第13話 竜の言葉

「……ねぇ、明日になったら、このローテアって村へ行ってみない?」

 ふいにティファーナが、そんなことを言い出した。

「おいおい。床上浸水してる村へ行って、どうするんだ?」

「まだ村の娘が差し出された訳じゃないんでしょ? もし、ここへ差し出せって言われてる場所があるなら、あたし達もそこへ行って犯人を突き止めるのよ。相手が竜を悪者にしている人間なら、あたし達でも見付けられるわ。もう差し出された後でも、そこへ行けば何か手掛かりになるようなものが残ってるかも知れないし」

「ええっ? ティファーナ、今までの話はあくまでも噂と推測でしかないんだよ」

「わかってるわ。でも、村が水没しかけているのは事実でしょ」

 噂なら、真相を確かめたい。後はそこの住民がどう動くか。事件なら、現場へ行ってみなければ。

「この異常気象は、竜珠のせいかも知れない。竜珠を持っているのは、コルデの剣を盗んでドリープ火山の竜を封じた人間かも知れない。その人間が、何の罪もない人達を脅しているかも知れない。さらに、若い娘を差し出すように要求してるかも知れない。確かに推測ばっかりだけど、どれもがつながってるじゃない。放っておけないわよ」

 なぜか仁王立ちするティファーナ。

「村の奴ら、きっとピリピリしてるぜ」

「おかしな言い方をしたら、ぼく達が疑われるんじゃ……」

「だから、こっそり隠れて行くのよ」

 恐らくどう説得しようが、ティファーナは行く気でいる。

 タッドもリアンスも、彼女を止める努力はすぐに放棄してしまった。へたに止めようとすると、自分が食いつかれる。

「えーと、ローテアの位置はっと……。今いる場所がここだから、村まではちょっと距離があるのね。レンタカーで行けばいいわ。リアンス、運転の方はよろしくね」

「へぇへぇ」

 リーダーの一言で、明日の予定はローテアへ向かうことに決定した。

☆☆☆


 頼む……魔法使い。竜珠を我が手に……。竜珠を見付け出してくれ。


 切羽詰まった声が聞こえる。遠く近くで響く声は、必死に訴えていた。

 どこから聞こえてくるんだろう。誰だったろう。わからない。

 タッドは辺りを見回してみるが、自分のいる位置すらもあやふやだ。

 そんな状況の中、声だけが聞こえ、でも声の主はどこにも見えない。姿が見えればきっと、頭を下げているか手を合わせているのでは、と思える口調だ。

 低いが女性と思われるその声は、どこかで聞いたような気がする。


 時間があまりない。一秒ごとに命が削られてゆく。同時に世界が、さらに白く閉ざされてしまう。


 そんなこと言われても……竜珠なんて、そう簡単に見付けられない。ぼくにはそんなすごい力、ないよ。頼む相手が悪すぎるんだ。ぼくなんかに期待しないでくれよ。

 タッドは聞きたくない、と言わんばかりに耳をふさぐが、それでも声は響き続けている。何をやっても聞こえてくる。どうしたって、声を拒否できない。


 頼む……魔法使い。お前しかいない。私を……私と私の子を救ってくれ。


 こちらの言葉を聞いているのかいないのか、懇願こんがんの声は続く。

 だから、ぼくに頼むなんて無茶だよ。ぼくにはずっと試験に落ち続けるような、情けない実力しかないんだ。それに……まだ「魔法使い」ですらないんだから。

 あちらも必死のようだが、タッドも言ってて泣きたくなってくる。

 どうして、ぼくはこんななんだろう。

 自分が本当に情けなくなってくる。

 こんなぐずぐず言うくらいなら、いっそきっぱりと魔法なんてやめてしまえば楽になれるのかな。


 なぜ、お前は自分の力を信じない? お前の力が、私の意識を取り戻したというのに……。


「え? ぼくが……取り戻した? それ……どういう意味?」

 自分の声に驚き、タッドは目を覚ました。

 あれ……? どうなってるんだっけ。

 まぶたを開いているはずなのに、目の前が暗い。

 だが、次第にその闇にも慣れてきた。

 部屋の入口にだけ点灯したままのライトが、閉めたドアの下からわずかにもれている。

 隣からはいびき、向かい側のベッドからは静かな寝息が聞こえ、自分のそばには温かな感触。

 ああ、エコーバインのホテルにいるんだっけ。昨夜はここに泊まったんだよな。

 自分が今、どこにいるのかをゆっくりと思い出した。

 隣のベッドにはリアンスが、その向かい側にはティファーナが眠っている。

 そして、自分と同じベッドには、フェオンが眠っていた。

 家族用の部屋なのでちゃんとしたベッドが人数分あるのだが、まだ幼いフェオンはひとりで眠れないらしく、タッドのベッドへ入って来たのだ。

 ズィードの家で休む時も、そうだった。こんなところも人間の子どもみたいだ。

 一緒に寝るならティファーナでもよさそうな気がしたのだが、魔法の気配がある方が落ち着くのだと言う。

 そして、色々とあったせいか、やがてみんな眠りについて……。

 今の、ドリープ火山で竜に会った時の夢、かな。もっと急げってことか。一秒ごとに命がって言われてもなぁ。切羽詰まってるのはわかってるんだけど。だから、そっちが思ってるような実力はないって、最初に断っておいたのに。


 なぜ、お前は自分の力を信じない?


 夢の中の竜の言葉が、頭に浮かぶ。

 タッドは小さくため息をついた。

 信じられるような実力が、ぼくにないからじゃないか。夢の中でまで、そんなことを突っ込まないでほしいな。

 竜が目を覚ましたあの時、タッドは何もしていない。そばにいただけだ。

 夢ではタッドが竜の意識を取り戻したかのように言われたが、そんな自覚なんてなかった。魔法だって、まだあの時点では使ってない。

 ……いや、これは夢の中の話だ。真剣に考えることはない。

 剣の出所はわかったが、後のことは全部推測ばかりだ。それだって、ティファーナやリアンスが入手してくれた情報のおかげ。

 タッドにできたのは、推測だけだ。

 それでもまだ竜は、自分の力を信じろ、と言うつもりだろうか。だいたい、どうしてあんな夢を見たのか。

「……タッド、どうかしたのか?」

 フェオンの心配そうな声がした。

「ああ、ごめん。起こしちゃった? ちょっと夢を見ただけ」

 暗くてわからないだろうが、安心させるために笑って言う。いや、暗くても、フェオンには見えているかも知れない。

「どんな夢だ?」

「どんなって……」

 隠しても相手がフェオンだとわかりそうだし、隠す程のことでもない。

 タッドは、夢で見た竜の話をした。

「火の竜が? そうか……まだ念を送るだけの力は残っている、ということだな」

「念を送るって……こんな遠くまで? 会った時のことを、夢に見ただけだよ」

 ここは、竜のいるレクシーから星を二つ隔てた場所だ。遠い、なんてものじゃない。

「念を送るのに、距離は関係ない。それに、夢でしか言っていない言葉もある」

 現実にはなかった言葉。


 なぜお前は自分の力を信じないのか、という問いかけ。


 確かに、これは現実にはなかった言葉だ。

「私も聞きたい。なぜタッドは、自分の力を信じようとしないのだ?」

 暗くて見えないが、今のフェオンはきっと怪訝けげんな顔をしている。

「それは……信じられるだけの力が実際にないから」

「タッド、それは間違った思い込みだ。力がないなんて、誰が言った?」

 気のせいか、フェオンの口調が問い詰めるようなものになる。

「誰ってことはないけど……試験だって落ちてばっかりだしね」

 そうだった。自分で言ってて思い出してしまう。

 六回も連続して追試を失敗。本番の試験を入れれば、七回も失敗していることになる。

 このままだとますますかたくなって駄目だろうから、と休みをもらったはずだった。

 それが、気付けば竜を助けるために、魔物だか魔物に隠れた人間だかを追い掛ける羽目になっている。

 竜珠なんてものが関係する以上、この先全く魔法に関わらないでいるなんて無理だろう。

 休息の時間はどこへ消えたのか。そっちの方を探したい気分になる。

「シケンというものはわからないが、タッドには力が備わっている」

「……なぐさめてくれなくていいよ」

 かえって悲しくなってしまう。

「なぐさめてなどいない。本当のことだ」

 ずっとそばにいるのですぐに忘れてしまうが、フェオンは人間ではなかった。嘘はつかない、はず。

 だからと言って、フェオンの言葉をすぐに信じることもできない。自分自身に対する、先入観のようなものがあるせいだろうか。

「竜があの状態でなぜ目を覚ましたと思う? タッドの持つ魔力の気配に気付いたからだ。私だってそうだ。山の中に自分達以外の魔の気配を感じて、タッドの所へ行った。力を失っている竜が意識を取り戻すだけの強い気配を、お前は持っているのだ。力のない魔法使いには持てないオーラを、タッドは持っている。わかってないのは、お前だけだ」

 淡々と、だが断定した口調のフェオン。タッドは黙って聞くしかできない。

「トショカンで、タッドは私に魔法をかけてくれたろう?」

「え? ……ああ、あれね。友達に教わった魔法なんだ」

「あの時、何でもないことのようにかけていた。力のない者にはできないことだ」

 確かに、気負ってかけた魔法ではなかった。力めば、相手にそれが伝わってしまう。

 とは言うものの、あれはあくまでも基本の魔法みたいなもので、あれくらいならタッドにだってできる。

 だが、今はそれを言えない空気があった。

「火の竜は、お前の力を見抜いている。実力がないなど、二度と言うな。実力のない者に、竜は念を送ってきたりはしない。自分の力を疑うのなら、それは竜をも疑うことになる」

「そんな……ちょっとオーバーだよ」

「だが、それが事実だ」

 姿は幼いのに、学院の先生よりもっと偉い人に叱られている気分になる。

「私にだってわかる。タッドは必ず、素晴らしい魔法使いになる」

 こちらが思わず赤面するようなセリフを、フェオンはあっさり言う。

 そして、言いたいことを全て言い終わったのか、タッドの言葉も待たずにさっさと眠ってしまった。


 お前の力が、私の意識を取り戻した。


 夢の中で、竜ははっきりとそう言った。

 フェオンはぼくの持つ魔力の気配で竜が目を覚ましたって言うし、竜自身もぼくの力で意識を取り戻したなんて言ってた。本当にぼくにそんな力があるのか? 温度計なら氷点下になりそうな成績でも? 竜のことは疑いたくないけど、やっぱり信じられないよなぁ。

 次に竜が夢に出て来たら何て答えようかと考えつつ、タッドは再び眠りに落ちた。

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