第11話 盗まれた剣
フェオンの差し出す本のイラストには、確かに剣が描かれていた。
「これは……火の竜? 火の竜が……剣に封じられかけている」
その絵は、タッドが見たドリープ火山の竜の現状を、そのまま描いたような構図だった。赤い竜が白い氷の剣に刺されていて、目を閉じている。
まるで、描き手があの場面を見て描いたような。
その絵を見るフェオンの表情が、どんどん暗くなる。これを見て、あの竜を思い出すな、と言う方が無理だ。
フェオンは本から目をそらすと、タッドにぎゅっと抱きついた。
「くそ……これだと、まんまじゃないか。ごめんよ、フェオン」
タイミングが悪い、というのは、まさにこういうことを言うのだろう。
偶然とは言え、まさかここまであの状況に似たイラストが載っているとは思わなかった。
フェオンにいやな作業をさせてしまった、とタッドは悔やんだが、もう遅い。
しかも、こういう時に限ってやたらとリアルな絵なのだ。せめてもう少しイラストっぽければ、ショックも小さかっただろうに。
抱きつくフェオンの肩に手を乗せながら、タッドはその挿絵のある物語に目を通した。
どうやら、竜退治の話のようだ。
この寒冷な土地に、悪い火の竜がやって来た。火の竜は意味もなく、周囲を破壊し続ける。
このままでは、全てが火に焼き尽くされてしまう。
そう考えたこの土地に棲む水の竜は、火の竜に対抗する術として自らの身体を氷の剣にした。土地の人々や自分の仲間を守るために、剣士にその竜を封じさせた、という話である。
剣士によって心臓を氷の剣で貫かれた火の竜は、その冷気によって命の炎を凍らされて死に、土地には再び平和が訪れた。人々を守ってくれた剣は大切に保管され、今もこの土地を見守ってくれている……というような言葉で締めくくられていた。
よくある終わり方だ。
「ドリープ火山の竜が伝説じゃなく現実だったってこともあるし、この話もどこまでが現実か伝説かわからないな。この星がどこまで魔法に頼っていたか、にもよるし。……フェオン、大丈夫?」
余程ショックが大きかったのか、泣いてはいないようだがフェオンはずっとタッドにくっついたままだ。
「怖がらなくていいんだよ。これは昔のお話だから。あの竜とは別なんだ」
いくら人間とは違うと言っても、まだ一歳くらいでしかない子どもには衝撃的すぎたのかも知れない。それに、あの火の竜の状況とあまりに
やっぱり、精霊にもこんなふうに悲しいとか、つらいって感情があるんだな。
タッドはしばらく迷ってから、そっと呪文を唱えた。
カウンセラーを志す同級生に教えてもらった呪文で、心を落ち着かせる魔法だ。精霊相手にこんな魔法で効果があるのか不安だが、きっと何もしないよりはいい。
その呪文を唱えてから少しすると、気のせいかフェオンの服を握る力がゆるんできた。
「ねぇ、タッド。ちょっと気になるデータを見付けたの。……どうしたの?」
力が抜けてきたとは言え、まだしがみつくフェオン。それを見て、こちらへ来たティファーナが心配そうに尋ねた。
「ん、ちょっとね。それより、気になるデータって何?」
「博物館に展示されていた氷の剣が、盗まれていたんだって」
タッド達は場所を移動して、ティファーナが見ていたコンピュータの画面を見る。
彼女はここ数日の間で手掛かりになるような事件が起きてないか、この星の新聞記事を調べていたのだ。
「コルデの剣」と呼ばれるその展示物は、エコーバイン博物館に長年保存されていたのだが、つい最近になってニセ物とすり替わっていたことが判明したのである。
精巧に作られた剣はプラスチック製で、ガラス越しに見る分には全くわからない。
侵入された形跡が全くないことから、内部関係者、もしくは魔法使いが関わっているのではないか、という見方もされている。
現在両面から捜査がなされているが、今のところ手掛かりはない……ということだ。
「これが『コルデの剣』よ。どう、見覚えはない?」
「うーん。どうと言われても、微妙だな」
記事の隣に、盗まれたという剣の写真が出ている。透明な氷でできた剣の刃は、切れ味がよさそうだ。
太い剣で、見た感じは確かに火の竜を封じていた剣に似ている気もする。だが、長さがフェオンの身長くらいしかない。これでは、あの巨大な竜を封じるには小さすぎる。
「そう……そうよね。あたしは竜をこの目で見てないけど、ちょっと短いわね」
タッドに長さのことを指摘され、ティファーナもうなずいた。
「うん。これであの竜を貫くのは無理だよ。あの時、剣は完全に竜の身体を岩に縫いつけていた。そうするには、少なくともこれの二、三倍くらいの長さは必要だよ。あ……でも……待てよ」
言いながら、タッドはふと思いついた。
「何? 何か気になることでもある?」
「使う時に伸びる、という可能性があるかも」
「剣が伸縮する訳? ああ……どこかの世界の話で、おサルさんが使う棒にそんなのがあったわね」
「元々、これは魔法の力がかかっている剣だろ。それに……さっき見付けた本に出ていた剣がたぶん、このコルデの剣なんだ。この剣が昔、本当に竜を封じたものだとすれば……。竜は大きい。この剣は小さい。でも、竜を封じたものなら、その時だけ状況に応じて大きくなった、と考えれば納得できる。フェオン、つらいだろうけど、この剣を見て」
タッドは、画面をフェオンに見えるように向けた。
かわいそうだが、今はフェオンの記憶が頼りになる。タッドでは気付かないことも、ずっと竜や剣をそばで見ていたフェオンならわかるかも知れないのだ。
「火の竜を封じていた剣、この剣に似てないかい? 今、この剣は行方不明なんだ。もしかすれば、ドリープ火山にあったものかも知れない」
少し泣きそうにも見える表情で、フェオンは画面を見る。
「これだ」
「フェオン?」
あまりにも早く断言され、タッドとティファーナは少々面食らう。
「この剣が火の竜を封じ、力を奪っている。……間違いない」
何がどう、という理由までは話さないが、精霊のフェオンがここまではっきり言うのならそうなのだろう。
「そうか。ありがとう、フェオン。……いやな結果だな」
タッドは暗い表情でつぶやく。
「どうしてなの? 早くわかってよかったじゃない」
糸口が少なく、本当に見付かるか先行きが暗かった。
そんな捜し物がこんなに早く見付かったのだから、喜ぶべきだ。
ティファーナはそんなタッドの言葉に、首をかしげた。
「竜を封じている剣は、盗まれた物。その剣は、盗まれていたことすら知られなかった。魔物がわざわざニセ物とすり替えたりする、とはあまり考えられない。……竜を封じたのは、人間だってことだよ」
フェオンから竜が封じられた様子を聞いた時も、人間の仕業なのでは、とタッドは考えた。
竜の前に現れた、という魔物がメカのように聞こえたし、それが本当に機械だったとして、魔物がメカを操作するはずはない。
だとすれば、人間が犯人だという可能性が高くなるのだ。
氷の剣の窃盗事件からしても、見えてくるのは人間の影だ。魔物なら、こんな面倒なことはしない……はず。
「だけど、人間がどうして竜を封じるの。ジャンティや近隣の町は、竜に火山の噴火から守ってもらってるって思ってる訳でしょ。中には信じてない人もいるでしょうけど」
「やったのがよその土地、よその星の人間なら、そんなことは関係ないよ。竜がどうなろうと、竜がいなくなることでその周囲がどういうことになろうとね」
「そんな……そんなのってあり?」
「ありみたいだね。犯人の行動からしても、たぶん竜珠が欲しかったんだ」
竜を封じた剣は、ほぼ間違いなくこの剣だ、という結論が出た。
次に浮かぶ問題は、誰がどういう理由で竜を封じ、竜珠を奪ったのか。
そして……一番肝心なこと。
竜珠は今、どこにあるのか。
ティファーナが他にも情報がないか検索しようとしたが、館内に静かなアナウンスが流れた。
今日の業務は終了するので帰ってくれ、という内容である。今日はよりによって、開館時間が短い日らしい。
「仕方ない。あの剣のことについてわかっただけでも、大きな収穫があったよ」
タッド達は図書館を後にして、リアンスとの待ち合わせ場所へ向かった。
☆☆☆
入ったホテルは部屋が詰まっていて、タッド達は四名一室の家族部屋へ放り込まれた。
「団体予約が入ってて、満室状態だとさ。どうせキャンセルばっかだろうに」
旅行会社がスキーツアーのため、部屋をかなり押さえているらしい。
だが、この星へ来て雪を見たのは今のところ、道の端や建物の陰と高い山の上に積もっている分くらいだ。
これではスキー場も雪がないか、あってもべちゃべちゃのはず。スキーができなければツアーは流れるはずだが、空いている部屋はまだ予約が入ったままなのだ。
そのおかげで、タッド達はかろうじて空いていたこの部屋になってしまった。
「ティファーナ、いやなら別のホテルへ移ってもいいぞ」
かなり安い料金で泊まれるので、リアンスはここにしただけだ。似たような料金の所は他にもあるが、恐らくあまり変わりない状況だろう。
「あたしは着替えの時さえ何とかなれば、構わないわよ」
いとことは言え、リアンスは男性。タッドに至っては、身内ですらない。
空いている部屋はこれだけ、と告げられ、家族でもないのに男女同室なのを気にしてリアンスはそう言ったのだが、当の本人は全く気にしていない。
このメンツで何か間違いが起きる、なんて露ほども思ってないのだ。
部屋で少しくつろぐことができ、誰もがほっとする。
「で、そっちの方はどうだったんだ?」
「剣に関しては有益情報ありだよ」
近くの食料品店で調達してきた食料を部屋で広げながら、互いに情報交換する。
「……ってところまで調べて、図書館の閉館で時間切れ。剣が盗まれていたってわかって、ほぼ確信したよ。フェオンが見たっていう銀の魔物……ぼくは工事用のロボットだと思うんだ。もう少し時間があれば、それも調べてみたかったな」
「何を根拠に工事用なんだ?」
リアンスが首をひねる。
「もしくは、何かしら作業用のもの。フェオンは、右の腕が割れて剣が出たって言った。ドリルなんかが付いてて、それで地面や壁に穴を開けるタイプがあるだろ。ドリルの部分を剣に付け替えれば、それで済む。そういう機械には、砂埃をおさえるために水や霧を噴射する装置もあるよね。そいつは最初に、竜をしびれさせたみたいなんだけど、水の代わりに身体が麻痺するような薬を入れておくとか」
たとえ工事用でなくても、メカなら改造することだって容易にできるはずだ。
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