第6話

 季月は身支度ができると、伊笹と二人で屋敷の主人や篠が来るのを待った。


 他の侍女達は気を利かせてこの場から、退出している。季月は緊張しながら伊笹を見た。


「……伊笹、君は緊張していないんだな」


「それはそうですね、わたくしは幼い頃からこちらに仕えていますから」


「そうなのか」


 肯くと、伊笹はまたにっこりと笑う。元気づけようとしてくれているらしい。それは彼女の様子からわかった。


「いらしたようですね」


「わかるのか?」


「ええ、足音でわかります」


 伊笹が肯いた。すぐに、衣擦れの音や足音が微かにして主人のおきなと篠がやってくる。障子戸が開けられた。


「……おお、若君。昨日ぶりだの。だいぶ、疲れは取れたようだな」


「……昨日はありがとうございました」


「何、困った人を助けるのは上に立つ者として当たり前だ。それはそうと、あなたの名を教えてはくれんか?」


「はあ、季月と申します」


「お、季月殿と言うか。先王の御子だったか、道理で目元の辺りが似ているわけだ」


 そう言って、翁は笑った。が、どことなく悲しげだ。季月は不思議に思う。


「……いや、季月殿。儂も名乗らんで悪い。儂は先王の宰相であった者。名を卯木うつぎと申す。よろしくな」


「よろしくお願いします」


「して、季月殿。こちらに来たのは何か目的があるのだろう。儂に教えてはくれんか?」


 季月は肯いて、答えた。


「私はいつか、この国に役立ちたいと思っていました。そのために学問やまつりごとを一所懸命に、学んできたのですが。二年程前から、この国の宰相殿に師事したいと思い、参った次第です」


「ふむ、成程。儂か、息子に師事したいと。それでこちらにわざわざ来たのかの」


 季月は肯いた。卯木はしばらく、考え込む。


「……相わかった、あなたに儂の知り得る限りの知識などを教えてしんぜよう。覚悟はあるか?」


「良いのですか?!」


「うむ、季月殿。あなたは良い目をしている。それに先王の御子に宰相を務めて頂くのも重畳かなと思うた」


 季月に卯木はしっかりと肯いてみせた。これには、驚きを隠せない。季月は目を見開いた。


「ありがとうございます、一所懸命に務めさせていただきます!」


「うむ、あなたがそう決めてくれて儂も嬉しいよ」


「はっ!」


 季月は涙ぐみながら、深々と手をついた。卯木は嬉しそうに彼を見た。


 その後、季月は卯木の元で政や他の学問に精を出す日々を送る。ふと、弟の桂月が元気にしているかと心配になるが。その分、彼は学問に邁進した。


「季月様、今日も頑張っていますね」


「伊笹か、すまないな」


「いえ、季月様の体調面を気遣うのもわたくしの役割ですから」


 伊笹はそう言って、昼餉を近くに置いた。良い匂いがして季月は急激に空腹感が湧き上がる。


「もう、昼餉の時間か。ちょっと、休憩するよ」


「そうなさいませ」


 伊笹が肯いたので、季月は筆を置いた。昼餉のお膳に手を伸ばす。

 今日は季月が好きな鮎の塩焼きもある。これには、気持ちが上向く。ちょっと、上機嫌になりながら箸を取った。強飯や汁物を食べながらも次は何をしようかと考える。


「伊笹、何かと世話を焼いてくれるから。助かるよ」


「そう言って頂けると嬉しいですね、また何かありましたら。言いつけてくださいね」


「ああ、頼むよ」


 伊笹は肯きながら、季月にそっと近づく。彼の手を自身の両手で包み込む。


「無理はなさいませんように」


「あ、ああ、気をつける」


「では、失礼致します」


 伊笹は両手を離すと立ち上がる。そうして、一礼して部屋を出ていく。季月は昼餉を食べ進めた。ちょっと、心の臓が高鳴ったのには気づかぬ振りをしたのだった。

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