第18話 追跡

 いまだに計画を知らされていないので、タッドは心配になってきた。ダメ元で聞いてみる。

「待って。来たわ」

「え、もう来た?」

 赤い物体が、空を飛んでいるのが見えた。竜の威をかる魔物だ。恐らく、昨日と同じ魔物だろう。

「ずいぶんと早いな。ったく、どこで様子を見ているんだか」

 リアンスがつぶやきながら、ポケットから何か取り出す。それを見て、タッドは驚いた。

「ちょっ、ちょっとリアンス。何を持ってるんだよ。そんなの、魔物には効かないって」

 リアンスが取り出したのは、小型の拳銃だった。彼の手の中にすっぽりと収まるサイズで、今まで彼がそんなものを持っているなんて全く気付かなかった。どこで入手したのだろう。

 それはともかくとして、魔物を相手に拳銃などで撃ったとしても、大したダメージは与えられない。

「お前が思っているより、この仕事もハードでな。自分の身を守るために持ってるんだ」

 それはつまり、レプリカではない、ということか。

「そ、そうなの? って、そんなこと聞いてるんじゃなくて、何をするつもりなんだよ」

「拳銃ってのは、ターゲットに向けて発射するための道具だ。何を、なんて決まってるだろうが」

 二人して話している間に、魔物は哀れな少女へ向かって急降下し、あっさりと獲物をかっさらう。

 どんなに叫んでも、助けに来る人は誰もいない。広い湖面に、少女の甲高い悲鳴だけがすべってゆく。

 リアンスは安全装置を外して構えると、飛び去る魔物へ向けて二発発射した。消音器でも付けているのか、発砲音はほとんどしない。

「何も起きないようだが……?」

「だから効果はないんだってば」

 フェオンが魔物を見送り、タッドはため息をつく。

「フェオンは何か聞いてた?」

「聞いたが、よくわからない」

 フェオンには理解不能な言葉で、計画が練られていたのだろう。

「んふ。オッケー。感度良好。行き先はバッチリ」

 セリフの後に、ハートマークでも付きそうな口調のティファーナ。タッドが不思議に思って振り返ると、彼女は持っていたコンピュータを開いてキーを叩いている。

「さっすがリアンス。射撃の腕は相変わらず最高ね」

「当然。射撃大会じゃ、いつだって優勝候補だぜ」

「あら、候補だなんて、控えめね」

「奥ゆかしいって奴だ」

「リアンスがそれを言う?」

 ティファーナがけたけた笑う。

「あのー……よければ説明してもらいたいんだけど」

 タッドは遠慮がちに、二人の会話に割り込んだ。

「言ったろ。ティファーナの技術と、俺の腕だって」

「えっと……うん、まぁ、それはさっき聞いたけどさ」

「あのね。さっきリアンスが撃った弾は、あたしが昨夜造った発信機なの」

 ティファーナが自慢げに説明する。聞かされたタッドは、呆然となった。

「昨日みたいに直接あの魔物に対抗したって、あたし達じゃかなわないでしょ。タッドも防御するのが精一杯だったし。相手は竜の力だもんね。だから、その力に触れずに、何とか黒幕の所まで行けないかって考えたの。あっちは空を飛ぶけど、人間は何かに乗らないと追い掛けられない。だけど、ヘリだとかその類に乗れば、音に気付かれるだろうしね」

 地上から上を見ながら、車などで追い掛けるのも無理だ。地形によっては限界がある。

 魔法使いは魔獣の力を借りたりするらしいが、今までタッドからそんな話は出なかった。たぶん、タッドは魔獣に頼れないのだ。

 それなら、どうすればいいか。

 誰かに追い掛けてもらえばいいのだ。魔物に気付かれないように、気付かれてもケガの心配なんかしなくて済む誰かに。

 そうなるともちろん、人間には無理。それなら……。

「黒幕が使ったのと同じ方法を、あたし達も使うことにしたの。それに、ほら、タッドも言ってたでしょ。発信機みたいなものでも付けられたらって。それを思い出したのよ」

 竜を封じる時、相手はメカを使って奇襲をかけた。

 なら、こちらも機械に頼ればいい。

「今、あの魔物は東へ向かって飛んでる。女の子もまだ一緒よ。魔物が戻る場所と女の子が連れて行かれる場所が別でも、リアンスが両方に発信機を付けてくれたから、別れてもそれぞれの居場所はわかるわ」

 ティファーナの説明に、タッドはただ感心して聞いているしかなかった。自分が眠っている間に、二人はこんな計画をたてていたのだ。

 フェオンが聞いてもわからなかったのは、発信機なる物の言葉や使用目的がわからなかったためだろう。

「女の子がいる場所を調べれば、何かわかるはずよ」

 この際、魔物がどこへ行くのかはおいておくとして、女の子が連れて行かれた場所には黒幕の関係者が必ず姿を現わすはず。魔物は押さえられなくても、人間ならできる。

「わざわざ動かなくたって、行き先はわかるもんねー。人間の技術をなめるんじゃないわよ」

 鼻歌でも出そうな様子で、ティファーナはキーを叩く。地図と重ねているらしい。

「こういう計画を立てたのもすごいけど、簡単に発信機を作る方がもっとすごい……」

「結構簡単なのよ。材料があまりなかったから、ちゃっちいのしかできなかったけど」

 その「ちゃっちい」物だって、普通の人には彼女が言う程「簡単」ではないと思うのだが……。

 これだと、研究者と言うより、技術者と言う方がしっくりくる。ティファーナならどちらの道へ進んでもいけそうだ。

「ティファーナ、奴はどの辺りへ向かってるんだ?」

「えーとね。このまま行くと、ビィノースの山に当たるわね」

 点滅する点が重なっているところを見ると、魔物はまだ少女と一緒のようだ。

「あれ、ルーチェの山じゃないんだ。占い師はその山の竜がって言って……バカ正直に自分達がいる場所を言ったりはしないか。一番高い山の名前を出せば、それらしく聞こえるからってことだろうね」

「ビィノースの山ねぇ。あそこは金持ちが別荘をよく建てる所だって聞くぞ」

 ゆるやかなスロープに適度な雪が積もり、すべりやすいコースだとスキーヤーには好評な山だ。しかし、金に物を言わせ、それらを買い占めるやからがいたりする。

 エコーバインの法律で、土地を買い占めることが禁止されるようになったが、それでも自前のスキーコースを造る成金のような輩はまだ残っている。法律の施行せこう前に買った土地は、返還要求がされなかったためだ。

 だから、ビィノースの山の表半分は一般人が楽しむスペースだが、裏半分は私有地として立入禁止になっていたりする。

 さらわれた少女達がその立入禁止区域に連れて行かれていれば、見付かりにくい。通りがかりの人が「何か怪しい」と気付くことがないからだ。

「こうなったら、忍び込むしかないわ」

 そんなことをあっさり言うティファーナ。

「俺達がここにいても、位置がわかるだけだ。何かあっても助けられないぜ」

「竜珠を持った誰かが、そこに現れるかも知れない。なら、行かねば」

 なぜか、みんなの目がタッドの方に注がれる。見られたタッドは小さくため息をついた。

「……それしか方法がないなら、仕方ないよね」

「決まり! リアンス、ビィノースの山まで大至急よ」

 車まで戻るべく、全員が走り出した。

☆☆☆

 ティファーナがコンピュータで出した画面に従い、リアンスは目的地へ向かって車を走らせた。ちゃんと舗装された道が続いている。

 本当なら雪があるはずのここビィノースの山も、竜珠の影響で普通の山と変わらない。もし今回の黒幕がこの山にいて、竜珠を持っているのなら、ここが一番影響を受けているはずだ。

 やはりそのせいだろうか。

 この星へ来てから、一番気温が高く感じられる。実際、高くなっているはずだ。

 今までよりずっと暖かいし、町中とは違って雪山なのに雪は日陰にすら残っておらず、土肌がさらされている。ぬかるんですらいない。

 きっと雪崩が起きる以前に、高温で雪は溶かされたに違いない。この周辺の土地は災害などが起きたりしなかったのだろうか。

 ずっと道なりに進んで行くと、白い壁の洋館が現れた。

 玄関への階段や窓枠などが柔らかな茶色でアクセントが付けられ、屋根も同じような明るい茶色。

 ホテルとまではいかなくても、ちょっと大きなペンションという外観だ。

「ここ、別荘なんだろ。ぼくの家よりもでかいよ。何をやってかせげば、こんなのが建てられるんだろ」

 車を離れた場所に置き、洋館のそばまで来たタッドは、建物を見てそうつぶやいた。

「タッド、所帯じみたことを言うなよ。結婚してるならともかく」

 タッドのつぶやきを聞いたリアンスが、横であきれている。

「え、所帯じみてた? そうかな。素直に感想を述べただけだよ」

「もう、そんなことはいいから。魔物も女の子も、ここへ来てるわ。あれ? ……魔物の方は消えてる」

 発信機の光は、二つに分かれることなくここへ着いた。つまり、女の子をさらった魔物は、この館の敷地内へ来たのだ。

 消えている、ということは、役目が終わって存在を消されたのだろう。どう消えたのかはわからないが、電波の届かない場所へ消えた、もしくは戻されたのだ。

 単に遠くなのか、異空間かまではわからない。

 でも、女の子の方は光がまだ点滅している。となれば、魔物を操っている人物、女の子を必要とする人物もここにいる。もしくは、現れるということになる。

「竜珠の気配が今までになく、濃い。この近くにあるはずだ」

 フェオンがそう言うのなら、竜珠に関しては確実だ。

「まさに敵のアジト発見ってところかしら。さてと。ここからどうする?」

「竜珠があるなら、無関係とは言わせない。一気に乗り込む……といきたいところだが、例の魔物がいるだろ。消えたと言ってもどこから出て来るか、わからないからな。へたすりゃ、こっちが自滅だ。それに、黒幕が誰かってのを先に確かめないとな」

「うん、正面突破は危ないよ」

 魔物もいる敵のテリトリー内だ。慎重になるに超したことはない。

「ティファーナ、この別荘が誰のものかっていうのはわからない?」

「待って。地図を拡大すれば、映るかも。個人のものだと表示拒否されることもあるけど、やってみる」

 ティファーナが、急いでコンピュータのキーを叩く。

「あ、出たわ。えーとね。アイズって出てるわ。アイズ家の別荘ってことね」

 この辺り一帯はアイズ家の敷地、ということだろう。

「アイズ? どこかで聞いた気がするな。アイズってのは、確かエコーバインの有名な貴族で……あ、そうだ。クオーリアのファミリーネームが確かアイズだったはずだぜ」

「クオーリアって……誰だっけ?」

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