第19話 銀の魔物

 何となく聞いた覚えがあるような。どこでそんな名前が出ただろう、とタッドが首をひねる。

「ほら、エコーバインへ来る途中、宇宙ていの中で話してたろ。ミスコンの賞をさらえてった美人だよ」

 ティファーナの機嫌が悪くなった、あの話題の主だ。

「ああ、そんな話、してたわね。それじゃ、ここはその人の別荘なの?」

「彼女の物かまでは知らないが……アイズ家のものってことなら、そうなるか」

 さすがにティファーナのコンピュータでは、館の名義までは検索できない。

「名義はいいとして……彼女、もしくは彼女の関係者が絡んでるってことよね」

「他にもアイズって名の貴族や、別荘を持てるだけの金がある同姓の奴かも知れないぜ。ここで断定はできない」

 リアンスはそう言うものの、ほぼ確定だろうな、と考えていた。有名な貴族と同姓なら、記憶に残っているはずだ。

「あ、見回りかしら。人がこっちへ来るわ。隠れないとまずいわよ」

 ティファーナが、近付いて来る人影に気付いた。

 一応、ここは私有地。勝手に入れば、放り出される。放り出されるだけならいいが、何をしに来たのかを突っ込んで問われれば答えに困る。

 タッド達は、急いで近くにあった大きな倉庫へと逃げ込んだ。

 倉庫と言っても、一般的な二階建ての家と同じようなサイズである。金持ちは倉庫まで大きい。

「うわああっ」

 倉庫に入った途端、フェオンが叫んだ。

 いつもは大人より冷静な顔をしているフェオンがこんな声を上げるなんて、余程のことだ。

 しがみつくフェオンをタッドが抱きしめてやるが、小さな身体がひどく震えている。

「落ち着いて、フェオン。大丈夫だよ。何か感じるの?」

「魔物が……竜を封じた魔物が……」

 かすれる声で、フェオンが言った。

 こんな所に魔物が? と思いながら見回す。

 タッド達が逃げ込んだ倉庫には、除雪用のロボットが置かれていた。どうやらここはロボットの保管庫らしい。傷だらけのボディは、銀色の鈍い光を放っている。

 その姿を見て、タッドはふと思い当たった。

「これが……銀の魔物か」

 フェオンがこれだけ怖がっているのだ。間違いないだろう。

 腕の部分には、雪や氷の壁を壊すためのドリルが付けられているはず。今はカバーで隠されているが、あの中に竜を封じた剣が設置されていたのだろう。

 深い雪で立ち往生しないよう、背中部分には飛行用の装置が取り付けられている。これがあれば、ドリープ火山の竜の元へ行くのも去るのも簡単だ。

 頭にあたる部分には、雪を溶かしやすくするための薬を吹き付ける口がある。あそこから、竜の動きを麻痺させる薬を噴射した可能性は大きい。

 このタイプは、リモコン操作ができるはず。安全な場所にいて、首辺りについたモニターで周囲を見ながら動かすことができるのだ。

 竜が封じられたあの日。

 フェオン達の前に現れたのは、やはり人間の作った機械だったのだ。

 大金を持つのであれば、自家用の宇宙船なりを持っているかも知れない。エコーバインからレクシーまで、この機体を運ぶのも訳ないだろう。

「フェオン、怖いだろうけど、教えてくれるかい。火の竜を封じたのは、本当にあいつ?」

 このメカを証拠にしたくても、本来雪深いエコーバインなら他の屋敷にも似たようなものはあるはず。「同じタイプ」という証言だけでは、決定的な証拠にはならない。

「……あいつだ。腕に青い紋様があった」

 言われてよく見れば、確かにそのロボットの腕の部分にマークがある。

 円の中に竜らしき動物の横顔の文様。アイズ家の紋章をかたどったものなのだろう。この家のロボットだ、という名札みたいなものだ。

「最初見た時は、狼の顔かと思った。はっきり覚えている」

 きっとフェオンの脳裏には、その形が焼き付いているのだ。

「わかった。大丈夫だよ、フェオン。怖がらなくてもいいんだ。あいつは動かない。俺達を襲って来たりはしないから。あれは、人間が作った機械なんだ。ほら、ティファーナが持ってるコンピュータと同じで、生きてはいないんだよ。感情がないってわかるだろ?」

 タッドがそう説明し、なだめる。

 だが、目の前で竜が封じられたのを見ているフェオンは、わかってはいてもすぐには落ち着かない。涙こそ見えないが、今にも泣きそうな表情。

 こんなに怖がってるフェオンを見るの、初めてだ。かわいそうに。それだけ怖かったんだ。そうだよな。竜がなす術もなく封じられたんだから。

 タッドは図書館でかけたものと同じ魔法を、そっとフェオンにかけた。タッドにしがみつく力は抜けたものの、フェオンは絶対にロボットの方を見ようとはしなかった。

「これで火の竜を封じたのは、アイズ家の誰かっていうことは間違いないわね。さらわれた女の子は、この別荘へ連れて来られたし。その理由はともかく、犯人がいるって断定できるわ」

「人間の仕業なら、警察だって動けるぜ。あの魔物も厄介だし、俺達が無理に動くよりは魔法使いの援軍を要請した方が事件解決も早いだろ」

 ここは素人が動くより、エキスパートにまかせた方がいい。

「おやおや。そういうことをされては、困りますねぇ」

 いきなり聞き覚えのない声がして、全員が倉庫の入口へ目を向けた。近付いて来た人影が、フェオンの悲鳴でこちらへ来てしまったようだ。

 長身を包む黒のスリーピースに、黒いネクタイ。黒髪はオールバック。細い黒ぶちの眼鏡をかけているが、ダテではないだろうか。その眼鏡の奥に光る目が、ひどく冷たい。アイスブルーの瞳のせいか。

 そこには三十代半ばのビジネスマン風、いや、色だけを見ていると犯罪組織の一員にも見える格好をした男が立っていた。一見すると、抜け目のないエリートという感じがする。その口元には、人を見下すような笑みを浮かべて。

「あの人間……竜珠の気配が濃い……」

 フェオンの言葉に、タッドは改めて相手を見た。こんな格好でも、魔法使いなのだろうか。

「こちらから何だか妙な気配がしたので来てみれば……。けられるようなヘマはしなかったつもりですが。どういう経路でおいでになったのか、実に興味がありますね。ぜひとも聞かせていただきたいものです。いやとはおっしゃいませんね?」

 タッドはすぐに、倉庫の周辺に結界が張られた、と知った。

 力が強い。きっと竜珠の力を応用してるんだ。ぼくの力じゃ……簡単には破れない。

「そろそろ誰かが動き出すだろうとは思っていましたが、案外早かったですねぇ」

 竜珠の気配なら、フェオンがすぐに気付くはず。だが、あのロボットに怯えたフェオンは、そしてそれをなだめていたタッドも、その気配に構っていられなかった。

「おかしな動きをしない方が、自分のためですよ。もちろん、ご承知でしょうが」

 相手が魔法使いだと知らないリアンスが動こうとするのを、言葉で止めてしまう。

「リアンス、ダメだよ。この人……魔法使いだ」

 タッドがリアンスに、危険を知らせた。リアンスは小さく舌打ちする。

「こんな所では何ですから、館の方へおいでください。ゆっくりお話をうかがいたいですからね。さぁ、どうぞ、こちらへ。そちらのお嬢さんが来てくだされば、主も非常に喜びます。今日はここに来ておりますので」

「ふぅん。ロリコンなのかしら、あなたの主って」

 黙ったままなのもシャクなので、言い返してみる。

「まさか。こんなかわいらしいお嬢さんなら、大歓迎ということですよ」

 ティファーナのいやみも、あっさりした笑顔で跳ね返されてしまう。

「さぁ、おいでください」

 タッド達にいやと言う権利はなかった。

☆☆☆

 タッド達は、館へと連れて行かれた。

 館の中に入ってはみたかったが、こんな形を望んでいた訳じゃない。

 やはり竜珠の力を利用しているらしいことは、結界を通る時にタッドにもわかった。

 術者を無視してあの倉庫を出ようとすれば、火に包まれる仕掛けになっていたのだ。

 竜珠は火の竜の持ち物だから、当然ながら属性は火。だから、使われた力も火の属性になる。

 これは火の竜の力なのに……まるで自分の力みたいに扱うなんて、絶対に許せない。

 いつもは温和な性格と言われているタッドだが、このことについては猛烈に腹が立った。

 タッドですらこうなのだから、横を歩いているフェオンはもっといきどおっているに違いない。

 男に連れられ、タッド達は応接室のような所へ通された。だが、誰もそこにあるソファに座ろうとはしない。

 ダメだ。この館全体にも、倉庫と同じ結界が張ってある。絶対に逃がさないつもりだ。

 どこかに抜け穴でもないかと気配で探ったが、アリだってノミだってここからは出られない。何とか隙をついてティファーナだけでも、と思ったが、タッドの力ではそれすらもできそうになかった。

「すぐに主も参ります。みなさん、ちょうどいい時にお越しくださいました」

「あんた、魔法使いだって? 館へ招待してくれたのは嬉しいが、名前を聞いてないぜ」

「おやおや。それは失礼しました。本名は残念ながら明かせませんが、通り名としてドゥードルと名乗らせていただいております。お見知りおきを」

 腹が立つ程、わざとらしい挨拶をする。これが「慇懃いんぎん無礼」というものか。

「ドゥードル? ……あなた、占いもやってたりするの?」

 聞き覚えのある名前。竜珠の向こうで見え隠れしていた人物。最悪の占いをして、人々を恐怖に陥れて。

「占い? そうですねぇ。その通りになるとわかっていても、占いですかね」

 今まで名前だけで、姿が見えなかった占い師。それが今、目の前にいるのだ。

「あなた、エコーバインのあちこちでおかしな占いをしてたでしょ。娘を差し出さなければ、竜の怒りで水没するとか何とか言って、村や町を脅して。人の命を一体何だと思ってるのよ」

「脅す、とは人聞きが悪い。私は竜の気持ちをそのまま伝えただけですよ」

 当然のことをして何が悪いのだ、とでも言いたげだ。

「嘘をつくな! 竜は人間を喰いたいなど、絶対に言わない。竜を見くびるなっ」

 フェオンが子どもとは思えない、厳しい口調でドゥードルを責めた。

「見くびる? そんなことはしませんよ。大切な存在なのですから」

「自分達が利用するために、でしょ?」

 ティファーナが冷たく言い放つ。

「大切なら、どうして火の竜を氷の剣で封じるのよ。エコーバインに存在しない竜を仕立て上げて、みんなを脅して。あたしは魔法使いじゃないし、竜のすごさをそれ程はわかってないけど、人間の勝手で利用していい訳がないことだけはわかってるわ」

「ほう、火の竜を封じたことまでご存じですか……」

 眼鏡の奥の目が、怪しく光った。

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