第23話 燃えさかる館で

 タッドは言いながら、水を放って部屋の壁をぶち抜いた。その先には、安全な外の世界がある。ここが一階で助かった。

「フェオン、竜珠を頼むよ。ティファーナ、早く行って。今なら道の周囲に防御の壁があるから。だけど、そんなに長くもたない。すぐに焼けるから、早く逃げて」

「だけど、あたし達だけ先に逃げるなんてできないわ」

「わかった、タッド。後はまかせる。人間の気配は下だ」

 フェオンはタッドから竜珠を受け取ると、さらわれた少女達のことを教えてティファーナの手を引く。

「行こう、ティファーナ。我々がいては、足手まといだ。守る者が増えてしまうだけ」

 フェオンの言葉に、ティファーナはぐっと詰まる。

 確かに、自分がここにいても、今は役に立てない。

「……わかったわよ。早く出て来ないと、ひどいからねっ」

 一大決心をしたような顔で、ティファーナはフェオンの手を引いて外へと走って行く。

「ほぉ……短い間で、ずいぶんと男らしい表情ができるようになったじゃないか」

「なっ……リアンス、こんな時にからかわないでよ」

 リアンスの言葉で、タッドの頬に朱が走る。もちろん、火のせいじゃない。

「からかう? 俺はこれでも一応、ほめてるつもりだぜ」

 だが、どう見てもリアンスの表情は、タッドをからかっているものだった。

「それはともかく。フェオンが、下から人間の気配がするって言ってたな」

「うん。きっと地下室にでも閉じ込めてるんだ。階段を見付けないと」

「早くしないと、俺達の方が先に焼け死んじまうぞ」

 部屋を出ても、火はすでに広範囲に広がっていた。熱気だけで火傷してしまいそうなくらい、火が勢いづいている。

 スプリンクラーから水は出ているが、火は衰えを知らない。

 今はタッドが二人の身体の周りに防御の壁を出しているので、焼死は免れている。だが、それだっていつまでもつか怪しい。

「これは竜珠から出た火だから、自然の水じゃすぐには消えないんだ。たぶん、この館を燃やし尽くすまでは、もう消せないと思う」

「厄介なことをしてくれたな、あいつ」

 リアンスに恨まれているあの魔法使いだって、こうなるとは予想もしていなかっただろう。

 タッドとリアンスは、地下へと続く階段を探した。だが、上へ続く階段だけで、下へ続く階段がない。

 きっとどこかに隠し扉があって、その奥に階段があるのだろう。

 だが、自由に部屋を行き来できるような状況ではないから、そんなものを探し回っていられない。

「こんな所で、謎解きしてるヒマなんかないぞ。ちっくしょう、どこだ」

 今まであまり感じなかった火の熱さが、身体に伝わるようになってきた。

「魔法の効果が薄れてきた。やばいな。もうあまり長くはもたないや」

「いやなこと、言うなよな」

 タッドは壁の力を補強するが、焼け石に水状態だ。

「……タッド、お前はフェオンみたいに人間の気配はわからないのか?」

「集中すれば、どうにかわかると思うけど」

 フェオンが下にいると教えてくれたので、人間が地下にいることは確実。

 それなら、たとえぼんやりとでも、人間がいる位置はわかるはず。

「じゃあ、人間が確実にいない場所を狙って、床に穴をあけるんだ。さっきティファーナを逃がす時、水で壁に穴をあけたろ。あれみたいにして、地下への抜け道を作るんだ。階段を探すより、その方が早い」

 道がなければ、自分で作ればいい。

「あ、そうか。わかった、やってみる」

 タッドは床に手を当て、気配を探る。

「見付けた。リアンス、俺の後ろへ回って」

「わかった。やりすぎて、床全部を落とすなよ」

 気を付けるよ、と言いながら、タッドは床にある一点に集中して氷の槍を放った。大きな音がして煙が上がり、その煙が落ち着くと床に人が通れるくらいの穴がぽっかりとあいていた。

「おっと、やるじゃねぇか、魔法使い。よっしゃ、行くか」

 リアンスが先にその穴から地下へと飛び降り、タッドが続く。

 さすがに、地下まではまだ火がきていない。それでも、火が迫るのは時間の問題だ。

 タッドがとらえた人の気配がある方へ、二人は走る。すぐに重そうな扉を見付けたが、それには厳重に南京錠が三つもかけてあった。

「あいつ、腕に相当自信がありそうな言い方してたくせに、こんな金属の鍵なんかに頼るなよなぁ。魔法で施錠せじょうされるよりはいいけど」

 言いながら、リアンスは銃を取り出した。向こうが物なら、こちらも物で対抗するまで。

 リアンスは弾をこめると、南京錠へ向けて発射する。鍵はあっけなく壊れ、それを取り外すと二人は重い扉を押し開いた。

 中は薄暗く、すぐには部屋の様子がわからない。

「あの……誰、ですか」

 恐る恐るといった声が聞こえた。少女の声だ。

 ドゥードルではない気配に、不審を抱いて聞いてきたのだろう。

「助けに来たんだ。時間がない。みんな、早くここから出て」

 問われても、自己紹介などしてる暇はない。中にいる少女達に、外へ出るようにせかす。

 訳がわからず、それでも逃げられると知った少女達は、扉の外へと走り出て来た。

 全部で五人いる。見覚えのある顔も二つあった。タッド達の目の前で、魔物に連れて行かれた少女達である。

 結構、かわいい子ばかりだ。リアンスがエコーバインは美人が多い、と言っていたが、あながち嘘でもなさそうである。

 ……いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。

「おいおい、今でこの人数じゃ、あの女、一体何人集めるつもりだったんだ」

「詳しくは知らないけど、術によって必要人数が変わるって聞くからね。多い程、効果は高くなるから」

「ったく、世の中にはとんでもない術があったもんだな」

 中にもう残っていないことを確認し、急いで階段を探す。細い廊下の一本道なので、すぐに見付かった。

 上へ行くと、この階段を隠す扉にはばまれたが、タッドが吹き飛ばす。

 扉の外へ出ると、書斎らしき部屋へ出た。

 逃げ道になるような所がない程に火が燃え上がり、天井が今にも崩れ落ちてきそうだ。ここにどんな調度品があったのか、もうわからない。

 地下にいた時は、何か騒がしい程度にしか思わなかった少女達。この状況を見て、自分達がとんでもなく危ない場所に置かれていたことを知った。

「外へは……あの窓が一番近いな。みんな、道ができたらすぐに走って」

 タッドは、今いる場所から一番近いテラスへ出る窓へ向かい、水を放った。ほとんど窓枠を残すのみとなっていた窓を破り、その窓へ続く道ができる。

 リアンスに押し出されるようにして、少女達は外へ向かって一目散に走った。

「もういないな。俺達も逃げるぞ、タッド。……おい、大丈夫か」

 リアンスは走り出そうとして、タッドの身体がふらついているのに気付いた。

「……うん。さすがに、少し……ハードなもんだから……」

 見れば、昨日倒れる直前と同じように、汗だくになっていた。息も荒くなっている。

 防御の壁が弱くなって、リアンスも身体が熱くなってきているが、まだここまで汗は出ていない。

 さっきドゥードルに向けられた火の魔法と、今無理をして何度も魔法を使っているため、身体に相当な負担がかかっているのだ。

「あと少しなんだ。頼むから、倒れるなら外へ出てからにしてくれ。こんな所で男と二人、火だるまなんてごめんだぜ」

「雪だるまなら、助かる可能性はあったかな」

「どんなだるまだろうと、男と心中なんていやだっての。ほら、もう少し踏ん張れ」

 タッドの腕を掴むと自分の肩に回し、そのままリアンスは走り出す。

 燃える柱が轟音をたてて倒れてきたが、防御の壁がかろうじて持ち堪え、頭のすぐ上で止まった。

「いい腕してるぜ、タッド」

 壁が消えないうちに、その場を走り抜ける。

 とにかく前を向き、二人は外へと飛び出した。

☆☆☆

 タッドとリアンスが館から出た途端、後ろでガラガラと天井や柱が崩れる大きな音が響いた。

 熱風が追って来るが、二人には届かない。まさに、間一髪で逃げ切ったのだ。

 燃える物はもうほとんどない。倉庫が残っているが、そこまで延焼する様子もなさそうだ。

 タッドが「館を焼き尽くすまでは消えないだろう」と言っていたが、その館は焼けた。普通ではないこの火事も、じきにおさまるだろう。

 館から離れ、安全だろうという所まで来ると、タッドは力が抜けて立っていられなくなる。崩れるようにして、その場に座り込んだ。

「タッド! タッド……やだ、しっかりして。ねぇっ」

 タッド達のそばへ、ティファーナが駆け寄って来た。置いて行かれたフェオンが、遅れて走って来る。

「うん……大丈夫だよ。ちょっと……気が抜けたみたいだ……」

 荒い息をしながら、タッドは何とか応える。

「本当に気が抜けただけか? どこか具合が悪くなったりしてないのか」

 倒れるまでにはならなくても、完全に力が抜けてしまった。それでも、何とか笑ってみせるタッド。

「うん。こんなに連続で魔法を使うなんて、やったことがないから……」

 魔力を使い果たした状態で、さらに体力も消耗してしまっているのだ。さっきまでは汗をかいて赤い顔をしていたが、火から遠ざかった今はどんどん青ざめていく。

「なかなか出て来ないんだもん、すっごく心配したんだからねっ」

 言いながらひざ立ちしたティファーナは、座り込んだタッドの頭を抱きしめた。

 フェオンと一緒に館から先に逃げたはいいが、振り返れば館を包む火がどんどん大きくなる。

 それなのに、タッドとリアンスがなかなか出て来ないので、泣きそうになるくらい心配していたのだ。

 消火器を探そうかとも思ったが、一本や二本で消せる火ではない。かと言って、今から消防に連絡しても、絶対に間に合わない。

 今ここで自分にできることは何も見付からず、悔しい思いをしながら燃える館を睨むしかできなかった。

 壁の一部が突然破られ、そこから女の子達が出て来たことに気付く。

 だが、後に続くと思われたタッドとリアンスが、すぐに出て来ない。その状況に、血の気が引いた。

「ごめん。ちょっとへたっちゃって。リアンスがいてくれて、よかったよ」

 普段のタッドなら、こんなふうに抱き締められれば戸惑いまくる。

 だが、今は意識が少しもうろうとして自分の状況をしっかり理解できず、経緯を話してティファーナを安心させないと……という気持ちだけがあった。

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