第15話 竜珠の力とタッド

 魔物は関係のない人間を相手にする気はないのか、タッドが飛ばされたのを見ると空の彼方へと消えてしまう。しっかりとその足に、少女を捕まえたまま。

 相手が飛んでいては、飛行機も翼もない人間には、追い掛けられない。

 ティファーナ達はただ呆然と、魔物の後ろ姿を見送るだけ。

 そんなことより、今は飛ばされたタッドの方が大切だ。

「タッド! タッド、大丈夫? しっかりして。死なないで」

 ティファーナが、慌てて倒れているタッドへ駆け寄った。少し遅れて、フェオンとリアンスもこちらへ来る。

「いたた……まだ死んだりしないよ」

 タッドがゆっくり起きあがった。

「タッド……お前、ケガはないのか?」

「少し手をすりむいたけど、どうにか」

 飛ばされて地面をバウンドし、その時に手のひらをすりむいた。腰や背中を打ったりもしたが、歩くのに困る程の衝撃は受けていない。

 防御の壁があったおかげで、火の勢いが弱まっていたのだろう。

 あんな大きな魔物の攻撃を受けてこの程度で済んだのだから、運がよかった。

「ごめん、逃げられたね。ティファーナ、きみは大丈夫だった?」

「あたしは平気よ。タッドがかばってくれたもの。ありがとう」

 とっさにティファーナを突き飛ばしたものの、タッドの出した壁に当たった火が周囲に飛び散って、火傷していないか心配だった。

 もっと力があれば、防御の壁をドーム状にして、みんなをしっかり守ることだってできるのに。

 そう考えると、タッドは悔しかった。

「フェオンはケガしてないかい?」

「私の所まで、火は飛んで来ていない」

 ティファーナが飛び出し、その後をタッドやリアンスが追った。

 幸いと言おうか、フェオンは出遅れたので、被害はなかったのだ。

「ティファーナ、無鉄砲にも程があるぞ。あんな得たいの知れない魔物に丸腰で向かおうだなんて、殺してくださいって言ってるのと同じだぜ。叫んだ時は、本気でどうしようかと思った。こんな冷や汗、久しぶりだ」

「ごめんなさい」

 止める間もなく、ティファーナは魔物に向かって怒鳴っていた。

 あの魔物が一度しか攻撃をしなかったからよかったものの、全滅させられるきっかけになったかも知れない。

 リアンスはタッドに突き飛ばされた彼女を自分の方へ引っ張ったものの、巨大な火の弾から身を隠せるような場所など近くにはなく、魔物を相手にしたことなんて当然ない。ここで人生が終わるのか、と本気で思ったくらいだ。

「あの魔物、どこへ向かったんだろう。せめて、目印になるものを付けられていたら……」

 発信機のようなものを付けられたら、事態はもっと違う流れになっていたはず。

「タッド、そうぜいたくは言うなって。まさかあんなのが来るとは思わないし、こんな所へ来る予定だってなかったんだから、何の用意もない。さっきは自分を守るだけで、みんな精一杯だったんだからな。他にまで手は回らないさ」

「あの女の子、すぐに殺されたりしなきゃいいんだけど」

「うん。女の子を要求する目的がまだわからないから、それが一番心配だね」

 今はただ、彼女の無事を祈るだけしか、タッド達にはできない。

「彼女が立っていた辺り、何か手掛かりになるようなものが残ってないかな」

「あんな魔物が落とし物をするとも思えないけど、探してみましょ」

 恐らく獲物を運ぶ役目しかないのだろうが、確認してみるに超したことはない。

 魔物がこちらを攻撃するために旋回せんかいしたことで何か落とした、ということもありえる。

「それが俺達にもわかる証拠だといいけどな。……タッド? おい、本当に大丈夫か?」

 歩き出すタッドの足下がふらついていることに、リアンスが気付いた。

「うん……何だか……暑くて……」

「暑い、か? この気温が?」

 雪と氷が年中あるこの星にすれば、今の気温は間違いなく高い。

 だが、ここレクシーの星では、これだと小春日和と呼ばれるような穏やかな天気。

 それでも、吐く息が白くなるのだから、気温としては寒い。

 なのに、よく見ればタッドはひどい汗をかいていた。

 おかしいな。さっきから急に身体が熱くなってきてる。あの魔物の火のせい? だけど、火傷をした訳じゃないし……。あれ、地面が揺れてる。地震? まさか、ここって火山じゃないよな。あ、氷の星でそんな訳ないか。どんどん地面が傾いてる。いくら坂道だからって、やばくないか、これ……。

「タッド、座れ。さっきから、お前のオーラがひどく弱まっている」

 フェオンに言われるまでもなく、タッドはその場に崩れかけた。慌ててリアンスが支える。

「おい、タッド……なっ、お前、すごく熱いじゃないか。こんなになるまで黙ってるなよ。どうしてここまで無理するんだ」

 リアンスが怒鳴るが、もうタッドに意識はなかった。

 触れた身体は熱く、汗が流れる。呼吸も荒くなっていた。

 ついさっきまでは普通に歩き、何でもない顔で話をしていたから、この熱はやはりあの魔物の攻撃を受けたため、と考えるべきだろう。

「タッド、しっかりして。……やっぱりあの火のせい? ど、どうしよう」

「どうしようったってなぁ……。とりあえず、ホテルへ連れて帰ろう。休ませないと」

「待て」

 タッドを担ごうとしたリアンスを、フェオンが止めた。

「タッドから、竜珠の気配がする」

「どういうこと? タッドは竜珠なんて持ってないのに」

「さっきの魔物の火は、竜珠の力を借りたものだろう。タッドはその力を浴びたために、こうなった。今、タッドの身体を、火の竜の力が覆い尽くしている」

 火の力がタッドを包み込み、そのためにタッドの身体は熱くなっている。

「あたし達の目には見えないけど……竜の火に焼かれてる状態って訳?」

「簡単に言えば、そんな感じだ」

「それじゃ、どうしたらいいの」

 フェオンはあっさりと肯定するが、これは一大事ではないのか。

 このまま連れて帰っても、竜の力を消さなければタッドの熱は上がる一方だ。

 人間が熱にいつまでもつかはともかく、このまま上がれば間違いなく死に至る。そうならなくても、脳に異常をきたすだろう。

 今のタッドは、危篤状態になっているのだ。

「私がやってみる。タッドを覆っている竜の力を、取り除けばいいはずだ」

「フェオン、できるの?」

「取り去るだけなら」

 リアンスがタッドを座らせてその身体を後ろで支え、フェオンがタッドの身体に手をかざす。

 フェオンの身体が、魔法使いではない二人の目にもぼんやりと赤く光るのがわかった。火の竜の力が、目に見える形でフェオンの身体へと移っているのだ。

 その証拠に、フェオンのそばにいるだけで熱を感じる。まるで、小さなたき火のそばにいるような。

 しばらくそうやって手をかざしていたフェオンだが、やがてその手を引いた。

「これで、竜の力はタッドから取った。体温は、時間が経てば下がるはずだ」

 タッドに触れているリアンスへ伝わってくる体温はまだ高いが、さっきまで荒かったタッドの呼吸が穏やかになっている。

 熱いものにくるまれていたので一時的に体温が上がったが、放っておけばさめてくる、ということなのだろう。

 とりあえず、危機は脱したようだ。

「じゃ、戻るか。ゆっくり休ませてやらないとな」

「うん、そうね。あの子のことは気になるけど、まずは自分達のことをしましょ」

 リアンスがタッドをおぶり、時間はかかったものの車のある所まで戻ると、一行はローテアの村を後にした。

☆☆☆

 リアンスはホテルへ戻る途中、薬局へ寄った。

 そこで解熱剤と冷却ジェルシートを手にし、ティファーナに言われてビタミン剤やスポーツドリンクも買う。

 素人考えだが、今のタッドは熱中症のようなもの、だろう。市販の解熱剤で効果があるかわからないが、念のため。

 原因が何であれ、熱は早く下げた方がいい。

 医者に診せるべきか、とも考えた。だが、原因が火の竜の力となると、普通の人間に治療できるものだろうか。

 この星の魔法使いを探して相談しようか、という話にもなったが、誰が黒幕と関わっているかわからない。

 話をした相手が、あの魔物を操っていた魔法使いかも知れないのだ。下手に関わり、逆にタッドの動きを完全に封じられては困る。

 タッドの具合が心配ではあるが、今は自分達だけで何とかすることにした。

 ホテルへ戻ると、リアンスはティファーナに「フロントで氷をもらって来てくれ」と頼んだ。

 先にフェオンと一緒に部屋へ戻り、眠る少年の身体をベッドに横たえていると、いとこの少女が戻って来た。

 が、残念ながら、彼女は手ぶらだ。

「普段、氷を大量に作り置きしておく習慣がなくって、今は分けられる程の氷がないんだって」

 本来なら、雪と氷はそこら中にあり余るくらいある。

 飲食店で使う氷はもちろん作られているが、基本的にあまり需要がないので大量の在庫を確保しない。

 気温が上がっていきなり需要が増えたが、それもつい最近のこと。

 氷をたくさん作る、ということをあまりしない習慣が抜け切らず、また作れる数は知れている。レストランに来た客に出す氷だけで、すぐに在庫はなくなってしまうのだ。

 なので「氷をくれ」と言っても、今はできないと断られてしまった。

「仕方ないな。どこかよそで調達してくるしかないか。……売ってるかなぁ」

 暑い地域でセーターを置いている店を見付けるのが難しいように、本来寒い地域で氷を置いている店がどれだけあるか怪しい。

 水割りなどに使うロックアイスなら売っているだろうが、慣れない暑さで飛ぶように売れているので在庫がない、ということになりそうだ。

「とにかく、行ってくる。夕食の調達もしないといけないしな。後のことは頼むぜ」

「うん、行ってらっしゃい」

 タッドのことはティファーナとフェオンにまかせ、リアンスは再び出掛けて行った。

 ティファーナはタッドの襟元をはだけさせたり、靴下を脱がせる。

 少しでも涼しい状態にすると、買って来たばかりの冷却ジェルシートをタッドの額や首、脇などに貼った。

「……まだ顔が赤いわね。フェオン、本当にタッドは大丈夫なの?」

「竜の力で体温が上がってしまっただけだ。すぐ元に戻る」

 そうは言われても、頬に触れれば熱い。上がっただけ、と聞いても、まだ高熱には違いない。

 確かに倒れた時よりはましだが、それでも少し苦しそうに見える。

「タッド……タッド、わかる? 薬よ。これを飲んだら少しは楽になるわ」

 解熱剤の錠剤を口に入れ、水のボトルをタッドの口元へ持ってゆく。

 が、うまく飲ませられず、ほとんど口の横にこぼれてしまった。

「んー、これじゃ、ちゃんと飲めないわよね。どうしようかしら」

 しばらくタッドの顔を見ながら考えていたティファーナは、ふいに自分が水を口に含んだ。そのままタッドの方にかがみ……。

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