第9話 エコーバインへ
ジャンティの町からそれなりに距離があるため、ソーグの町は竜や火山の恩恵を受けていない。
そのためか、積もった雪はなかった。
だが、涼しいと思うくらいだから、平均気温よりは低いだろう。ジャンティの町の影響がここまで来ない、という保証はない。
「さてと……。ここからそのいとこの家にはどうやって?」
「迎えに来てくれるはずよ」
駅を出ると、ロータリーでタクシーが数台、客待ちをしていた。
「よぉ、お嬢ちゃん。タクシーを使うんなら、俺の車に乗ってかないか」
後ろからそんな声がかけられた。まるでナンパだな、と思いながらタッドが振り返ると、背の高い男が立っている。
短いプラチナブロンドの髪に、少しつり目がちの青い瞳。両耳には金の丸いピアスが二つずつに、首には金のチェーン。
一見すると、遊び人に見えなくもない。中肉だが、二本の腕はなかなかにたくましい。乗車拒否でもしたら、ぶん殴られそうだ。
「じゃあ、乗っちゃおっかな。あたし、タバコは嫌いだけど、禁煙車?」
一方、タッドの気持ちを知ってか知らずか、ティファーナは乗るつもりでいるらしい。
彼女の軽い返事に、そんな場合ではないが、タッドはちょっとショックを受けた。
さっき、いとこが迎えに来るって言わなかった?
「当然。レディを乗せるのに、臭い車を用意するなんてヘマなことはしないさ」
サファイアのような瞳で少女を見やり、ウインクをばっちり決める。
「あの、ティファーナ?」
本当にこの人の車に乗るつもりなのかな。
「え? ああ、ごめんね」
ティファーナは軽く肩をすくめる。
「いっつもこんな感じで冗談言ってるから、つい」
彼女はよその町で人と話す時はこんなに軽いのかと思ったが、すぐにそうじゃないと気付く。
彼と話をするティファーナの表情が、親しげなものだからだ。
「紹介するわね。リアンスよ。彼があたしのいとこで、エコーバインへの水先案内人」
☆☆☆
リアンスの車に乗り、タッド達は彼の宇宙
普段はタクシー業が主だが、依頼があれば荷物も運ぶ。さらには地上のみならず、宇宙へも飛び出すという、個人としては幅の広い仕事をしているようだ。
「はぁ? ドリープ火山の竜を助ける? それはまた……」
車の中でいとこからエコーバインへ行く目的を聞いたリアンスは、しばし言葉を失った。
魔法にあまり縁のない人にすれば、急に竜なんて言われてもどう反応したらいいか迷うだろう。
魔法使いだってこんな話を聞かされても、すぐに「それは大変ですね」などと返事はできないのではなかろうか。
しかも、見習い魔法使いのタッドならともかく、これまた魔法にそれほど縁があるとも思えないティファーナが話すのだから、リアンスがなおさら不思議に思うのも無理はない。
「またえっらいことに首を突っ込んだな」
「だって、これって生活かかってるもん」
「何言ってんだ。お前はジャンティの町に住んでないだろ」
「おじさん達が住んでるわ。大切な親戚じゃない」
ティファーナの父の姉にあたる人が、リアンスの母親だ。なので、彼にとってジャンティの町長は、ティファーナと同じく叔父になる。
「ああ、そりゃそうだ。で、そっちのボーヤが竜に直接頼まれたってか」
「ボーヤって……ぼく、これでも十五なんだけど。来月には誕生日がくるし」
リアンスは二十七と聞いた。そういう人から見ればボーヤだろうが、その単語と言おうか呼びかけはちょっと不愉快だ。
「へぇ。ってことは、ティファーナとタメか。で、その隣にいるちっこいのは?」
タッドの静かな抗議など、あっさり流されてしまった。
「ちっこい、とは何だ。他にも言い方があるだろう」
フェオンの方が、タッドより余程はっきり文句を言う。
「おっと、これは失礼。フェオンって言ってたな」
リアンスの方もぴしゃりと言われ、相手はどう見ても子どもだが、ちゃんと謝った。
「私はまだこの世界に生まれて一年しか経っていない……はずだ」
タッドとティファーナの年齢の話が出たためか、フェオンも自分の歳を口にした。が、想像以上に幼いと知り、タッド達は戸惑う。
「フェオンって、まだ一歳だったんだ」
「一歳でそのナリか」
「はぁー、やっぱり人間とは違うのねぇ」
年齢と姿の差に、ティファーナが改めてため息をついた。
「精霊って言ったか? まだまだ人間には未知の世界って奴だな」
それはタッドも同感である。魔法使いと言っても、不思議なものは不思議なのだ。
「さぁ、着いたぜ。と言っても、まだ駐車場だがな。ここで乗り換えだ」
リアンスに
初めて宇宙艇を見たフェオンは、その形に眉をひそめる。
「タッド、これは何のたまごだ?」
「これは宇宙へ出るための
艇と呼ぶより、見た目はカプセルに近い。少し汚れてはいるが色もオフホワイトなので、フェオンが言うようにたまごにも見える。他にも、多少大きさの違う機体が数台あった。
「結構年代物だけどな。メンテナンスはばっちりだ。安心して大丈夫だぜ」
「ティファーナ、乗り心地悪いって言ってなかったっけ?」
昨夜、船のツテがあると言っていた時に出ていたティファーナの言葉を思い出し、こそっとささやく。
「言ったわよ。だって、よく揺れたりするんだもん」
タッドは小さな声で聞いたのに、ティファーナは本人がいる前ではっきり答えるので、タッドの方が慌てた。
だが、そういう言葉を聞くと、やっぱり不安だ。
だいたい、持ち主は大丈夫だと言うものだが、その言葉は怪しいことも多い。いっそ、意味のわかっていないフェオンがうらやましい気もした。
「まぁ、多少クッションが悪いのは認める。だが、こいつは素直ないい子なんだぜ」
言われたリアンスの方は気にしていない。
「素直ないい子? では、これは生きているのか?」
「はは、そうだな。俺にとっては子どもみたいなもんだ」
フェオンの言葉に、リアンスは笑ってそう応えた。後でちゃんと説明しておかないと、フェオンがずっと誤解したままになりそうだ。
「急ぐんだろ。さぁ、乗った乗った。出発するぜ」
定員は、操縦士を除いて四名。
「フェオン、大丈夫かい?」
「……空気が悪い」
今まで自然界の広い場所で暮らしてきたフェオンには、こんな閉じられた空間は少々つらいものがあるだろう。
「窓を開けて飛ぶって訳にはいかないからな。エコーバインなら、だいたい二時間で着く。それまでちょっとがまんしてくれ。気分が悪いなら、後ろで横になれるからな」
「いや、気分が悪い訳ではないから、その必要はない」
フェオンは首を振り、自分にあてがわれたシートに座った。
「よし。じゃ、行くぜ。シートベルトはしてるな? 舌をかむなよ」
機体が大きく揺れ、次の瞬間には艇は宇宙空間へと飛び出していた。
☆☆☆
ティファーナの言葉でそれなりに心の準備をしていたせいか、タッドが予想した程にはひどい乗り心地でもなかった。揺れたのは離陸の時くらいで、その後は静かなものだ。
どうにか次の目的地へと出発もでき、少し落ち着いたところで情報がないか探ってみる。
惑星エコーバインへは、リアンスも今までこの艇で何度か訪れたことがあると言う。
「エコーバインがどんな星かって? まず、寒い。ああ、それは知ってるか。年中雪と氷があって、他の星で言うところのウインタースポーツがいつでもできる。だから、そういうのが好きな奴がよく行く星だな。実際、そういう奴を乗せたりしたし。エリアによってはオーロラが出るから、それも観光の目玉かな。寒いから大した作物ってのはないが、鉱物が多く出るんだ。観光とそれで住民の生計が成り立ってる。レクシーの半分くらいの大きさで、人口は半分以下。あとは……これと言って、めぼしい情報はないな。あえて言うなら、美人が多い」
「美人が多い? 何よ、それ」
妙な情報に、ティファーナが突っ込む。
「何って、そのまんまだよ。男が集まれば、こんな話になるの。な?」
操縦しながら後ろを向き、リアンスはタッドにいきなり同意を求める。
「な、何でぼくに聞くんだよ」
「あれ、お前らは学校とかでそういう話、しないのか?」
全くしない訳ではないが……。気のせいか、ティファーナの視線が痛い。
「あそこは恒星が遠くて光が弱いから、色白な美人が多いんだよ。銀河系ミスコンの上位入賞者が過去最多って聞いたぜ。クオーリアってすっげぇ美人が、あの星の出身なんだ。彼女はあちこちのコンテストで賞をかっさらったらしいぜ。俺が今のタッドよりもっとガキの頃の話だが、映像を見て子ども心にすごい美人だって思ったもんな」
「女の子の顔や体型に順位をつけるだなんて、失礼極まりないと思うな」
フェオンはよくわかってないようなのでともかく、紅一点のティファーナはこの話題があまり面白くないようだ。
「ティファーナだって、あと二年もすりゃ、とびっきりの美人になる。な、タッド?」
「だ、だから……どうしてぼくにふるんだよ」
なぜ、そういうことをしゃらっと言えてしまうんだろう。いきなりふられても、すぐに言葉が出ない。やっぱり本番に弱い部分が、アドリブの弱さにも表れる。
「バッカだな、お前。たとえそう思ってなくても、本当に思ってなかったら俺がぶん殴るが、そうだって言っとけよ。そうしたら、ティファーナのお前に対する株だって、少しは上がるってもんだ。教科書ばっか見てないで、そういうのもちゃんと勉強しろ」
「はぁ……」
そんなものかと思いつつ、もしかしたら遊ばれてるかも知れない、とも思う。
「あたしのことなんかをほめたって、なーんにも出ないわよ。おあいにく様」
ティファーナはぷいっと横を向く。
「あの……他に何かニュースみたいなものはない?」
空気がとげとげしくなりそうなので、タッドは話題を変えた。
「他か? 魔法関係ってのは、あまり意識を向けてないからなぁ」
興味がなければ、それも仕方ない。大きなニュースでもなければ、無理だろう。
「魔法関係でなくてもいいわ。小さな情報に何かヒントがあるかも」
どうでもいい話から、とんでもなく有益な情報が得られる、ということもある。
「んー。あ、そうだ。この前乗せた客が、エコーバインから戻って来たばかりだってなこと、話してたな。あそこは寒い星のはずなのに、やけに暑かったとか何とか、妙なことを言ってたぜ」
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