第22話 竜珠の暴走
「ドゥードル、魔法を使うのはいいけれど、部屋の調度品は壊さないようにね」
床に倒れて背中をしたたかに打ち付け、顔を歪めて呻く少年よりも、彼女にとっては物の方が大事らしい。
「失礼しました。次は静かに進めます。骨を折るなりすれば、動けなくなるでしょう」
広い部屋で、魔法使いとの距離は五歩以上はゆうにある。だが、彼はその場から動くことなく、タッド達に何でもできるのだ。
骨を折ることも、心臓を握りつぶすことも。
そして、何のためらいもなく。
「いい加減にしろ! そんなことに、竜珠の力を使うな。竜珠が
「聞きそびれていましたが、きみは……精霊ですか? まぁ、何でもいいです。私に指図しないでもらいたい」
ドゥードルは、不愉快そうに鼻をならす。
「その竜珠がないと、火の竜が死ぬんだ。それに、その竜の子どもだって死ぬんだぞ。小さな子を殺して、あんたは何の感情もわかないのかっ」
「おや、あの竜は子持ちでしたか。モニターには映っていませんでしたが。きっとどこかに隠れて、見ていたのでしょうね。震えながら。どちらにしろ、それは私に関係ないことですよ」
冷めた笑みさえ浮かべ、ドゥードルは言い捨てる。
タッドの目に、あの時の色あせた火の竜の姿が浮かんだ。身体を剣で岩に縫い付けられ、胸から血を流して。あの時はまだ意識があった。命の火は消えていなかった。
だが、あんな目に遭ったのは、若さを保ちたいというわがままな人間の欲望のためだ。
そんなことのために、竜は力だけでなく、命までが封じられようとしている。竜の言葉通りなら、竜の子も長くは生きられない。
そして、魔手はタッドやタッドの周囲にいる人達さえも巻き込もうとしているのだ。
ティファーナがあんな女のために、命を奪われる。あんなくだらない望みのために、ティファーナは何も悪いことをしていないのに、殺されてしまう。
そう考えた途端、どうしようもない怒りがこみ上げ、タッドは拳を強く握った。
冗談じゃない。彼女から首を突っ込んだとは言え、こんな所で死なせる訳にはいかない。守らなきゃいけない。ここで彼女を守れるのは、魔法使いのぼくしかいないんだ。
タッドは立ち上がると、ドゥードルに向けて水の槍を放つ。だが、彼に当たることなく力は霧散した。
予想していたことではある。竜珠がなくても、相手は腕のたつ魔法使いだ。まだ見習いでしかない自分の力が通用する、とは思っていない。
だが、ここであきらめる訳にはいかないのだ。いや、絶対あきらめたくない。
「クオーリア様、よろしいでしょうか。彼女以外、特に使い道はありませんでしょう?」
言葉としては出していない。
だが、ドゥードルは明らかに殺していいかを尋ねている。
「そうねぇ。そちらの殿方は、よく見たらなかなかわたくし好みだわ。残しておいて」
魔法使いや精霊は、残しておくと後が厄介だ。好きにするといい。
クオーリアは暗にそうほのめかし、ドゥードルは目を輝かせた。
「では、遠慮なく。心配しなくても、あっという間です。痛みを感じる時間もありませんよ。ご婦人方の前で、野蛮なことはしたくありませんからね。耳障りな声も聞きたくありませんし。では、この竜珠の力、しっかりと見せていただきますよ」
「タッド、防御壁を張れ」
「そんなこと、無駄ですよ。まぁ、最後のあがきをするならどうぞ」
確かにあがきでしかないだろう。だが、タッドはフェオンに言われた通り、防御の壁を張り巡らした。
その直後、火の力がタッドの出した壁を包み込む。
リアンスは残しておけ、と言われたので、ドゥードルはタッドとフェオンに向けて力を放っていた。
その力は、タッドの出した壁をぎしぎしと締め付ける。ガラスの板に重い物が乗って今にも割れそうな音が、すぐ間近で聞こえた。
わずかでも力を抜けば、この火はふたりを焼き尽くしてしまうだろう。壁の外が、怖い程に真っ赤だ。
壁の外で、近付くことすらできないリアンスがタッドとフェオンの名を叫んでいるのが、ひどく遠くに聞こえる。
「おやおや、案外とがんばりますねぇ」
ドゥードルはくすりと笑い、火の力を上げようと手を動かした。
だめだ。もう耐えられない。
タッドの力が限界になり、火を
悲鳴が部屋に、いや、館中に響く。ぞっとするような悲鳴だ。まさに、断末魔の叫び。
だが、声はひとり分だ。
一瞬、それが誰の悲鳴かわからず、全ての動きが止まる。
恐らく、悲鳴を上げた本人でさえもわかっていないだろう。
悲鳴を上げたのは、タッドでもフェオンでもなく、ドゥードルだった。
彼は一瞬にして、火に全身を包まれていたのだ。今やドゥードルは、完全に一本の火柱となっている。
「警告しただろう。竜珠をなめると痛い目に遭う、と」
フェオンが冷たく言うが、本人の耳にはもう届かない。
これまではドゥードルの魔力でも制御できた竜珠だが、タッドにとどめを刺そうとして力を上げた途端、竜珠の力が彼のコントロールする力の限界を超えて暴走したのだ。
それまでタッドを包み込もうとしていた火の力は、全てドゥードルへ返っていく。
竜珠が持つ火の力は、一番そばにいた魔法使いを一気に包み込んだが、それだけでは足りず、無数の火の弾が部屋の中を流星さながら飛び交いだした。
壁に当たり、ソファに落ち、カーテンをかすめる。部屋は徐々に、火の海になり始めた。
「やっ……いやあっ」
黒焦げになったドゥードルの身体が、そばにいたティファーナの方へと倒れて来る。彼の魔法で拘束されていたティファーナは、その場で硬直したまま。
術者は死んだので拘束は解けているはずだが、すぐに動けないのだ。
腕を上げて顔をかばうことすらもできず、そこにいてはもろに火柱を受け止めてしまうことになる。
「ティファーナ!」
タッドは、ドゥードルに向けて水を放った。
すでにほとんどが炭となっていた魔法使いの身体は、タッドの力で簡単に崩れ落ち、毛足の長いジュータンに散らばる。
「ティファーナ、ケガはない?」
「タッド……怖かった……」
駆け付けたタッドに、ティファーナは倒れ込むようにして抱き付く。その身体が細かく震えていた。さすがに、平気だと強がれない。
ドゥードルが死んだことで術が解けたのはわかったものの、燃え盛る人間の身体を間近で見て、動けなくなってしまった。
どちらが前かもわからないくらい、真っ黒に焼け焦げた人間の身体。
それだけでも恐怖なのに、あのままだったら確実に自分も二人目のドゥードルになっていたのだ。
それを考えると、血の気が引く。怖いものなんてそうはない、と今までは思っていたが、さっきの光景は恐怖以外の何物でもないし、二度と見たくない。
「大丈夫……もう大丈夫だよ」
タッドは、すがりつく彼女の背中を軽く叩いた。
「タッド、さっさと逃げないとやばいぜ」
リアンスの言葉で、現実に引き戻された。
火の弾はまだ飛び続けている。部屋はすっかり赤く燃え、火の弾は壁を突き抜けて他の部屋へも広がり出していた。
クオーリアの姿は、いつの間にかなくなっている。恐らく、ドゥードルがあんな状態になったのを見て、素早く逃げ出したのだろう。
ドゥードルが持っていた竜珠が、床に転がっていた。さっきよりも赤く、いや、赤黒く光り、そこから火の弾が飛び出して、周りの火の勢いをさらに強めているのだ。
これを持ち帰り、竜に届けなければならない。
「フェオン、この竜珠、どうしたらいいんだ。これじゃ、持ち上げることだってできないよ」
火が飛び出す珠なんて、とても持てたものじゃない。
だが、ぐずぐずしていては、この館はじきに崩れ落ちてしまうだろう。がれきに当たれば、割れてしまうかも知れない。
それに、ここにはさらわれてきた女の子が数人いるはずだ。彼女達も助けなければ。クオーリアの魔の手から逃れても、焼け死んでは意味がない。
「竜珠は怒っているのだ。器の小さな人間に利用されて、暴れたくて仕方がない状態だ」
「説明されても……どうすればいいんだ」
暴れたくて仕方ないなら、気が済むように……とは言えない。
「タッド、魔法をかけてやってくれ」
「魔法? どんな?」
今の竜珠に水をかけたら、爆発を起こしそうな気がする。
「私にかけてくれた魔法だ」
タッドがフェオンにかけた魔法。高ぶった気持ちを落ち着かせるための魔法だ。
「あの魔法を? だけど、あれは気持ちを落ち着かせるためで、竜珠には……」
「竜珠は怒っている、と言ったろう。その怒りを静めなければ、珠は持ち帰れない。私でさえも、拒否されてしまう」
「わ、わかったよ」
無機物であろう珠に効果があるのかわからないが、タッドは言われるままにした。
近付くことはできないので、少し離れた所から竜珠に向けて手を伸ばす。
頼む。落ち着いてくれ。あの魔法使いはもういないから。落ち着いてくれなきゃ、持ち主である竜の元へ送り届けられないんだ。頼む。大丈夫だから。もう怖くないから。
呪文を唱えながら、タッドは心の中でそんな言葉を繰り返す。
「火の弾の数が……減ってきたわ」
そばでタッドの様子を見ていたティファーナがつぶやく。
魔法は、明らかに効果ありだ。
タッドの呪文が終わる頃には、竜珠はドゥードルが持っていた時と同じ、朱色に戻っていた。
もう火の弾も飛び出してこない。フェオン
タッドは竜珠へ近付くと、静かに拾い上げた。あんなに火を飛ばしていたのに、触るとひんやり冷たい感触がする。
まるで小さな恒星だ。とても暖かみのある火の色。こうして触れていると、愛しいとさえ思えてくる。
ほっとしたのも束の間、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
竜珠から飛び出す火はなくなったが、これまでの火が消えた訳ではない。この部屋にいるのも、もう限界だった。
「ぼくが道を作る。ティファーナとフェオンは、先にここから逃げるんだ」
「道? 先にって、タッドとリアンスはどうするの。館が焼け落ちるわよ」
「さらわれた女の子を捜しに行く。この館のどこかにいるはずなんだ。少なくとも、さっき連れて来られた子がいるはずだし、放っておけない」
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