第21話 天使の夜は長い

 サリエルさんに案内されて入った浴場は高級感満載の露天風呂だった。


 壁や柱は白金の大理石のようなものが使用されていて、その一つ一つには丁寧に魔術式のような模様が描かれている。


 また全てが白金色ではなく、知らない植物の蔓や不思議な花がそこかしこに咲いており、飽きさせない工夫がなされていた。


 そして、流れるお湯は一切の濁りがなく、白い湯気を漂わせて、薄水色に光っている。


 まさに大浴場全てが芸術の塊で出来ているような錯覚に見舞われそうになる程に。


 さらに外はもう夜になっていて、天井のシャンデリアの光が乱反射の性質を利用した作りとなっていて、遠くから見れば、黄金こがね色に光っているようにも見える。


 芸術的な大浴場に見惚れながら水面を眺める。


『プッ!?』


 思わず吹いてしまった。


 うん、家族四人が美形だったからある程度予想はしてたよ。でもね、これは流石に驚いた。


 なるほど。姉二人が「可愛い!!」と言って、抱き枕にする訳だ。


 きめ細やかで透き通るような白い肌、銀髪ロングの綺麗な髪、見る者を魅了するような琥珀色の瞳、そして、顔立ちは母に似ていてとても可憐だ。


『……。』


 何も考えず、十秒程見つめてしまったところでようやく正気を取り戻す。


 おっと、こんなことをしてる場合ではない。僕には二日ぶりのお風呂が待っているのだ。


 ということで両手でお湯を掬い、満遍なく掛け湯をして湯船に浸かる。


「(ヘレンちゃん、さっきは何やってたの?)」

『(ん?)』


 先に入っていたサリエルさんが唐突に問うてきた。


 さっきっていつのことだ?


『(それって掛け湯のことですか?)』

「(多分それ。)」

『(掛け湯は湯船に浸かる前に体にお湯をかけたりすることですよ。)』

「(なんでそんな面倒なことするの?)」

『(え、お湯に浸かる前にある程度、身体の汚れを落とすため…ですが?)』

「(……あーそういうことするのね。)」


 え、なにその反応。なんか僕が間違ってるようで恥ずかしいんですけど。


『(…サリエルさんはしないんですか?)』

「(ええ、さっきも話したけど、天使の身体は新陳代謝が不要だから外部からの汚れ以外で身体が汚れることはないの。だから他の天使たちもそういうことはしないわね。)」

『(そうなんだ。)』

「(それと、話しは変わるんだけどね———。)」


 そんな感じでサリエルさんとの雑談を楽しみつつ、じっくりとお風呂を堪能する。


 それにしても…とてもいい湯加減だ。お湯に浸かるだけで今日の疲れが吹き飛んだような気がする。このお風呂には疲労回復の効能でもあるのだろうか?


 すると突然、暖かいそよ風が吹くと同時に花の香りを感じた。ふと、そよ風が吹いて来た側の外へと目を向けるとそこには、この世の天国とも呼べる程に美しい景色が広がっていた。


 あれが休魂地ヴァルハラらしい。飛べば十五分もあれば辿り着きそうな距離なのに何故か、遥か遠くにあると錯覚してしまいそうだ。


 既に外は宵闇に包まれていたが、その中に無数の光る何かが蠢いていた。


 いや、蠢いているのではなく、多彩に発光する花が風に扇られているだけだった。配色はバラバラだが、天然のイルミネーションのようで無駄に綺麗く見える。


 空を見上げると、そこには前世では、画質のいい画像や映像越しでしか見たことがないような星群が夜空いっぱいに広がっていた。しかも、そのどれもが一等星と思える程の輝きを放っていた。


「(凄いでしょ?今日が一年で最も美しい星を見ることが出来る日だったから見せたくてね。)」

『(す、凄いですね。まさか…こんなに美しい星を見ることが出来るとは思いませんでした。)』


 前世から何かに興味を持つ経験が殆ど無かったが、こればかりは驚きをだいにしてそう評した。


 サリエルさんも、僕の子供のような反応に満足したのかとても嬉しそうだ。

 

 その後も風景を眺めながら会話が弾み、気が付いた時にはすっかり逆上のぼせてしまっていた。


 こうして、二日ぶりにして天使生初のお風呂を堪能した僕はサリエルさんと別れ、家に戻ろうと宮中の廊下を歩いていたところで、鉢合わせたカルミナさんに捕まり、転移でどこかもわからない部屋に拉致されてしまった。


 別に悪いことはしてないよ?マジで。


 というか拉致って早々に服を脱がせて、メイド服を着せるのやめてもらえますか?この人、初対面の時もそうだったが、行動が意味不明な分、何がしたいのかよくわからん。


「うん、ピッタリ。それじゃあ、もう知ってるだろうけど改めて、わたくしはカルミナ。現メイド長をやっています。これから貴女にメイドとしての作法を教えるわ。よろしく。」


 初対面の時と同様の態度で、再度自己紹介をしてくるが、僕はメイドとしての作法を教えるという発言に疑問を抱いた。


 そんなこと聞いてないし、ましてや名目上は[監視者]として、地上に降りて邪人狩りをすることは既にお披露目会で周知済みのはずなのだが…。


「そんな顔をしてもダメです。これは他の始原の方々や目上の方々と対面した際に必要となりますので、必ず習得してもらいますからね。———」


 嫌そうな顔が面に出てたのか、カルミナさんは早速釘を刺してきた。


 話しを聞いた感じ、どうも天使族は全員作法スキルを習得しなくてはならないらしい。これはサリエル派の天使の一人として、恥の無いようにするための一種の義務教育みたいなものだそうだ。


 またやるべき課題が増えたな…。


 今思えば一日のスケジュールがハード過ぎ。修行は大体七時間、【固有スキル】《座標移動》関連のスキルの取得とレベリングに約四時間、そこに作法が追加されると自由時間が一日の半分も無い。それに自由時間すら姉二人のおもちゃにされるっていうね。


 正直、睡眠不要な身体じゃなかったら過労死やストレス死してたわ。というか生まれて二日目の子供にやらせるスケジュールではないと思うけど…。天使の身体にマジ感謝。とは言っても精神的疲労は既にピークに達してるんだけどね。


「まずはお辞儀の練習からね———。」


 それからの僕はカルミナさんに延々と指導され続けた。


 カルミナさんは意外に優しく、そして丁寧に教えてくれたけど、前世は男で、しかもこう言ったことには無縁だったこともあり、覚えるのが難しく一苦労した。


 ようやく解放された時には朝日が昇っていた。


 その時の僕は何を思ったのかステータスを開いてみると、新たに《王宮作法》を習得していた。


 この一夜の指導に対しての代価がこれだと思うと高いのか安いのか今の僕にはわからない。とにかく今はただ休みたい気持ちでいっぱいだ。


 あーもう何も考えたくない、何もしたくない、誰とも話したくない、ずっと一人で本とか読んでたい———。


 そんな願望を頭に浮かべながら、重い足取りで廊下を歩くのだった。



 ◆◆◆


・次話から作品の時間軸が大きく変わります。



・家族全員が超美形なので、当然主人公も圧倒美形です!あまりの綺麗さに姉二人(特にリディア)は理性が抑えられなかったり…色々と大変ですねー。



 

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