掴み取る。

 さらには強引に短剣を抜いて奪い取り、逆に彼女を思いっきり斬り付けていた。


 その途端に舞う血飛沫。


 よほど深い一撃だったのだろう。

 そのせいでキスティの身体は跳ねあがり、血を吹きながら床へと転がり込む。

 その傷は酷い物で、とても異性への敬意など見られないほどに深い。


 ただ、ギトスもそれで限界だったのだろう。

 とうとう短剣を自ら落とし、両膝を突き、うつ伏せに倒れ込んでしまった。

 四肢も痙攣させていて、とても見苦しい姿だと思う。


 ……どっちも以前は羨望の的の勇者だったのにな。

 それが今ではこうも醜くみっともない最後を迎える事になるなんてよ。


「キスティ! キスティーーー!!!」


 ただキスティ側にはまだ救いがあったようだ。

 異世界人の女がすかさず俺を無視して駆け寄っていく。

 どういう経緯かは知らんが、それなりに信頼を築いていたらしい。


 でも俺からしてみればどっちにも情は湧きそうにない。

 どっちにしたって勇者として横暴を重ねていた身分には変わりないからな。

 キスティもまたギトス並みに幅を利かせていた奴だったからこそ、同情する余地なんざないんだ。


 だからこそ悲しいな、こんな結末は。

 こんな風に誰にも嫌われて悟られないまま死んでいくなんて、俺はまっぴらごめんだぜ。

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