第10話 暑くなった星

「暑い? その星の夏ってことなの?」

「あそこに四季はなかったはずだぞ」

 さっき、年中雪と氷がある星だと聞いた。つまり、自分達の知る夏のような時期は存在しない、ということだ。多少の温度差はあっても、春や秋もないに等しいのだろう。

 暑いはずの町が寒くなり、寒いはずの土地が暑くなる。

 これは何か関係あり、と見ていいのだろうか。

「その人が極端な暑がりじゃないなら、エコーバインへ行くのは無駄足にならないわね」

「うん。まだ断定はできないけど、どこかでつながってる可能性は大きいよ」

 そこに厄介な相手が存在しないことを、タッドは心の底から願った。

「それじゃ、エコーバインへ着いてから、まずどう動くかよね」

「うん。……ねぇ、フェオンは竜珠の気配は感じ取れる?」

「感じ取れる。だが、ここまで離れたことが過去にない。どのくらいの距離まで近付けば感じられるのか、現時点ではわからない。それに、今の持ち主は火の竜ではないから、オーラも多少は変わっているはずだ。そうなれば、余計に難しい」

 竜珠は常に竜とあった。フェオンは竜から離れたことがなく、当たり前のように感じていた竜珠をどこからなら感じられるのか、予想すらできない。

「フェオンでも難しいのか……。力の源って言うくらいだから、発散される力の気配で何とかならないかと思ったんだけど。やっぱりそう簡単にはいかないか」

 頼り切るつもりはないにしろ、強力な捜し手になってくれると期待したのだが。

「かなり怪しいけど、まだエコーバインにあるって決まった訳じゃないからね。フェオンに頼るのはかわいそうよ、タッド。そうね……やっぱりここはまず、竜を封じたあの剣から調べてみましょ。竜を封じるくらいなんだもん、それだけ力があるってことでしょ。そんな代物しろものなら、本に載ってるかも知れないわ。ダメでも、昔話を知っていそうなお年寄りなんかに聞いてみたら、手掛かりになるようなことを教えてくれるかも。ドリープ火山の竜みたいに、おとぎ話みたいな伝説として残っているかも知れないわ」

「氷の剣の伝説、か。……可能性としてはありえるね」

 ドリープ火山の竜だって、伝説扱いだったのだ。あの剣もそうだという可能性は高い。

「もしうまい具合に本が見付かったら、フェオンがその剣を確認してくれればいいのよ」

 タッドもあの剣の現物を見ているが、わずかな時間だ。記憶も薄らぐ。フェオンなら、竜と一緒にいた時間も長い。もっとはっきり記憶に残っているだろう。

「私はまだ、魔法もほとんど使えない。それでも役に立つのか?」

 タッドにくっついて山を降りたものの、周りは何もかもが初めて見るものばかりの世界。そんな中で自分にどれほどのことができるのか、フェオンが不安に思っても当然だった。知能は高くても、まだ一歳だ。

「もちろんよ、フェオン。ここに役立たずはいないわ。タッドもリアンスもがんばってね」

 ティファーナの言葉に、リアンスが驚いた顔で振り返る。

「ちょっと待った、ティファーナ。俺も探偵団のメンバーなのか?」

「あら、リアンスってば、入らないでいるつもりだったの? あっまーい」

 いとこの叫びに、ティファーナはけらけら笑う。

「あたし達を送ってすぐに戻るつもりなの? あたし達はずっとエコーバインの星に住む訳じゃないのよ。帰る時、もしくは次の場所へ移動しなきゃいけない時に、また来てもらわなきゃいけなくなるんだから。そのたびにレクシーとエコーバインを星間移動するなんて、面倒じゃない」

 次の移動も当然このていで、となっているらしい。いつの間にか、ティファーナはこのメンバーの中で完全に主導権を握っていた。いや、彼女が加わった時点で、すでに握られていたのだ。

「ちぇっ。やられたな。我がいとこ殿には参ったよ」

 言いながら、リアンスは笑った。苦笑ではなく、明るい笑い。たぶん、こうなるだろう、という予想はある程度していたのだ。

「だけど、リアンスは仕事があるんだし、これ以上巻き込む訳には」

「いいんだよ、タッド。ティファーナの言う通り、呼ばれたらまた来ることになるだろ。それに、戻って別の仕事が入ったら、すぐには来られなくなる。それなら、ずっと一緒にいる方がいい。燃料の節約にもなるしな」

 初めて行く星に子どもだけ放り出して帰る、という点もリアンスは年長者として心配なのだろう。連れて来た手前、保護者のような立場を感じているのかも知れない。

 どちらにしろ、難しい捜し物なのだ。少しでも手は多い方が助かる。自分だけで手掛かりを見付けられる自信など全くないタッドにすれば、ティファーナやリアンスが加わってくれることは非常に頼もしい。

「すまない。みなに迷惑をかける」

「あら、フェオンが謝ることなんてないのよ」

 流されたにしろ、首を突っ込んだにしろ、引っ張り込まれたにしろ、最終的にはそれぞれが自分の意思で行動すると決めたのだ。フェオンが謝る必要など、どこにもない。

「竜の命と、ジャンティや近隣の町の未来を握っているのよ。がんばらなきゃね」

 ティファーナの言葉で、タッドは改めて肩に重みを感じた。

☆☆☆

 宇宙艇を降りて、タッドとティファーナは首をかしげた。

「この星って……寒いはず、だろ」

「リアンスの言った通りね」

 エコーバインという星は、一年を通して寒冷な気候。

 リアンスもそう言ったし、二人のざっくりな知識でもそうだった。

 だが、この星へ降りてタッド達が最初に思ったのは、あまり寒くない、ということ。

 ジャンティの町が寒かったので厚着をしていたから、余計にそう思うのだろう。空気はひんやりしているものの、この格好で少し激しく動けば汗をかきそうだ。

「なるほどな。あの客が単なる暑がりじゃなかったってことだ。俺達のいる星は普段がそこそこ暑いからこれでもまだ寒いくらいだが、この星にすれば異常だな」

 吐く息はかすかに白いし、実際かなり低い気温ではあるのだが、震える程じゃない。空気が乾燥しているせいか、あまり寒いと感じなかった。ここは氷点下が当たり前の場所なのだが、今はそこまで低くないだろう。

 本当なら、今いる駐てい場にも雪が積もっていたりするのだろうが、陰にわずかばかり残っているだけ。ここが舗装されてなければ、かなりひどいぬかるみになっているだろう。

「フェオン、何か感じられるかい?」

「ひどく希薄だが……気配がする」

 難しい顔をしたフェオンの口から、そんな言葉がもれた。

「それじゃ、竜珠はこの星のどこかにあるってことになるのかな」

 この星が自分達の住む星の半分しかない、とは言っても、それは星そのものを並べた時の話。

 人間が大勢いて、町や都市、そして多くの自然が存在する広大な場所という点では同じだ。

 しかし、そんな中で竜珠の気配があるということは、運よくこの近くにあるということになるのではないか。

「待て、タッド。そうとは限らない。竜珠の気配を帯びた何かがあるだけ、かも知れない」

 竜珠だ、と本当ならフェオンも断定したいところなのだが、あまりにも弱い気配で決め手に欠ける。

「気配を帯びたもの、か……」

「でも、そばにあったには違いないわ」

 どういう形でか、近くに竜珠があった。だから、気配が残る。

 その気配を帯びたものが人であれば直接、物であれば持ち主の人間に話が聞ける。

 普通なら近寄れるはずのない竜珠に、どうやって近付いたのか。言わなければ、白状させるまで。

 ……その時の状況に応じて。

「ねぇ、リアンス。ここはエコーバインのどの辺りになるの?」

「ここはエコーバインで一番大きな都市……の隣の町だ。都会のど真ん中にはないだろうと思って一旦降りたが、当たりに近かったってところか」

 その惑星の大きさにもよるが、一つの星が一つの国扱いになる場合がある。このエコーバインがまさにそういう場所で、星そのものが一つの国だ。

 タッド達はエコーバインまで行ってくれ、とは言ったが、どの辺りへ行ってほしいということは言ってなかった。リアンスの判断でミューカという町へ来たのだが、いい勘をしていたようだ。

 昼食時間を少し過ぎたところだったので、目に入った食堂へ入ってさっさと食事を済ませる。

「どこにあるか、まではわからないんだろ。だったら、さっき話していた通り、お前達は剣のことについて調べたらどうだ? 図書館は、この通りをまっすぐ行った所にあるぜ」

「わかったわ。で、リアンスはどこへ行くつもりなの?」

「俺はその辺りで聞き込みをしてみる」

 歩き回っていれば、何かレアな情報にぶつかるかも知れない。

 ここは手分けした方がいいだろう。

「じゃ、まかせるわね。あ、そうだ。この後の待ち合わせはどこにしよっか」

 すぐに有益な情報を調べられたとしても、いちいちレクシーまで戻ってはいられないし、今日はここに滞在することになる。

 それに、フェオンが竜珠の気配を感じているのだから、竜珠そのものかどうかを確認なくてはならない。

 リアンスは、今いる場所の近くに「オーロラ」というホテルがあることを教えた。

「お互い、適当な時間にそこのロビーにってことで。ティファーナ、俺の番号は知ってるだろ。何かあったら、呼び出せばいいからな。まぁ、治安は悪くないから、この辺りで滅多なことはないと思うが」

「うん、わかった。じゃ、後でね」

 おおざっぱな待ち合わせを決めて、それぞれ別れた。

 リアンスに教えられた通り、タッド達は図書館へ向かう。

「タッドはそれらしい本がないか、探してみて。あたしはコンピュータの方で検索してみるわ」

 ティファーナに言われ、タッドはこの土地の歴史や昔話などの本があるコーナーを探した。自分だけでは動けないフェオンは、タッドの後ろにくっついている。

「なかなか大きい図書館だな。蔵書もかなりあるみたいだし。……んー、これなら挿絵も多いか。フェオン、あの剣に似た絵がないか、探してくれるかい」

 タッドはイラストがたくさん描かれている本を選ぶと、フェオンに渡した。文字は読めなくても、絵でそれに近いものを見付けられるかも知れない。

 それに、何もしないで横にいるだけでは、フェオンが自分は何も手伝えないと思ってしまう。これくらいならフェオンにもできるだろう。

 その間に、タッドも他の本を探すことができる。

「タッド、ここに剣の絵がある」

 数冊の本を選んでフェオンのいるテーブルに来ると、いきなりそう告げられた。

「ええっ、もう見付かったの?」

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