第20話 館の主と黒幕
「やはりお前が火の竜を封じたのかっ。何のためだ。あの竜が、お前に何をしたっ」
フェオンが飛び出しかけ、タッドが慌ててそれを止めた。
精霊でも、魔法が使えないなら普通の子どもと一緒。ここで何か仕掛けられたら、もろにダメージを食らってしまう。
相手は、竜珠をどこかに隠し持っているかも知れないのだ。
そうなれば、魔法の効果は一気にふくれ上がってしまう。タッドがどんなに防御しても、フェオンはきっと押しつぶされるだろう。
「聞かせていただきたいですね。あなた方はどこまでご存じなのです?」
誰が言うもんか、と思ったが、相手は竜の命も人間の命も平気で消そうとする輩だ。
ティファーナやフェオンに何かされては大変なので、タッドは少しためらいつつもしゃべった。
「……火の竜が封じられて、竜珠が盗まれたこと。竜を封じた剣が、エコーバインの物だってこと。その剣は、ずっと前に盗まれていたってこと。この星に竜はいなくて、誰かが竜を悪用して女の子をさらっていること。女の子は……この館にいるってこと」
ドゥードルは無表情のまま、タッドの言葉を黙って聞いていた。
「あんたも魔法使いなら、この子が人間じゃないってわかるだろ。この子はあんたから、その竜珠と同じ気配がするって言ってる。盗まれた竜珠はあんたのすぐ近くにあったってことだ。女の子をさらった魔物からも、同じ気配がしてた。あれはきっと、あんたが呼び出した魔物だろう。あんたの近くにいたせいか、もしかしたらあいつに竜珠の力をわずかでも与えたから、気配を感じられたんだ。女の子をさらう時に魔法使いがそばにいたら、人間や魔物とは違う気配を感じ取れる。その誤解で、竜の存在が本物になるだろうってたくらんだんじゃないのか」
「なるほど。人間以外の協力を得て、ここまでたどりついた訳ですか」
ドゥードルは、タッドの言葉に否定も肯定もしない。
「しっつれいね。人間の技術力や情報力を、なめないでほしいわ」
「まったくだ。魔法を使わなくても、わかることはたくさんあるぜ」
「……一つだけ、まだわからない。女の子を使って何をするつもりなんだ?」
色々あって、ここまでたどりついた。でも、相手の目的はわからないままだ。
「せっかくここまで来たんだものねぇ。教えて差し上げてもよくってよ」
扉が開き、白いシンプルなドレスを着た細身の女性が入って来た。それを見て、ドゥードルが一礼する。
どうやら、彼女がここの主らしい。
三十代前半くらい、だろうか。でも、白い肌はきめこまやかで、大きな青い瞳が彼女をもっと若く見えさせる。
輝く金色の髪を結い上げ、上品な物腰で一つ一つの動作が優美だ。それ以前に、彼女自身がとても美しかった。
少なくとも、外見だけは。
ドゥードルの主なら、心がきれいなはずがない。
「あんた……クオーリア、だよな? 本当に、あんたが黒幕なのか?」
いささかショックを受けたような口調で、リアンスがつぶやくように尋ねる。
「あら、わたくしのことをご存じの殿方が、まだいらっしゃるのね」
リアンスの言葉に、女性はこれまで多くの男性の心をときめかしたであろう笑顔を彼に向ける。
若い時ならリアンスの言うように「すっげぇ美人」だったろうし、ミスコンの賞をかっさらうことも簡単だったろう。
今だって、十分「美人」でとおる。
「あら、みなさん。お座りになりませんの? せっかくお客様用のソファがありますのに。ああ、いきなりベルトが出て来て身体を締め上げて動けなくなる、なんて映画やドラマのようなことにはなりませんわ」
余計な心配は無用ですわよ、とクオーリアは優雅に笑ってソファに腰を下ろした。
「いえ、我々は立っているのが好きなんです。健康のために」
リアンスがわざとらしい理由で、彼女の厚意を断った。
「それより、教えてもらいたいですね。こんな手のこんだ方法で、人をさらった理由を」
問われたクオーリアは、上品そうに笑う。
「まぁ、人をさらっただなんて、物騒な物言いですわね。ご招待しただけですわよ」
ちょっと強引な方法だったことは認めますけれど、とクオーリアは付け加えた。
「あの娘さん達に、わたくしのためにご協力をお願いするつもりだったんですわ」
クオーリアの、本当に何でもないような口調に、タッドはなぜか背中に寒気を覚えた。思わず、つばを飲み込む。
何だろう、異常に感じてしまうこの空気は。すごくいやな気分になる。
「わたくしも、あと二年程で四十に手が届こうかという年齢になりましたの。時の流れは残酷ですわね。昔はあれだけもてはやされたのに、今では誰も見向きもしない。肌の衰えは簡単には隠せませんものねぇ。で、隠せないなら、取り戻せばいいと気付きましたの」
知らなければ、無邪気とさえ思えるその笑顔。とても四十手前には見えない。
「やっぱり……彼女達を使って何か術を仕掛けるつもりなんじゃ……」
「あら、よくおわかりね。あなたも魔法使いっておっしゃってたかしら」
タッドのつぶやきに、クオーリアはあっさりと肯定した。
「本当にあの子達を……生け贄にして黒魔術をするつもりなのか」
「その代わり、わたくしはずっとこの美しさを保てますの。ちゃんと彼女達の供養はするつもりですわよ」
「そ、そういう問題じゃないだろっ。たったそれだけのために、女の子をさらったのか」
「ええ」
「なっ……」
「それ以外に、用はありませんもの」
クオーリアがあまりにも簡単に答えるので、誰もが次の言葉を失う。
まるで「今日はいい天気ですね」「ええ」と応えるような、大した問題ではない、と言わんばかりの返事。
「彼女達を差し出す代わりに、わたくしは彼女達の家族が住む場所の安全を保証して差し上げてますわ。竜珠とやらの力で、雪や氷が今以上に溶けたりしないように配慮して」
「あなた、わかってるの? 自分がどういうことをやってるのかってこと」
「ええ、もちろん。ドゥードルに会ったことが、わたくしにとっての幸運でしたわね。彼はわたくしの若さを取り戻す方法も、そのためにすべきことも知っていましたもの。さすがにこればかりは、わたくしだけでは何もできませんでしたから」
うふふ、と笑うクオーリア。
何てかわいらしい笑顔をする人なのだろう。人の命を何とも思わずに、摘み取ろうとしているのに。
「あなた、それが悪いことだって思わなかったの?」
「あら、誰でも自分のことが一番ではありません?」
「それは……そうかも知れないけど、人の命を奪ってまですることなの」
「わたくしのやりたかったことが、たまたま人の命が必要だったのですわ」
駄目だ。彼女の中に、常識も良心もない。エゴのかたまりだ。ティファーナが何を言っても、彼女には響かない。
「他人の命より、自分の美しさの方が大切だって言うのか」
「誰にだって、一つくらいは大切なものってあるでしょう? わたくしの場合、自分の美しさですわ」
タッドの言葉にも、動じる気配は全くない。
「お前は……自分の美しさのために、竜を封じたのか。なぜ、あの竜を選んだ?」
怒りを抑えたフェオンの口調。だが、クオーリアはそれすらも何も感じてない様子だ。
「偶然ですわ。竜伝説が残っている地方を探して、あの竜を見付けましたの」
エコーバインにも、コルデの剣にまつわる竜の伝説がある。タッド達が図書館で見付けた、あの伝説だ。
彼女はそれが伝説ではなく、真実だと知っていた。
実はクオーリアは、コルデの剣を使って火の竜を封じた剣士の子孫なのだと言う。だから、竜の存在が現実のものだ、と知っていたのだ。
もちろん、今はエコーバインに竜がいないことも知っていた。この星の竜は、剣にその姿を変えて、他に竜はいない。
だから、他の地域に残る竜の伝説の中にも、現実のものがあるはず、と考えた。
竜がいるとすれば、伝説が残り、今でもそこにいると人々が信じて近付かない場所がポイント。
その土地にもよるが、竜は絶対に人間に見付かりたくないから、と隠れているのではない。その気になって探せば、見付かるものなのだ。
今までその存在が失われたように言われてきたが、探す場所や方法が悪かっただけ。本気で探そうとしなかっただけ。
いないと思えば、探す気も起きない。時間が経ち、次第にその姿を本当に見なくなっただけだ。
検索しているうちに、ドリープ火山の竜の話を知った。最悪の偶然で、最初にクオーリアが知った竜がドリープ火山の竜で、しかも場所は星を二つ隔てただけの距離。
ドゥードルが使い魔でドリープ火山を探し、火の竜が存在することを確認する。雪や氷を利用するつもりだったから、やはり火の力が一番都合がいい。
だから、火の竜に白羽の矢が立ったのだ。
これで、ターゲットは決定した。
竜が見付かったので、後は計画を実行に移す段となる。
普通に魔物を送り込んだのでは竜にやられてしまう、とドゥードルに指摘され、あの倉庫のロボットを使うことになった。
メカなら遠隔操作もできるし、自分達も安全な場所にいて、経過をずっと見ていることができる。
それに、田舎の竜ならああいった見慣れないロボットに、一瞬でも恐怖や戸惑いを感じて抵抗できないだろう、という読みもあった。山にいるのなら、人工物に慣れていないはずだ。
ドリープ火山の竜を封じた氷の剣は、クオーリアがドゥードルに盗ませた。
彼女は剣士の子孫だから剣の正当な後継者であり、博物館から盗んだ件についても、返してもらったのだと主張する。
模造品を置いたのは、博物館の目玉になるものがなくなっては気の毒だから、という人をバカにしたような理由かららしい。
狙い通り、計画は順調に進んだ。
竜珠は手に入り、その力でエコーバインの気候も変わった。今後、この星が元に戻るもさらに暑くなるも、全ては自分達次第。創造主にでもなったような気分だ。
その後はドゥードルが姿を変えて村や町を回り、娘を差し出すように仕向ける。
突然上がった気温と、それにともなう自然環境の変化に、人々は戸惑い、不安を感じていた。
そこへ、竜の一言。
ルーチェの山の竜が若い娘を
こうなったのは「火の竜の怨念」のためで、人間に復讐しようとしているのだ、と。
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