第5話

 季月は、篠に案内されながら大広間に辿り着いた。


 何人かの侍女達が隅に控えている。


「若君、とりあえずは座ってください」


「わかりました」


 季月は言われた通りにした。篠はそれを見ると、手を叩く。


「さ、皆。若君にお食事をきょうせよ!」 


 篠が命じると、侍女達はさっと動いた。ある者はお酒を勧めて、ある者はお膳を持ってくる。お酒は丁重に断ったが。

 お膳は置いてもらい、食事を始めた。強飯こわいいや汁物、焼き魚や瓜の漬物などが盛り付けてある。季月はそれを口にしながら、人心地がついたと思う。


「……若君、そういえば。名を訊いていませんでしたね」


「ああ、俺は。季月と申します」


「きげつ様ですか、わかりました。今後はそのように呼ばせていただきます」


 篠は肯くと、お替りはいらないかと尋ねてきた。季月はそれも丁重に断ったのだった。


 夜になり、季月は寝所で休んだ。寝巻姿でしとねの上に寝転がる。


(ああ、疲れた。今まではろくに眠れなかったしな)


 そう思いながら、ほうと息をつく。湯浴みをさせてもらい、まともな食事にもありつけた。今はきちんとした褥で休む事もできる。まあ、元は王族の生まれらしい自分だが。今は中流の貴族の息子としての身分や立場にある。だから、こんなに大きな屋敷でちやほやされても落ち着かない。

 それでも、自分を拾ってくれたあのおきなには感謝しかないが。まだ、翁の名を訊いていなかった。明日には訊かねばと思いつつも、季月は眠りについた。


 翌朝、季月は日が昇り始めた時刻に目が覚める。寝所を抜け出し、井戸を探す。が、初めて来た屋敷だから、場所がわからない。

 仕方がないので、寝所に引き返す。ふと、足にあった肉刺を思い出した。治療をしてもらうのを忘れていたが。どうしたものやらと思っていたら、複数の人の足音がする。何事かと驚いていると、障子戸が開けられた。


「若君、おはようございます。身支度を致しましょう」


「はあ、おはようございます。あの、一通りの事はできますが」


「旦那様からのおことづけで、「若君を丁重にもてなすように」と。ですから、身の周りの事は我らにお任せくださいまし」


 季月は戸惑いながらも肯いた。すると、一際年かさの侍女が名乗る。


「わたくしは名を伊笹いざさと申します、若君」


「わかりました、伊笹殿」


「殿はいりませぬ、敬語も。わたくしめの事は伊笹と呼んでください」


 季月は肯いた。伊笹はにっこりと笑うと、蛤の貝殻に入った塗り薬やあて布などを懐から取り出す。


「では、足の手当てからしますね」


「ああ、頼む」


 季月が再び、肯いたら。伊笹は手早く、桶の水に手拭いを浸した。絞るとそれで肉刺の汚れを拭き取った。また、強い酒を持ってくる。それを数滴垂らして手拭いを濡らすと、消毒もする。なかなかにこれは傷口に染みた。

 我慢しながら、塗り薬を伊笹が慣れた手付きで肉刺に塗り込んでいくのを見守る。あて布を当てて、最後に包帯を巻いた。


「さ、手当てはできました。後は身支度ですね」


「そうだな」


 伊笹や他の侍女達に手伝われながら、季月は洗顔などを済ませた。鏡の前に行き、丁寧に髪を梳いてもくれる。衣の着替えを終えたら、伊笹はこう言った。


「後で、旦那様や篠様がいらっしゃいます。挨拶を改めてしたいとかで」


「わかった、伝えてくれてありがとう」


「これがわたくし共の役目ですから」


 伊笹はにっこりとまた、笑う。季月はなかなかによく笑う人だなと思った。

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