第21話 狙われたティファーナ

 最初は誰も信じなかった。今の時代、そんなおとぎ話めいたことがあるはずはない、と。

 だが、本当に水没しかけては、まさかと疑いつつもその言葉を信じるしかない。現実に、自分達の住む所がおびやかされているのだから。

 何か他に方法はないか、と泣き付かれたりもしたが、竜に対して人間に手だてはない、小細工は通用しないとドゥードルはつっぱねた。

 今住んでいる場所を捨てたとしても、竜は逃してくれない、と脅すことも忘れずに。

 そこまで言われては、人々もあきらめるしかない。

 そうして、まずは一人目が手に入る。そうすることで環境が悪化しなくなれば、彼らはますます「占い」の言葉を信用せざるをえないだろう。

「竜の言葉」と「占い」は別、ということにも気付かず。

 さらに、こういう話は噂になって、すぐに広がってゆくものなのだ。

 人がどんなに素晴らしい文明を手に入れても、所詮は自然の力とおのれの中にある恐怖に勝つことなどできない。

 ドゥードルが新たな場所を訪れて竜という単語を持ち出せば、人々はすぐに人柱の選択を始めるようになった。

 選び方はそれぞれだが、若い娘さえ手に入ればいい。どこの家の、何番目の娘かなんて、こちらにすればどうでもいい話である。

 娘を迎えに行かせるのは、ドゥードルが呼び出した火の魔物にさせた。

 本来は火をまとう巨大な鳥だが、不気味さを演出させるために幻影で少し姿を変えておく。

 わずかだが、竜珠の力を浴びさせるのも忘れない。強力な魔法の気配に気付けば、魔法使いが事情を見極めようとしてもだませる。

 抵抗された時にも、その力で跳ね返すことも容易にできるのだ。

 こうして、全ては思った通りに進んでいる。邪魔はさせない。

「今回のことでお金がかかったのは、ドゥードルのお給金くらいかしら。それで美しさが保てるなら、安いものですわ。ちょっとお高い化粧水のようなもの、かしら」

 例えがあまりにもひどい。

「黒魔術か何か知らないけど、本当にそんなのできれいになれるっていうの?」

「ええ、その通りですわ。彼女達の若さをわたくしへ移すことで、昔のようになれますのよ」

「バッカみたい。そうまでして、若くいたい訳? 人間は年相応に老いてくのが、自然な姿なのよ。そういうのって邪道だわ」

 ティファーナの言葉に、クオーリアは笑う。

「そうおっしゃるのは、あなたが若いからですわ」

 目は笑っていない。ドゥードルより濃い青の瞳が、本当は氷でできているのではないかという錯覚におちいる。

「わかっているのか。黒魔術は簡単なものではない。失敗すれば、全てが自分にふりかかる。あれは呪いと同じだ。若さどころか、命をも失うことになりかねない」

「あら、小さいのに優しいのね。わたくしのこと、心配してくださるの? 大丈夫。黒魔術の知識はありませんけれど、術をかけるのはドゥードルですもの」

「術者だけではない。それに関わった者も、無事では済まない」

 フェオンが重ねて警告する。もっとも、相手がそれを受け入れるとは、フェオンも思ってないだろう。

「信用がありませんね。私はそんなヘマをするつもりはありません」

 その声で、一同の視線がドゥードルへ向けられる。

 同時に、彼が今までこの場にいなくなっていたことに、遅ればせながら気付いた。

 クオーリアが入って来て、彼が一礼し……その後はずっと彼女がしゃべっていた。今まであれこれ推理していたものの、こんなことをしでかしたあまりな理由にいきどおり、彼の存在を忘れていたのだ。

 ドゥードルの手には、子どもの頭くらいもある透明な朱色の珠があった。恐らく、これを取りに行くために席を外していたのだ。

 間違いない。ずっと捜していた竜珠だ。

 ドゥードルが戻って来てから、部屋の空気が変わった。魔法の気配が濃くなる。魔法使いならわかるであろう気配だ。

「ここには竜の力があります。術を失敗するはずはありませんよ」

「それは、人間の手に余る物だ。すぐ持ち主に返せ」

「ははは……残念ながら、それはできかねますね」

 フェオンの言葉に、ドゥードルは鼻で笑う。つくづく腹の立つ二人だ。

「本当は、その珠のコントロールに苦労してるんじゃないのか。だから、女の子達を早く集めようとしたんだろ」

 タッドの言葉に、ドゥードルの目尻が一瞬ぴくりと動いた。だが、顔色は変えずに、ちょっとばかり肩をすくめてみせる。

「おやおや。本当に私の力を信用してもらっていませんね。苦労なんてしていませんよ。早くお嬢さん方が集まってくだされば、その分、術も早く行える。主の希望をかなえられるのです。そうすれば主は幸せになり、私は報酬を受け取って幸せになる。それだけですよ」

「このドゥードルはね、腕はいいけれどお尋ね者というやからなのですわ」

 過去にも、魔法を使った犯罪に荷担かたんしていたらしい。

 それをクオーリアが拾い、自分がやりたいと考えていることに協力するなら高額の報酬を出す、と言って今回の件を実行させたのである。

 ドゥードルが本名を明かせない、と言った理由はこの件のためだけでなく、エコーバインや他の星で指名手配されているからだ。

 もっとも、名前だけでなく、彼の今の姿がどこまで正体に近いかわからない。姿変えの術くらい、お手のものだろう。

「お尋ね者を雇うなんて、大貴族も落ちぶれたもんだな」

 リアンスの口調は、どこか悲しげだ。

 昔のクオーリアを知っているだけに、ここまで人間として落ちてしまっている彼女を見るのはつらいのだろう。

「この程度のこと、どこの貴族もやっているものですわ」

 そんなリアンスの気持ちに気付くことなく、クオーリアはしれっと言い返す。貴族の知り合いはいないのでわからないが、それが本当だと思いたくはない。

「魔法を悪用するなんて、魔法使いとして恥ずかしくないのかっ」

 言っても無駄だろうと思いながら、それでもタッドは言わずにいられない。

「真面目にやっていては、人生がつまらないものになりますからね」

「つまらないからって……だからって魔法を悪用してもいいことにはならないだろっ」

 まだ十六年も生きていないタッドは、ドゥードルに比べれば当然人生経験は短く、浅い。

 しかし、まだ子ども扱いされる年齢でも、悪いこと、やってはいけないことくらいの判断はできる。何より、魔法を悪用することが許せない。

「使えるものはとことん使ってこそ、意味があるんですよ。それが便利であり、自分の力で利用できるものなら、なおさらです。宝の持ち腐れ程、もったいないことはないでしょう?」

 魔法学院というものが存在していても、今の時代は魔法使いの数が少なくなってきている。卒業はしても、ちゃんとした魔法使いになる者が少ないのだ。

 一つには、人間の魔力を持続させる力が弱まってきている、ということが上げられる。

 そう説明する学者もいるが、とにかく希少価値になりつつある。

 そう、自分は価値が高いというのに。特別な存在と言ってもいい。

 特別な存在である自分が、人だの精霊だの、そんなもののために働くなんて馬鹿らしくなってきた。

 魔法を使えば、人々は慌てふためく。理由もわからず、右往左往する。

 それが全て、自分の力によるものなら。

 こんなに面白いことはない。他に魔法使いがいない場所なら、歯向かってくるような命知らずもなく、そもそも自分の仕業だとわかる奴らも存在しない。

 こんな楽しいことがあるのに、あくせく働くだなんて、みっともなくてできない。

「労働の尊さってものを知らない奴だな。気の毒に」

「それは、負け惜しみというものでしょう。自分にはできないことを私がするのを見て、悔しいけれど反撃するだけの力もないから、そういう言葉でしか対抗できないのですよ」

「へーへー。あんたはすげーよ。対抗する気にもなれねぇ」

 相手が魔法使いでなければ、今にも殴りかかりそうな目つきをしているリアンス。

「せっかくお越しいただいたんですもの。お嬢さんをあちらへお通しして」

「あちら? ティファーナをどうするつもりなんだ。まさか……あの子達と同じように」

 女の子であるティファーナを連れて行く、と言えば、目的は一つ。

「魔法使いのあなたと、そちらのあなたはどうしようかしらねぇ。それに、小さな子をどうこうするのは少し気が引けるし……後で考えますわ。今はとりあえず、そのお嬢さんだけに用がありますから。もうじき人数もそろいますから、お友達と離れても淋しくはありませんことよ」

 そろい次第、黒魔術を始めるつもりだ。

「冗談じゃない。ティファーナは絶対、あんたなんかに渡さない」

 ティファーナを守るべく、彼女の前に立つタッド。

 ドゥードルはそんな彼をあざ笑いながら、竜珠を前に出した。

「寝言はいけませんね。選択の余地など、そちらには存在しません。わかっているんでしょう? この珠を使えば、あなた達など一瞬にして消せるんです」

 言われなくても、わかっている。

 わずかに魔力を浴びた魔物にすら、勝てなかった。力を防ぎ切れなかった。竜珠の力を直接浴びれば、影さえも残らずに消滅させられるだろう。

 きっと、フェオンでさえも。

 だからと言って、言われるままにティファーナを差し出せるはずもない。

「あなた達が今後どうなるのかはともかく、少しでも長生きしたいでしょう?」

「いやな野郎だな。そんなことばっかしてると、ロクな死に方できないぜ」

「生きてる時に死ぬ時のことを考えるなんて、ばかばかしいですよ。今を楽しまないと」

 そう言うと、ドゥードルは呪文を唱え出す。

 途端に、タッドの後ろにいるティファーナの身体が浮かんだ。持っていたコンピュータが、床に落ちる。

「きゃっ。な、何?」

「ティファーナ!」

 ティファーナの身体は、そのままドゥードルの方へと引き寄せられた。そばに来たティファーナの腕を掴んで床に降ろし、ドゥードルはにたりとする。

「ほぅら、簡単。まぁ、この程度なら、竜珠を使うこともありませんが」

「竜珠をなめると、痛い目に遭うぞ」

 フェオンが静かに、最後の警告をした。

「私の手にかかれば、竜珠など魔力増幅マシーンですよ」

「……くそっ。ティファーナに触るなっ。彼女を返せっ」

 タッドがドゥードルに飛びかかろうとした。だが、相手の出した壁にあっさり弾かれる。

「頭の悪い少年ですね、きみは。もう少し賢くならないと、命を縮めますよ」

「ちっくしょぉ……」

「大丈夫か、タッド」

 壁に跳ね返されたタッドに、リアンスとフェオンが駆け寄った。

 ティファーナもその様子は見ているが、いつの間にかドゥードルの魔力で拘束され、魔法使いの横で突っ立っているだけ。

 身動き一つできない。声すらも出せない。

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