第12話 不審な異常気象

「なるほどな。遠隔操作もできるし、自分は安全な場所にいて竜珠を手に入れられる。失敗しても、支障なしか」

「すごいじゃない、タッド。もうそこまで推理できてたんだ」

 ティファーナが尊敬の目を向ける。ほめられると、妙にこそばゆい。

「推理と言うか……これしか思い浮かばなかっただけなんだけど」

「あれはやはり生きていないのか? 魔物ではなかったのか」

 生きている気配はしなかった。でも、メカなど知らないフェオン。アンデッド系の魔物ですらなく、正体不明なのが恐ろしかった。

「決まった訳じゃないけど。フェオンの話だと、そうじゃないかなって」

「生きてないのなら……わかる。あれにはまるで恐怖がなかった」

 竜を目の前にすれば、多かれ少なかれ恐怖やそれに近い念を抱くもの。

 それが畏敬いけいの念になるか、ただの恐怖のままかは、個々の性質による。

 だが、あの「銀色の魔物」は恐怖など、いや、感情そのものが完全に欠落していた。何も感じられなかったのだ。

「恐怖どころか、息吹すらもなかった」

「車ですら、フェオンは見たことがないんだもん。いきなりロボットが現れても、わからないわよね」

「とにかく、その確認は明日だな。で、俺の方だが」

 リアンスは缶ビールを一口飲んで、舌を湿らす。

「水面下で、妙な動きがあるらしいぞ。公にはされていないが、ほとんど昔話みたいなことが本当に起きてるらしい」

 リアンスが得た情報では、現在のエコーバインではどこへ行ってもこんな気温で、この状態が一週間程前から続いているらしい。

 しかも、この異常気象の原因がどうしてもつかめないのだ。

 上空には、確かに寒気がいつものごとく居座っている。にも関わらず、地上の気温が下がらないのだ。

 下がらないと言っても、肌に当たる風は冷たいし、十分「冬」と呼べる寒さではある。それでも、雪や氷がその姿を保ち続けるには少々高温なのだ。

 この周辺より、もっと気温の高い土地もある。

 その中でも、海沿いのローテアという村では流氷が溶け、周辺の雪や氷が溶けて海へ流れ込んで水位が上がり、浸水しているのだ。今では日常生活にも困るようになってきているという。

「まあ、ここまでなら、異常気象で大変な目に遭って気の毒だ、で終わるんだが……」

 こんな気温になってから間もなく、村に占い師が現れた。

 ドゥードルと名乗った占い師は、ルーチェの山の竜が若い娘を供物くもつに求めているから差し出した方がいい、と言い出したのだ。

 このままでは必ず村は海の底に沈み、村人も波に飲まれるだろう、と。

 だが、あまりにも突拍子もない話だ。気温が上がったくらいで、娘を差し出すことなどできない。

 村の住民は、占い師の言葉を取り合わなかった。それが普通の反応だ。

 竜が娘を供物に求めるなんて、今時誰が信じるだろう。そもそも、現代のエコーバインに竜がいる、ということも疑わしい。

 だが、気温は上がり続ける。やがて、海の水位が上がり、村は床上浸水状態になってしまった。

 このままでは、近いうちに村が本当に水没しかねない。

 噂では、人身御供ひとみごくうを出すことになって水没だけは免れようとしている、ということになっている。

「本当に昔話ね。川が氾濫するから人柱をたてる、みたいな」

「他の海沿いの町や山沿いの町は、雪崩や水没が起きるぎりぎりの状態らしいから、びくびくしてるってことだ。娘がいる家庭は、周りから竜に差し出せと言われるんじゃないかってな。他の奴にしたって自分の命がかかってる訳だし、びびりもするさ」

「原因のわからない異常気象が相手じゃ、怖いと思うのは当然だよ」

「ああ。目の前に水が迫れば、わらにもすがるってもんだ」

 だが、その「わら」が娘の命となれば、住民達の気持ちは複雑だろう。文明の利器が山程存在する現代に起きた事件とは、とても思えない。

「ルーチェの山って、エコーバインで一番高い山だよね」

 タッドがこの星の地図を見て、山の高さや位置を確認する。

「ここに竜が棲んでるって? 今までそんなこと、聞いてないけど」

 タッドはドリープ火山に竜がいたことも知らなかったのだから、その情報はアテにならない。

「竜が本当にいるかどうか探しに行こうって、簡単にはいかない場所だね。確かめるにしても、時間がかかる。人を脅すには、ちょうどいいかも」

 竜の存在がなければ娘を差し出す必要はなくなるが、すぐには確かめられない。そうこうするうちに時間切れとなり、もし竜の存在を疑っていたとしても娘を差し出すしかなくなる。

 娘を欲しがる者にすれば、いい隠れ家となる訳だ。

「竜って、人間を喰うの?」

「竜はそんなことはしないっ」

 フェオンが竜の代弁者となって、はっきり否定した。

「あの本にあった火の竜はこの土地の者を困らせたようだが、事実ではないかも知れない。事実だったとしても、火の竜が暴れる理由は必ずあったはずだ。誤って寒冷な土地へ来てしまったことで混乱していた、ということも考えられる。周囲に火を出すことで、自分の居場所を作りたかったのかも知れない」

 フェオンが火の竜を擁護ようごするように、ありえそうな理由をあげる。

 もちろん、本当のことは闇の中だ。本に書かれていた物語が作り話か実話か、知る者は存在しない。現れた火の竜も封じた水の竜も、今はいないのだ。

 当然、その当時のことを知る人間もいない。語り継がれたとしても、どこかで違うように伝えられていることはありえる。

 剣の存在は現実のものだが、話そのものに関しては正否を問えないのだ。

「それに……ここには竜の気配は感じられない」

 竜程の強い存在なら、捜している竜珠以上に気配があるはず。

 だが、フェオンは何も感じられない。気配を隠しているのだ、と言われればそれまで。だが、人間の娘を要求するような竜に、自分の気配を隠すような理由があるとも思えなかった。

「つまり、竜に隠れた誰かの仕業だってことね」

「娘なんか集めてどうするんだ。ハーレムでもつくるつもりか」

「……それって、実はリアンスの希望なんじゃないのぉ?」

「おいおい。俺はカミさん一筋だぜ」

 リアンスは昔から、そのテの噂が絶えなかった。早い話がとてももてる訳だが、実際は噂が一人歩きしていただけで、本人は現在妻の座にいる女性しか目に入っていなかったと言う。こう見えて(?)一途なのだ。

「ふぅん。じゃ、そういうことにしておくわね」

 その辺りの事情を知っているティファーナは、笑いながらそう言った。

 少し話が脱線したが、すぐに本題へ戻る。

「だけど、娘を差し出せって、本当に何のためかしら。……タッド?」

 暗い顔で何か考え込んでいるタッドに、ティファーナが声をかける。

「どうしたのよ。心当たりでもあるの? 黙ってるなんてずるいわ」

「ずるいって、そういう問題じゃ……」

 真っ直ぐ見詰められ、タッドは思わず後ろへ引いた。

 ティファーナの瞳の力が強いので、こうして見詰められるとその勢いで押されそうになる。

「そう言えば、さっき人を脅すにはどうのって言ったわね」

「心当たりと言うか、あくまでも可能性だけど」

 彼女の瞳の強さに戸惑いながらも、タッドは話した。

「ぼく達が使う魔法とは別に、黒魔術っていうのがあるんだ。ほとんど呪いみたいなものだけど、まじないの一種でね。聞いたこと、ないかな。その中に人間の命と引き換えに、自分の望みをかなえるってものがあるんだ。その内容によって、対象が子どもだったり若い女性だったり……胎児だったりする」

「あ、映画や物語なんかで、悪い魔女がよくやってたりする術のことよね。儀式に生け贄が必要って奴」

「おいおい、そんな架空の話に出て来るようなことを、現実にやってるのか?」

「だから、あくまでも可能性だよ。ぼくの頭に浮かんだだけで、他に理由があるかも」

 手掛かりはまだ少ししか得られていない。他に存在するピースを集めれば、別の目的が見えてくることもありうる。

 だが、若い娘を集めるのに、どんな理由が他にあるだろう。

「それが理由だとして、どうしてそんな面倒なことをするのかしら。若い娘が必要なら、さらったりするとか強引な方法があるじゃない。変な言い方だけど、その方が効率的だと思うな」

 何も村や町全体を脅さず、目をつけた娘を誘拐してしまえば早い。村を脅したところで、そんなひどいことはできない、と拒否されたり、極端な話では村人が村を捨ててよそへ移住してしまえば娘を差し出す必要はなくなる。そうなれば、黒幕となる者は目的を果たせない。

「人をさらえば、警察が動くだろ。だけど、村人が『自主的』に差し出せば……ね。宗教行事で山へこもる、とでも言えば」

 どこへ差し出すか、今の段階では定かでないが、犯人の元へ娘が「自主的に」おもむくのであれば、事件にはなりえない。

 事件ではないなら、警察は動くことができないのだ。

「第三者から見れば、人間が『命を失うことになろうとも、自分の意志で竜の所へ行く』ってことになるんだ。それに、竜が犯人では警察も動けない。魔法使いが、つまり人間が犯人なら動けるけど、竜や精霊や魔物を相手にできないからね。魔に関するものは魔法使いが対処することになるだろうけど、それだってどこまで人間のルールに従って動くのかってことにもなってくるんだ。竜に人間の法律なんて、通じないからね」

「んー、色々と面倒ね。つまり、管轄が割れるってことか」

「警察が動くか、魔法使いが動くかってことだな。竜が相手じゃ、被害者も訴えにくい。結局、誰も動けないってことになりかねないな」

 魔が関係してくると、人間の動きはにぶくなる。犯人はそこを狙ったのだろう。

「フェオンは竜の気配を感じないって言うし、少なくとも人間を要求している竜に関しては、隠れ蓑として悪用されてるんだよ」

「どこの誰かは知らないけど、ひっどい奴よね。ここにもし竜珠も関わってるなら、それも悪用されてるってことかしら……。竜珠を使って、気温を左右することってできるの?」

「上級の魔法使いなら、不可能ではないと思うよ。かなり危険だけど」

 タッドの言葉に、フェオンもうなずく。

「竜と人間では、魔力の容量が違う。扱うとしても、慎重を要する。持っている者がどこまで認識できているか不明だが、命を失う覚悟が必要だ」

「はぁ。俺だったら、そんな危険物を持つのはごめんだな」

 竜珠は魔力のかたまりだ。一つ間違えば、大惨事にもなりかねない。魔法をかけた本人はもちろん、その周囲も。

 だが、やってできないことはない。

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