第3話

 あれから、どれくらいの時間が流れたのか。


 かつての王妃であった歌月という女がいたが。彼女が産み落とした子は二人いた。

 長子が季月きげつといい、次子は桂月けいげつといった。二人とも、男の子だ。季月は父似でキリッとした目鼻立ちに真面目な性格である。桂月は母似で柔和な目鼻立ちに明るい性格だ。

 二人は歌月の侍女であった胡月の息子として育つ。胡月は、桂月が成人の十八歳になった年の春に真実を告げた。


「……季月様、桂月様。あなた方も無事に成人遊ばしました。これから、あなた方の父君と母君について話したいと思います。よく、お聞きください」


「いきなり、どうしたのですか。母上」


「兄上の言う通りですよ、母上。どうしたんですか?」


 胡月が突然に居ずまいを正したので、季月も桂月も驚きを隠せなかった。それでも、胡月は語り出すのをやめない。


「お二人共、よく聞いてくださいまし。あなた方は私の実の子ではありませぬ。先代の王の久霧様と王妃の歌月様の忘れ形見なのです。久霧様は既に、世を去っておられますが。歌月様はまだ、月にてご存命かと思われます」


「え、俺と桂月が久霧様の御子だって?!」


「そうです、今まで隠していました事はお詫び申し上げます。ですが、季月様。あなた様は特に久霧様の嫡子でいらっしゃる。当代の女王陛下から、疎まれでもしたら。私はそれが一番の気がかりでした」


 胡月は心配げな表情で言う。あまりの事に季月も桂月も二の句が継げないでいた。


「母上、いや。胡月殿、俺達が久霧様の実子であるという証拠はあるのですか?」


「……証拠はありますよ、久霧様からの御文を何通かは保管しておりましたから」


「そうでしたか」


 胡月は立ち上がると、奥へと入っていく。しばらくして、彼女は布袋を三つ程手に持って戻ってきた。


「こちらでございます、季月様」


「開けても?」


「はい、勿論です」


 胡月に確認してから、季月は布袋を受け取る。紐を引っ張り開けた。中からは縦に丸められた御料紙が何枚かあった。その内の一枚を皺を伸ばしながら、読んだ。


<胡月へ


 吾子は無事に育っているだろうか?


 今となっては我が妃は、もう戻ってこない。


 罪を犯した私への罰なのかもしれん。


 ただ、今は吾子らの成長だけが気がかりだ。


 三人目の生まれるはずだった子も今も心配だが。


 それでは。


 久霧>


 流麗な筆跡で綴られていた。子である自分達を本当に気に掛けているのが、文章から伝わってくる。季月はじんわりと悲しみがこみ上げてきた。


(今は亡き実の父上、俺達の事を気に掛けてくださっていたとは……)


 桂月も複雑な心境だった。季月から、実父の久霧が書いたらしい文を受け取る。読みながら、自然と涙ぐんでいた。


「何とも、お労しい。久霧様には一度はお会いしたかった」


「はい、僕も思います」


「その御文は季月様と桂月様に託します、いかようにも処分してくださいまし」


 胡月はそう言うと、目尻に浮かんだ涙を袖で拭った。三人はまんじりとしない中でいたのだった。 


 あれから、胡月は季月と桂月と距離を取り始める。二人は戸惑いながらも受け入れるしかない。


「兄上、胡月殿はどういうつもりなのでしょう」


「俺にもわからん、ただ。胡月殿にも何か、考えがあるのだろう」


「なら、いいのですが」


 桂月はふうとため息をつく。胡月は二人に気安い仲でい過ぎたと思っていた。だから、正しい距離で接しようとしていたのだが。けど、二人には受け入れられそうもなかった。


「桂月、俺はこの家を出ようと思う。お前はどうする?」


「僕は、残ります。兄上の代わりに胡月殿に恩を返したい」


「決まりだな、俺も後数日したら。この国の宰相様に弟子入りするつもりだ。つまりは、王城暮らしになる」


 季月が言うと、桂月は目を見開いた。


「宰相様に弟子入りですか?!」


「そのつもりだ」


「……わかりました、兄上。御体にはくれぐれも気をつけてください」


 桂月はそれを言うのがやっとだった。季月は頷いた。


「桂月も達者でな、また文を書くよ」


「はい、必ずお返事をします!」


「ああ、胡月殿を頼んだ」


 桂月は今度こそ、しっかりと頷いた。季月はにかっと笑いながら、桂月の頭を軽く撫でてやった。

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