第104話 従いたくはない。だけど従わざるを得ない(ミラ視点)

 ひとまず修行が終わったのか、ギトスさんはアタシ達を二人用の部屋へ戻した。

 近い内に実戦に動員されるから英気を養えと。

 これで修行完了とも言っていたし、本当に戦わなきゃいけないんだな。


 やだな、戦いなんて。

 人が苦しむ様を見るなんて、もう。


 そんな事を思いながらキスティさんを介抱する。

 まだ肌にはただれている所があるから生きていても安心はできない。

 本人は落ち着いているのか、寝息を立ててぐっすりみたいだけど。


「なぁミラ……」

「近寄らないで。そのカーテン越えたら怒るわよ」

「そう言わないでくれよ。オレだってその子の事が心配なんだから」

「……ならいいわ」


 この男もよくわからない。

 普段はギトスさんに従っているけど、こういう時は色を出す。

 そもそも男だから信用ならなくて、部屋も一つだからとカーテンで仕切ったのだけど。


 でも手を出したら容赦しないんだから。


「言いたい事はわかるよ。オレだってギトスさんに疑問を感じてるんだ」

「ならなんであんなに素直に従うのよ。あんな命令まで出してきて。アタシはどうにも信じられない。これが正義だとか言われても納得できないよ」

「そこは同感だよ。だけど……」

「だけど?」


 だけどふと、カナメが途端に口ごもる。

 それがなんだか気になってアタシは振り返ってしまった。


 するとそこにはカナメの悩み困った顔があって。


「でもさ、それが悪いって思うのはオレ達だけの常識なんだ。この世界の常識とは違うんだよ」

「そ、それは……」

「なのにさ、勝手にオレ達の常識を押し付けて『本当は間違ってました~』なんて事があったら目も当てられないじゃないか」

「う、うん、そうだね……アタシ達、まだ何もわかってないんだ」


 ……カナメの言う通りかもしれない。

 アタシは結論を急いでしまっていたのかも。

 こんなキスティさんの惨状を前にして、気が動転しちゃっていたのかな。


「だから今は従うだけ従っておこうよ。もし間違っていたってわかったなら、その時になんとかすればいいんだから」

「うん……」

「今だってほら、オレが教えておいた回復魔法が役立ってる訳じゃん?」

「そう、だね」


 そうだった。

 回復魔法だってカナメがこの空き時間に教えてくれたんだし。

 こんな時のためにって。

 

「それにしても本当に効果出たね。カナメってもしかして異世界二回目とか?」

「いやいや、そんな訳ないじゃないか。オレ、ラノベとか大好きでさ、色んなのをよく読むんだ。だから魔法とか『こんな感じで使えるかな~?』なんて想像もできるから、その通りに教えただけだよ」

「それで本当にできちゃうんだからすごいよ、カナメは」

「えっ? あ、あはは、いやぁミラに褒められて嬉しいなぁ!」


 それにしたって、なに鼻を伸ばしているんだか。

 なんだろ、褒められ慣れていないのかな?


「――オレ、地元じゃオタクだってバカにされててさ」

「えっ」

「やっと高校デビューしたのにやり方間違えて、また孤立しちゃって」

「……そうなんだ」

「だからそういう小説とか漫画とかゲームとかが俺の心の支えでさ、その知識だけは自信があるんだ。だから褒められて、本当に嬉しいよ」


 そっか。

 この子、きっとずっと寂しかったんだろうな。

 それでこうやって異世界転移して、認められたかったのかもしれない。


 ま、立場的にはアタシも似たようなものだけど。

 誰にも認められなくて、孤立して、居場所もないなんてさ。


 たった一度の事件に遭遇して、誰も信じられなくなったおかげで。


「……アタシはね、まだ小学六年生の頃になんだけど、教師に暴行されたんだ」

「えっ!?」

「それ以来、アタシは男が大っ嫌い。みんなああやって欲情して、虐げるのが大好きなのかって、そうとしか思えなくなっちゃって」

「ミラ……」

「だからアタシはきっとあのギトスも嫌いなんだと思う。アイツはあの教師と同じに見えたから」

「そっか、わかった。でもその事はオレ達だけの秘密にしよう。オレも絶対に黙っておくから。そんな教師とは違うって証明してみせるよ」

「うん、ありがと」


 でもこのカナメだけはそんな男達とは違うのかもしれない。

 何かと親身だし、まだ子どもっぽいけど頼りにもなる。


 少なくとも、アタシ達の常識の通用しない今ここでだけは。


「でもなんでそんな事をオレに教えてくれたの?」

「カナメが自分の事を語ってくれたから、かな?」

「オレの話なんてミラほどに重くないと思うんだけど……」

「一緒だよ。話してくれた事はさ」


 だったら今だけは二人で協力し合おうと思う。

 それでここから生きて出て、この世界の常識を知るんだ。


 何が悪いかどうかは、その先で見極めよう。


 それまでは甘んじて受け入れるしかない。

 キスティさんも助けなきゃいけないし、わがままも言っていられないよね。




 それからアタシ達は少しだけ語り合い、互いの事を知った。

 事情を知るたびに共通点があって、共感できたと思う。

 こうやって一緒に呼び出されたのは、それが理由なのかって思うくらいに。


 だからこそアタシ達は気付けば、思ったよりもずっとコンビらしくなっていたんだ。

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