第4話 「好き」という気持ち

 その日の夕食はいつものように中学生の妹とお母さんの3人で食べた。


「美緒、なんだか今日は機嫌が良いわね」


「うん、お姉ちゃん今日はテンション高い」


 ナスを口に入れようとしていた私は、そのまま動きを止める。


「そ、そう?」


 「あはは、お姉ちゃん分かりやす〜」


 私は動揺を隠すようにナスを口に放り込み、咀嚼に集中するふりをする。


「そういえば、奏音くんとまた同じ学校になったんでしょ? 話とかするの?」


 思わずナスを飲み込む。

 なんという勘の鋭さだ。


「ちょうどさっき、いつもの公園で会って一緒に帰ったよ」


「だからお姉ちゃん機嫌良いんだ! お姉ちゃん奏音くんのこと好きでしょ?」


「少し黙ってて」


 私は奏音のことが好き、なのだろうか?


「あら、美緒にもついに好きな人ができたのね」


 お母さんと妹は2人でなにやら盛り上がっている。

 だけど私にはいまいち実感が湧かない。


「ねえ、好きになるってどういうこと?」


 そう家族に聞くくらいには、私は恋愛経験がなかった。


「そうねえ。そばにいると心地が良くて、ときどきどうしようもなく求めてしまう気持ち、かしら」


「お姉ちゃんは深く考えすぎなんだよ。本当は自分でもう分かってるんでしょ? 奏音くんのことが好きだって」


「そうそう、こないだチラッと奏音くんのこと見たけど、ずいぶんかっこよくなってたじゃない。もし本当に好きなんだったら、早く気持ちを伝えた方が良いと思うわよ。奏音くんだって、いつまでも待ってはくれないんだから」



 

 夕食を食べ終わった私は、自分の部屋のベッドに一人寝転がりながら考える。

 今日の別れ際に抱いたあの感情が「好き」なんだろうか。

 でも、あんな矛盾を抱えたまま生きていっても、はたして良いのだろうか?

 私のあの感情は、どこまでも自分勝手で、奏音のことを一切考慮していない気がする。

 

「私が奏音と一緒にいたい。私が奏音に他の人を好きになってほしくない」


 じゃあ、奏音はどうなんだろうか。


「奏音は私と一緒にいたいと思ってくれるだろうか」


 もしそうなら何も問題はない。だけど、もし違ったら……?


 そうしたら2人の「好き」は、いや、私の「好き」は成立しなくなる。

 私は誰よりも奏音のことを大切に思っているはずなのに、奏音が私以外の人を好きになることを否定してしまっている。

 私は奏音のことを想うふりをして、結局自分のことしか考えていない気がする。


「まあでも、こんなこといくら頭の中で考えても答えは出ないか」


 そう思うけど、布団にくるまれた私は奏音のことを考えずにはいられない。

 そんな私に追い打ちをかけるように、お母さんがさっき言っていた言葉が頭の中でこだまする。

 

「早くしないと、そろそろ奏音くんにも彼女ができるかもね」

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