第17話 新情報と計画

 わずかな氷と今日・明日の分の食糧を調達してきたリアンスは、同時に新しい情報も仕入れてきた。

「ええっ、次に狙われてるらしい場所がわかった? 昨日の噂もそうだけど、どうやってそんなことを調べたの」

「エコーバインには何度か来てるってことは、話したよな? まぁ、何だかんだで顔見知りがいるから、そいつらに聞いたんだよ。状況がこんなだし、地元の奴らはかなり耳ざとくなってるんだ」

 どういう情報網なのか、ローテアの村で少女が生け贄として差し出されたらしい、という噂がもうすでに一部で広がっているらしい。

 そして、次に例の占い師が現れた場所が、オーラムという村だという。

 これはあくまでも噂なので、どこまで信憑性があるかは疑問。

 だが、ローテアの村のことがすでに知られているのを考えれば、かなり確かな情報と言えそうだ。

 オーラムの村は、すぐ近くに雪山がある。それが近日の気温上昇で、いつ雪崩が起きてもおかしくない状態。

 占い師の言葉がなくても、村人は緊張した日々を送っていた。雪崩の規模によっては、村を飲み込み壊滅の危機。

「やっぱり同じような方法で、相手は女の子をさらうつもりかしら」

「あんな魔物が出たら、普通の人間なら逃げちまうだろうからな」

 ティファーナ達のようにその正体を確かめようとする人間がいても、そこへ魔物が現れればそれどころではなくなる。魔物はゆうゆうと、少女をさらえるのだ。

 今回の異常気象について、エコーバインの魔法使いは特に動きを見せていない。ティファーナ達は竜珠が関わっていると知っているが、それを知らない魔法使いは、気象に関しては自分達の出る幕ではない、と思っているのだろう。

 少女をさらった時に現れた魔物はともかく、魔物が何かしらの力を使って寒い星をこんなふうに変えた訳ではないから、その点については「魔法使いが動かなくてはいけない」という意識などないのだ。

「あの魔物のそばには、竜珠がある。だから、魔物も竜に近い気配を持つ。もし魔法使いが来ても、それが竜の気配ではないかとわかる者であれば、占い師が言うように、竜が人間を求めていると信じてしまう」

 ここ何年も竜の存在が確認されてないのだから、竜の気配がわかる者はいないだろう。

 だが、普通の魔物とは違う。もちろん、人間の気配でもない。となれば……最後に出て来るのは、占い師の言う「竜」という存在。

 あの魔物は、竜が出した使いの魔物ではないか。

 魔法使いがそういうことを言えば、占い師の占いは当たっていたのだ、と人々は信じる。

 実際、フェオンは竜珠の気配を感じているのだから、事情を知らない魔法使いなら本当に竜の仕業だと思い込むはずだ。

「ちぇっ。手が込んでると言うか、用意周到と言うか」

 本物の竜を出さなくても、竜珠のおかげで人々は架空の竜を本物だと認識するのだ。魔法使いが怪しいと感じて捜査を始めたとしても、竜珠のおかげで逆に竜の存在に信憑性が生まれ、誰も逆らえなくなる。

 黒幕にすれば、むしろ魔法使いが捜査に乗り出してくれた方が、邪魔になるどころかかえって自分達の計画をスムーズに遂行できて都合がいい、という訳だ。

 今頃、早く魔法使いが調べ始めろ、などと思っているかも知れない。

「やってくれるじゃない。どこまで計画的なのかしら」

「まったくだ。竜を封じてまで何をしたいんだかな。相当やばいことを考えていやがるぜ」

「あの魔物に手を出したら、またタッドみたいになりかねないのよね。どうすればいいかしら」

 魔法のことはよくわからないが、黒幕が竜の力を借りているのであれば、一筋縄ではいかない。タッドがどんなに優れた魔法使いであっても、竜の力に対抗するにはあまりに格差がありすぎる。

 まずはあの魔物をどうにかしなければ、黒幕の所へたどり着くことはできない。

 あれこれ考えるティファーナの頭に、昼間のタッドが口にしたある言葉がふいに浮かんだ。

「……つまり、あたし達があの魔物に直接関わらなきゃいいのよね。わざわざ対峙たいじしなくていいんだわ」

「そりゃそうだが……ティファーナ、何かいい案でもあるのか?」

 魔物に対抗しようとするからいけないのだ。

 だが、魔物を操っている黒幕は普通の人間、もしくは魔法使い。あの魔物はすっとばして、どうにか黒幕のいる場所まで行ければ。

「うん。あたしは下準備をするわ。リアンスは本番にお願いね」

「本番って……あまりおかしなことはさせないでくれよ」

 リアンスはもちろん、フェオンもティファーナがしようとしていることがわからない。

「ティファーナ、何をするつもりだ? 普通の人間が、魔物に対抗するのか?」

 しかも、相手はただの魔物ではない。竜の力を持つ、非常に厄介な魔物だ。

「あっちが魔法なら、こっちは人間の技術力で勝負しようってことよ」

 ティファーナのウインクが、見事に決まった。

☆☆☆

 次の朝。

 薬が効いたのか、タッドは元気よく目を覚ました。もちろん、熱はすっかり下がっている。

「歩き出そうとしてから今朝まで、記憶が抜けてる……」

 少女が魔物にさらわれてしまい、何か手掛かりを探そうと歩き出して……それっきり。

「そりゃ、ずっと眠ってたんだから、記憶なんてないさ。あるとしたら、夢の記憶くらいだろ」

 フェオンがこっそりティファーナの方を見たが、彼女は人差し指を口に当てた。

「タッドが眠ってる間に、多少の進展があったんだ。今日はオーラムって村へ行くぞ」

「オーラム? どうしてそこに?」

「いいから。ほら、出掛けるぜ」

 何がどう進展したのか説明を受ける間もなく、タッドは引っ張り出される。

「昨日と同じことが、オーラムの村でもあるらしいの。それを見届けに行くのよ」

 オーラムの村へ向かう車の中で、ようやくティファーナが説明してくれた。

 もっとも、かなり大雑把だ。

「昨日の今日で、また同じこと? ずいぶん次の行動が早いな。何か焦ってるのかも」

「今日だけじゃないぜ。連続でいついつに娘を差し出せって、あちこちで言われてるらしい。昨日のは手始めだったってことだ。竜珠をコントロールしきれていないんじゃないかって、フェオンも言ってる。放っておいたら、脅す前に村や町が本当に水没したり、雪崩なだれで埋まりかねないからな。そうなる前に、いただくものはさっさといただくつもりなんだろう」

 明日はあちらの村、明後日はこちらの町で、というように指定されているのだという。

「そんなに多くの場所で事件が起きてるのに、警察関係は動かないままなのかな」

 これだけ話が出ていれば、さすがに怪しい、となりそうなものだ。

「水面下では動き出したらしいが、人間が犯人という証拠が掴めないみたいだぜ」

「例の占い師、自分の『予言』を言ったら、さっさと消えてしまうみたいよ」

「まぁ……後ろめたいことをしているなら、ずっとそこにはいないよね」

 警察もずっと手をこまねいている訳ではないようだが、手がかりがないのだ。

「どんな者が竜珠を握っているにしろ、人間に扱えるものではない」

「そういうことに思い至らないんだろうなぁ。きっと自信過剰なタイプなんだよ」

「竜珠の力が想像以上に手強いって事実を、計画に入れなかったっていうのが誤算よね」

「そうやって日を指定して、昨日みたいにあの魔物をよこすつもりなのかな」

「恐らくな。だが、今日はこっちだってヘマはしない。タッド、手は出すなよ。今日は俺の番だ」

「え?」

 リアンスのそんな言葉に、タッドはきょとんとなる。

「俺の番って……? それにぼく、昨日は何もしてないよ。防御してただけだし」

「お姫様を守ったナイトのくせに。まぁ、いい。今日は防御も必要ない」

「必要ないって……リアンスは何をするつもりなんだよ」

「ティファーナの技術と俺の腕で、黒幕を締め上げてやるのさ」

 そういう説明のされ方をしても、さっぱりわからない。

「まぁ、うだうだ説明するより、見てればいいってことだ」

「あたしも、昨日みたいにいきなり出て行ったりしないから」

 そうしてもらえれば、タッドも慌てなくて済むからありがたいが……。

 どういう計画があるにしろ、魔法を使うであろう人間相手に魔法を使えない人間が向かって行くなんて、かなり危険ではないのか。

 結局、タッドはちゃんとした説明をしてもらえないまま、オーラムの村付近まで来た。

 昨日と同じように目立たない所で車を停め、村の様子を探る。街の中より空気がずっと冷たいが、それでも雪崩が起きないでいるぎりぎりの気温なのだろう。

 さらに村へ近付くにつれ、どこからかすすり泣く声が聞こえた。人柱になる娘やその家族が泣いているのだろうか。

 村全体が重苦しい雰囲気に包まれている。

 設定が何百年も前の、ドラマを観ている気分だ。しかし、現実に起きていること。

 やがて、数人の住民がかたまって、村の外へ出て行くのが見えた。

「真ん中に女の子がいる。昨日と同じ状況ね。今から竜の所へ行くんだわ」

「まさか竜とは全然違う魔物が出て来る、とは思ってないだろうけどね」

 男達に囲まれ、中央に青白い顔の少女が見える。ローテアの村と同じ光景だ。あの少女は、どういう基準で選ばれたのだろう。

 タッド達も昨日と同じく、住民達に気付かれないようにしてこっそりと後をつける。

 村人は雪崩の危険がある山とは反対の、小さな湖のある方へと向かっていた。水神を奉ってあるのだろうほこらの近くまで来ると、男達は少女を置いて村へと逃げるようにして戻る。

 後には、泣きじゃくる少女が残された。

「昨日と違って、ここは見晴らしがいいわね。あの子が逃げても、すぐにわかりそう」

「ローテアの村みたいに岩山が近くにないから、逆にこんな場所を選びやがったな」

 岩山は足場が悪くて逃げられない。湖のそばは何もないので見晴らしがよく、隠れる場所がないのでやっぱり逃げられない。

「早い話、どっちも逃げられないってことよね。悪知恵ってこういうのを言うのよ」

「こんな場所だと、魔物の姿も見られる可能性が大きい。わざと魔物の存在を人間に認識させようってハラかも知れないぜ。おかしな抵抗をしないように」

 本当に竜が、もしくは竜の使いが来るのかと、タッド達のようにどこかで隠れて見ている人間がいるかも知れない。

 そこへ本当に魔物が現れれば。

 魔物が現実なら、竜も現実だと認めざるをえなくなる。

 少なくとも、人間以外の仕業だと考えるようになるだろう。あまりにも魔物の現れるタイミングがよすぎるから。

 仮にタッド達が、魔法使いなら自由に魔物を呼び出せる、と話したとしても、その光景を見た住民はすぐに納得はしないだろう。

「ねぇ、そろそろ何をするつもりなのか、教えてもらえないかな」

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