第16話 協力した理由
タッドは意識のないまま、水を飲む。口の中を確認したが、錠剤は残っていないようだ。
「……ん、これでいいわね。この薬が効いて熱が下がってくれるといいんだけど。……あっと」
タッドに薬を飲ませてから、遅ればせながらティファーナはフェオンの存在に気付く。
今までずっとそばにいるとわかっていたはずなのに、なぜだかすっかりここにいることを忘れていたのだ。
「フェオン、今の……内緒だからね」
「今の、とは何のことだ?」
「えっと、だから……その」
フェオンが意地悪を言っている訳ではない、とわかっていても、そういう言われ方をすると返事に困る。
「薬を飲ませたことか?」
「そう。タッドにも、それからリアンスにも言っちゃダメよ」
「飲ませろと言われていたから、リアンスはわかっているだろう」
やはりわかっていて、からかっているのだろうか。いや、フェオンは本当に何もわかっていない。
「そういうことじゃなくって……その、どうやったかってこと」
「口移しで飲ませた、ということか? なぜ内緒にする? 悪いことなのか?」
「そうじゃないけど……大きくなればわかるわ。とにかく、内緒。ね?」
フェオンはまだ納得していないような表情をしていたが、ゆっくりうなずいた。
「ティファーナがそう言うのなら、内緒にしておく」
「うん、そうしてくれると助かるわ。お願いね、フェオン」
今更ながら、自分でもよくあんなことをしたな、と思う。顔が赤くなってきた。
「ティファーナ、顔が赤いぞ。タッドの熱がうつることはないはずだが……」
「ち、違うわよ。熱があるとか、そんなじゃないから」
そんなことを言われると、余計に意識してしまう。
「……ティファーナは、タッドのことが好きなのか?」
いきなり直球で聞かれ、ティファーナはあやうくイスから落ちそうになった。
「あ、あのねー。何をいきなり……びっくりするじゃないの」
まさかフェオンから、こんなすごいフェイントをかけられるとは思わなかった。
「聞いたことがある。動物達のそれとは違い、人間は好きな者同士が口で触れ合うのだ、と」
人間でも精霊でも、子どもはそういうことに関しては耳が早かったりするらしい。何だか少し親近感がわいてくる。
「キスのこと、よね? あなた達でも、そういう話をするのね」
「私には難しいことはよくわからないが」
「別に難しくは……難しい時もあるかしら」
ティファーナは、タッドの頬にぬれたタオルを当てた。
「どうせ隠しても、きっとフェオンにはわかっちゃうわよね。……そうよ。あたしはタッドが好き」
タッドはまだ眠ったままだ。聞いてほしいような、ほしくないような、複雑な気分になる。
「タッドのおじいさんが、タッドがドリープ火山を降りたかどうかわかる方法はないかって探してた。あたしはおじさんからそれを聞いて、すごく興味がわいて手を上げたのよ」
タッドが来る三日前にジャンティの町へ来て、ティファーナも町の周辺がおかしいことはわかっていた。
町長である叔父がばたばたと走り回っていたし、何よりも気温がいつもと違う。
やがて、この町では見ることのない雪が降り始めたのだ。
え、この町でも雪が降るの? 待って、今の季節って夏よね?
何か大きな事件でも起きない限り、気温が下がってきた、だの、雪が降ったというくらいでは行政は調査などしてくれない。
だが、事態の異常さに、町の人達の不安はつのるばかりだ。
さすがに町でも調査が始まったが、これという理由は見付からない。
やがて、雪はひざ辺りまで積もる。
そして……魔法使いがその原因究明に乗り出した、と聞いた。
ティファーナには色んな知り合いがいるが、周囲に魔法使いや魔法に縁のある人だけはいない。父の仕事が研究だから、魔法に対して懐疑的な人が多かったせいだろうか。
魔法使いが近くにいる、というだけで、とてもどきどきした。
町の事情を考えればそんな場合ではないのだが、ティファーナは本当にわくわくしていたのだ。
魔法使いという、自分にとって珍しく、そして憧れの存在に対して。
叔父達がタッドの居場所を見付ける方法を模索していた時、迷うことなく手を上げた。山にいることはわかっているのだから、捜索はそう難しくない。
ここで何かしらの作業に加わっていれば、全くの無関係ではなくなる。
それだけでも、何だか嬉しかった。
魔法使いは山を降りたらしいとわかり、みんなが彼を迎えに行くと聞くと、当然のように同行した。そして、山から降りて来た魔法使いに会ったのだ。
最初は少し驚いた。
若い魔法使いだとは聞いていたが、どう見ても同級生くらいの年頃。離れていても、一つか二つくらいだ。
後で本当に同い年だと聞き、そんな年で魔法が使えるなんて、と感動に近いものを感じた。
魔法学院へ行けば、彼のような子がたくさんいるということくらい、もちろんわかっている。だが、目の前にいる、というだけでティファーナにとっては感動ものなのだ。
何でもないような顔で立っていても、彼は魔法が使える、というだけで。
そんなに魔法使いに憧れるなら、自分がなれば?
何度かそんなことを、周囲の人から言われた。
でも、違う。なりたい訳じゃない。
魔法使いに憧れるが、自分が魔法を使おう、という気持ちはないのだ。
魔法使いを見たい。近くに感じたい。
有名人を見たい、握手したいと思うが、自分が有名になりたいとは思わない、みたいなものだ。
あくまでも、純粋な憧れ。
「それに、黒髪っていうのも大きな要素なのよね」
「魔法使いと何か関係があるのか?」
「あたしにとっては、ね」
幼い頃読んだ本に載っていた魔法使いが、黒髪だった。もちろん、いい魔法使い。いわゆる英雄だった。
そのせいか「黒髪の魔法使い」に強い憧れのようなものをティファーナは抱いているのだ。
黒髪はどこか神秘的なものを感じる。黒い瞳は理知的に見える。
物語には他にも魔法使いが登場していたが、彼が一番魅力的だった。
長くきれいな指が杖を握り、その口からは歌のような呪文が流れる。魔法使いの身体が光り、黒髪が風になびく。彼のその力で、悪しき魔物は消え去り、大地に聖なる力が再びよみがえる。
黒髪の魔法使いが出て来る本は、ページがすり切れてしまう程、繰り返し読んだ。読む
物語の中の彼は、完全にティファーナの心をとらえていたのだ。
だから、初めてタッドを見た時、本当にびっくりした。その理想の魔法使いが、まさに自分の目の前に現れたのだから。ますますテンションが上がるというもの。
長くはないが、柔らかそうな黒髪。静かな黒い瞳。精悍な顔、というのではないが、目鼻立ちは整っている。穏やかそうな表情。背も高い。
「早い話、好みのタイプって訳」
「このみのたいぷ?」
「えーと……つまり、好きになる条件がいっぱいってこと」
さらに付け加えるならば、一目惚れ、という言葉だろうか。ずっと憧れていた人と同じ要素がたくさんあるのだから、さもありなん。
竜を助けるために、行動を起こさなければならない。だが、どこから手を付けるべきか、で彼は困っていた。
手を貸したいが、竜が相手では自分の出番はなさそうだ。得意なジャンルとは言いかねる。魔法関係では、どうがんばっても動きがとりづらい。
下手に手を出して失敗し、彼にあきれられることは避けたかった。
そこへフェオンが、剣の一部である氷を差し出す。
あれを調べるのなら、自分にだってできる。いや、今ここにいる中では、きっと自分だけができること。
「調べることが好きなのは、本当よ。でも、あたしがやるって申し出れば、彼といられると思ったの」
こうして白状すれば、竜珠捜しの動機は不純。でも、思った通りに行動するのが、ティファーナの身上だ。
それに、一人より二人で捜した方が、竜を助ける方法も早く見付かるはず。
もっとも……今回は自分の行動で、彼に大きな迷惑をかけてしまった。今ベッドでタッドが横たわっているのは、間違いなく自分のせいだ。
「あたしをかばったせいね。あの時は、何も考えないで動いちゃったから」
女の子が目の前で魔物に連れ去られるのを、ただ黙って見ていられなかった。人間が来て連れて行くなら、こっそり後を尾行しようとしただろう。
だが、あんな魔物が現れるとは思わず、このまま彼女を放っておいてはいけない気がした。
今になって落ち着いて考えると、よくあんな魔物を相手に素手で向かおうとしたものだ、と自分でも思う。
リアンスが言った通り、無鉄砲だった。死んでいたとしても、文句は言えない。
そんな自分を、タッドは自らの身を盾にしてかばってくれた。あんな危険な状況から。下手すれば、命を落としかねないにも関わらず。
実際、フェオンがいなければ、今頃タッドは瀕死、もしくは最悪の状態になっていたかも知れない。
きっとタッドは、それがティファーナだから、なんてことは考えず、勢いであんな行動を取ったのだろう。あれがフェオンやリアンスだったとしても、同じことをしたに違いない。
だが、それでも。
ティファーナがタッドにかばってもらった、という事実は、絶対に消えないのだ。
「きっと、タッドから魔法使いって要素を除いても、好きになっちゃってるわね」
氷の成分がエコーバインのものらしい、と結果を出した時。
タッドに礼を言われ、もうこれっきりになってしまうのか、と悲しくなった。きっと端から見れば、悲しいなんて感情などまるでなさそうに思われただろう。
しかし、当の本人は。恋人同士でもないのに、まるで別れ話でも切り出されたみたいに感じてしまったのだ。
もう終わりなの? と。
そのまま「がんばってね」などとはとても言えず、言いたくなくて。かなり強引に連れて行けとせまってしまった。
どうしても、もう少し彼と一緒にいたかったから。ここで切り離されるなんていやだ。
話が進むうちに魔法がかなり関わってきて、次第に自分が役に立つ場面が減るかも知れないとは思ったが、どうしても。
自分でこうして話していても恥ずかしいが、フェオンになら話してもいいように思えた。
その不思議な赤い瞳のせいだろうか。透明な、でもどこか温かな赤い瞳を見ていると、自分の気持ちを隠さない方がいいように思えてくる。
「ティファーナは魔法使いではないから、魔法の気配はないが」
黙って聞いていたフェオンが、ゆっくりと口を開く。
「それ以外の気は、タッドとどこか似たところがある」
「気が似てるって……それはどういう意味なの?」
「互いを跳ね返さない、ということだ」
よくわからないが、人間が使う表現で言うところの、相性がいい、ということだろうか。
「人間じゃないから当然だけど……フェオンって不思議ね」
「そうか? 私には、人間の方がずっと不思議に思える」
お互いが顔を見合わせ、同時に笑みを浮かべた時。
扉が開いてリアンスが戻って来た。
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