第14話 ローテアの村へ

「おっはよー! お寝坊さんっ」

 突然、身体に重いものがのしかかってきた。

「うわぁっ! ティ、ティファーナ……?」

 どうやらティファーナは、タッドの身体にダイビングして起こしたらしい。軽いめまいを感じつつ、タッドは起き上がる。

「外はすっごくいい天気よ。暖かいっていうのは、この星では異常なんだけどね」

 隣を見ると、リアンスも同じような起こされ方をしたらしい。うめきつつ、起きあがっている。

 フェオンは先に起きていて、彼女のダイナミックな目覚ましは食らわなかったようだ。

「さ、朝ごはん食べたら出掛けましょ」

 ティファーナ一人が、やたらと元気だ。

「朝に強いんだね、ティファーナ……」

「うん。いつも早寝早起きだからね。あたしは集中力が落ちてきたってわかったらすぐに寝て、早く起きて続きをやろうってタイプなの」

 ティファーナの話を聞きながら大きなあくびをしつつ、朝食をとる。コーヒーを飲んで、ようやくタッドも目が覚めてきた。

 食事が終わると、一行はホテルを出る。

 今日の予定に移るべく、まずレンタカーを借りなければならない。そこからリアンスの運転で、ローテアの村へと向かった。

 車はスノータイヤだが、今は無用の長物かも知れない。少なくも、車道に雪は残っていなかった。

 心なしか、昨日より少し温度が上がっているような気がする。

「ねぇ、リアンスが言ってた占い師の名前って、何だった?」

「濁った音だったよね。えーと……ドゥ……ドゥードルだ」

 車の中で、ティファーナは自分のコンピュータを開き、占い師の名前を検索する。

「昨日のうちに調べればよかったわ。まともに考えてみれば、この占い師だって怪しいのよね。こーんな危ない予言をするんだから」

 ドゥードルという名前で検索するが「該当なし」と出た。偽名かも知れない。こんな予言をするような人間だから、本名は使わないだろう。

「この占い師が竜珠を盗んで、それを使って事件を起こしてるのかしら」

「魔法が使えるなら、それもありかな。ちょっと単純すぎる気もするけど」

「だが、無関係ってのは考えにくいよな。この状況からすれば、そいつも一枚かんでるぜ」

 今のところ、推測も憶測も思い込みもごちゃまぜで、推理が進んでゆく。占い師なら、多少なりとも魔法をかじったことがあるかも知れない。

 科学と魔法を融合させて、火の竜を封じて竜珠を奪い、それを使って人々を脅す。

 目的は、若い娘。それが何のためかはまだ不明だが、金ではなく人間を要求するところが怪しい。

 竜を利用しているところが、何よりも卑怯だ。やり方が汚くて、それが一番気に入らない。

「そいつが、私にはこんな結果が見えたって言えば、誰にも責められないもんなぁ。ちゃんとした占い師が聞いたら、絶対に怒るぜ」

 占い師が「こういう結果が導き出された」と言えば、内容がどういうものであれ、文句は言えない。だから、竜が求めている、と言っても、その占い師はそう出たと判断したのだから、そのことについて責めることはできない。

 そんな占いはインチキだ、とののしることはできても。

「占い師って、人が幸せになるためのアドバイザーみたいなものじゃないのかしら」

 こうなるかも知れないから気を付けなさいとか、こうしたらもっと良くなるといったことを告げる、一種のカウンセリングのような役割があるはず。決して、恐怖におとしいれることではない。

 そういう点では、ドゥードルという占い師は失格だ。

 それに、大きな間違いを犯している。

 この星に竜は存在しないことと、竜は人間を供物くもつとして求めたりしないということだ。

 竜を知っているフェオンが言うのだから、その点に関しては絶対に間違いない。竜を悪役に仕立てようとした時点で、この占い師は怪しい、ということだけは明白になったのだ。疑いようのない事実。

「昨日、タッドが言ってたでしょ。黒魔術がどうとかって。若い娘を悪魔か何かに捧げる代わりに、自分の占いの腕をもっと上げてくれ、なんて望むんじゃないかしら」

「同じ望むのなら、もっと大きなことを考えると思うよ。その占い師が魔法を使えるかはともかく、こういうことを企んだのなら黒魔術のことはそれなりに勉強しているだろうね」

「……とか何とか言ってるうちに、そろそろローテアの村へ着くぞ」

 だが、車はローテアの村の入口より、ずっと手前で停められた。村の中は海水が上がってきているので、村へ入る手前の高台までしか進めないのだ。

 噂通り、床上浸水してそのままらしい。

「この気温だと、流氷も溶けちまうか。気温が下がっても、すぐには元に戻らないな」

 そこから見下ろす村は、今にも水没しそうに見える。いくら漁で生計を立てている所でも、住む場所まで海の中ではかなわないだろう。

「ねぇ、ちょっと。あそこの人達、見て」

 慌ててティファーナが指を差す。

 そこには数人の住民達。十代であろう一人の少女を囲んで、数人の男達が村を出て行こうとしていた。

「え……ま、まさか、あれって……」

 とんでもない偶然で、タッド達は今まさに人身御供ひとみごくうが連れて行かれる場面に出くわした。

「おいおい、本当に娘を竜に差し出すつもりなのかよ」

「竜が相手じゃ、どうしようもないって思ってるんだ」

「だからって……こんなこと、あまりにも時代錯誤だぜ」

 命が、生活がかかっている。一人の命で、数十人の命が助かるなら。

 自然が相手では、しかも原因がつかめない異常気象では、竜の仕業と考えるしかない。竜の仕業なら、人間に太刀打ちなど不可能だ。逃げてもきっと災いが降りかかる。

 つらい決断ではあっても、村の人達の心にはそんな気持ちがあるのだろう。

「行きましょ。彼女が連れて行かれた所に、竜の皮をかぶった犯人が現れるはずよ」

 差し出せ、と言っておいて、放っておくことはないだろう。必ずあの少女を連れて行こうとする「誰か」が現れる。

 ティファーナがこうするだろうと思っていたので、尾行することに誰も反対はしない。

 一定の距離をおいて、住民達の後をつける。向こうがこちらに気付いている様子はない。まさか追跡されている、とは思っていないのだろう。

 どうやら彼らは、村の近くにある小高い丘の方へ向かっているらしい。タッド達が車を置いている高台とは反対方向だ。

 さらに進めば、隣村へと続く道に出るのだが、一行はそちらへは行かず、足場の悪い岩山へと歩いて行った。

 道らしからぬ道を進み、どんどん岩山の奥へと入って行く。後をつけるのも一苦労だ。

 しかし、あちらの歩調はそんなに速くないので、見失うことはない。

 植物の姿は木も含めてほとんどなく、岩がごろごろしている。人の手は入ってないような場所だし、普段なら雪がこの地形を隠しているのだろう。

 どこまで行くのかとタッド達が思い始めた矢先、村人達は立ち止まった。

 特に何があるでもない。さらに先へと進むには足場がかなりひどくなったので、ここまで、ということにしたのだろうか。

 タッド達のいる場所からは聞こえないが、彼らは少女に何か言葉をかけ、顔を歪めながら元来た道を逃げるようにして走り去った。

 戻る住民達に見付からないよう、タッド達は急いで岩陰に隠れる。

 残された少女は、泣きそうな顔で住民達を見送り、その場に立ち尽くしていた。

 彼らの後を追って村へ戻っても、きっとまたここへ戻されるだろう。かと言って、自分だけでこの先へ進むのは困難。それに、竜に喰われるかも知れないのに、先へ進む気にはなれないだろう。

 だから、彼女はああしてただ立ち尽くすしかない。

 少女は、タッドやティファーナと近い年格好のようだ。確かに若いが、若すぎる感もある。年寄りだったらいいというのではないが、彼女では供物くもつとしてはあまりにも幼いのではないか。

「こんな所まで、どうやって来るつもりかしら。瞬間移動とか?」

「それができる魔法使いが、そばにいるならね。実は抜け穴が近くにあるとか……」

 犯人が少女のいる場所まで行くには、今歩いて来た道らしからぬ道しかない。

 住民達の後を歩いていたタッド達は、ここへ来るまで周囲にも目を配っていた。

しかし、他に歩いて来られるような道はない。少なくとも、気付かなかった。

 もちろん「歩いて来る」ことを前提にすれば、の話だ。

「魔法が使えるなら、何でもありだな。俺達のこと、気付かれていないか?」

「見られてるような気配はないけど」

「タッド、竜珠の気配が近付いている」

 フェオンが言った途端、少女の悲鳴が響いた。

 赤く細長い身体をしたものが、空から少女目掛けて降下してきたのだ。

 太さも長さも人間の二倍以上はありそうな大蛇の身体に、烏のような黒い巨大な翼と足をつけた魔物が、迷わず少女へ向かって来ている。

「何だよ、あいつ。あんな生き物、どこの星でも見たことないぞ」

「生物兵器の失敗作みたい」

「召還されたか、魔力で作り出された魔物だ。普通の生き物じゃないよ」

 少女も初めて魔物を見たのだろう。悲鳴をあげて、その場にうずくまる。

 逃げることも隠れることもできず、自分の肩を抱くだけで精一杯だ。

 魔物は少女のそばまで降りて来ると、鋭い爪が伸びた足でその細い身体を捕まえた。

「あの魔物から、竜珠の気配がする。持ってはいないが、竜珠の近くにいたはずだ」

 フェオンははっきりと、魔物から竜珠の気配を感じ取っていた。

 あそこに見える魔物は、竜珠の魔力をその身体に隠し持っている。

「待ちなさいっ。その子をどこへ連れて行くつもりなのっ」

 少女が連れ去られそうになるのを見て、ティファーナが飛び出す。

「ティファーナ、無茶するんじゃないっ」

 走り出すティファーナを、タッドが止めた。

「だって、このままじゃ、本当にあの子が連れて行かれるじゃない。放っとけないわ」

 ティファーナは、石でも投げつけそうな勢いだ。

 一方、邪魔者が現れたことを知った魔物は、飛び去りかけた身体の向きを変え、再びこちらへ飛んで来た。相手の攻撃的な雰囲気は、いやでもわかる。

 そして、次の瞬間、魔物は牙の並ぶ口から大きな赤い火のかたまりを吐き出した。

「危ないっ」

「きゃあっ!」

 魔物が火を吐いたのを見て、タッドはティファーナを突き飛ばした。

 ほぼ同時にリアンスが、彼女の腕を掴んで自分の方へと引っ張る。

 そして、もろに火の標的となったタッドは、防御の壁を出して魔物の攻撃から身を守った。

 だが、火の勢いを防ぎ切れず、その力はタッドの魔力の壁を壊して見習い魔法使いを弾き飛ばした。

「うわぁっ」

 タッドは軽々と宙に飛ばされ、地面へ落ちた。

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