狐に嫁入りした堕天使はこんな感情は知らない

毒月紗彩

第1話

新たな神社を守る神として、他の神々から選ばれたのは化け狐のナツだった。


突然の指名に驚いたものの、元から何も気にしない性格であるナツは二つ返事で神々からの指名を承諾した。


「守り神というのは、人々を災害などから守り、見守るのが仕事である。過剰な接触は避けるように」


「そうですか。畏まりました」


昔から長く守り神をしている人型の神-緋色-にそう説明され、ナツは短く返事をする。


そんなナツに緋色は少し苦笑いを浮かべた。


守り神となった自分にさも興味が無いとでもいう態度。これからちゃんと守り神としての役目を果たすのだろうかと心配になってくるものだ。


しかし他の神々が一斉に彼の名を挙げたのだから……と緋色はなんとかなるだろうと思うことにした。



その日の夜は、新たな神社と守り神を讃える祭りが開かれた。


騒がしくて、賑やかで、ナツはそんな人々の様子をボーっと見ている。


長らく続いた祭りが終わり、人々が寝静まった後。


唐突にそれは空から落ちてきた。


「なんだ、あれ?」


夜空を見つめていたナツは、それに気づき、それが落ちたと思われる場所へと向かった。


真っ暗な林の中。ナツは狐火を出し辺りを明るく照らす。


しばらく歩くと、黒い塊が見えた。


ナツがそっとそれに近寄ると、何かが頬をかすめ、血が滲む。


「……っ、ふぅー! ふぅー!」


荒い息遣いが聞こえ、目を凝らしてそこを見る。そこには綺麗な漆黒の羽を持つ、銀髪の女性の姿があった。


「来るな……! 私に触れるな……! 近づくなぁ……!!」


彼女の瞳からは、ハラハラと涙が溢れている。


何があったのだろうか、彼女の姿は傷だらけでボロボロだった。


「……わかった。近づかない。話したくなったらあっちにある神社に来ればいいよ」


ナツはぶっきらぼうに彼女にそう言い、踵を返した。


そんなナツの行動に、彼女はとても驚いたような表情を浮かべていた。


神社に戻ったナツ。ふと、怪我を負っていた彼女の姿を思い出す。


関わるのは面倒だと思い、先ほどは置いてきたがあの怪我を放置するのは違うだろうと思い直し、ナツは清潔な水と消毒液を用意した。


先ほどの場所に戻ると、まだ彼女はそこで蹲っていた。


「……怪我している様だから、これを使ってくれ」


「……」


無言で不思議そうにナツを見つめる彼女。そんな彼女の瞳を見ようともせずにナツは持ってきた物をその場に置くと、再びその場を去っていった。


次の日もその次の日も、彼女が神社に来る気配は全くもってなかった。


怪我を癒やし、他の場所にでも行ったのだろう。ナツはそう思い、彼女のことは気にしないようにしていた。


それからしばらく経って日のこと。


いつものようにナツは鳥居の上から夜空を眺めていた。


すると、自分の頭上からふわふわとした羽が降ってきた。見上げると、そこにはあの時の彼女の姿。


「……こ、こんばんは。助けてくれて、ありがとう」


「……あぁ、気になさらず」


「……」


「……」


対人とのコミュニケーションが苦手な二人が揃ってしまった。無言が続く。


彼女はおどおどとナツを見ている。


無言に耐えかねたのか、


「俺はナツ。君は?」


と名乗った。


それが嬉しかったのか、彼女の表情が見るからに明るくなる。


「わ、私の名前はレン!」


「ん、よろしく」


これが二人の最初の出会いだった。

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