第8話 中心になって動く

「え、首を切るって、あの、えっと……ティファーナ?」

「こんな中途半端でやめるつもりなんて、あたしにはないからね。エコーバインへ行くのなら、あたしも連れて行きなさい。置いて行ったって、すぐに見付けちゃうんだからね」

「あ……その、来るなとは言わないけど」

「そう? それならいいのよ」

 タッドの返事に、ティファーナは少々不敵な笑みを浮かべて身体を引く。

 タッドの方は、胸がどきどきしていた。

 彼女の勢いと、身内でもない女の子に息がかかりそうな距離にまで近付かれたことに、驚くやら緊張するやら。

「それにしても、エコーバインか。遠いわね」

 いくら交通機関が発達していても、星から星への移動となると交通費もそれなりにかかる。調べてみないと正確な料金はわからないが、安くはないだろう。

「ねぇ、タッド。あなた、魔法使いでしょ。瞬間移動みたいなことはできないの?」

「今まで否定・訂正する間がなかったけど、ぼくは見習い魔法使い。無理だよ」

 星から星へ移動するとなれば、相当高度な術。魔法使いでも、そんな魔法を使える者はあまりいないだろう。

 ましてや追試六回の実績を持つタッドに、そんな離れわざなんてできるはずがない。

「見習い? それって、魔法学院の学生ってこと?」

「そう。付け加えると、その中でも落ちこぼれって奴」

 せっかく忘れていたのに、また追試のことを思い出してしまった。

「落ちこぼれでもいいじゃない。卒業さえできれば、こっちのものよ」

 期待の魔法使いがこんなていたらくでがっかりされるかと思ったが、ティファーナはあっさりと笑い飛ばした。

 その声が、タッドの暗くなりかけた空気をいとも簡単になぎ払う。

「あたしなんて、落ちこぼれどころか、学校がキライでやめちゃった。でも、通信で卒業資格はしっかりもらうつもりよ」

 ティファーナはコンピュータをキャリーケースに入れながら、天気か何かの話でもするみたいにあっけらかんと話す。そこには悩みのかけらさえ見付からない。

 そう言えば、ティファーナは町長の末娘の「家庭教師」をしていると聞いた。さっき使っていた実験キットも、その子のために持って来た物。

 もしかしなくても、彼女はタッドの想像以上にとんでもなくすごい少女なのかも知れない。

「あれ、家庭教師は学校が休みの時にしてるって……」

「それはあたしじゃなく、いとこの学校が休みの時って意味よ」

 長期の休みに入ったら、宿題を手伝うのとそれまでの復習などをさせているらしい。

「歴史に名を残してるすごい人だって、子どもの時は異端児だったり、勉強できなかったって人がいたりするみたいよ。要は、人生どれだけ有意義に生きられるかってことでしょ」

 やけに悟ったことを言いながら、ティファーナはコンピュータのケースを持つ。

「あたしはこれさえあれば、準備はできたも同然。タッド、フェオン、出掛けるわよ」

 薄いノートのようなコンピュータが入ったケースを小脇に抱え、身軽すぎる格好のティファーナ。自分の名前を呼ばれ、フェオンが目を覚ました。

「あの、出掛けるって……どこへ」

「何言ってるの、タッド。エコーバインに決まってるでしょっ」

「ええっ。だけど、どうやって行くんだよ。まだ星間連絡船のチケットだって、取ってないのに」

 宇宙空間を行くのに、まさかエアーバイクに乗って、とはいかない。それなりの船に乗る必要があるが、エコーバイン行きがどの時間にあるかも調べてない。

 それに、旅費というものが必要になる。まさか自費で行けとは言われないだろうが、何にしろ事情を話して多少はズィードに出してもらわなければ、タッドの財布がもたない。

「平気よ。船ならツテがあるわ。小さくて乗り心地はちょっと悪いけど」

 彼女なら、どんなツテでもありそうな気がする。

「まさか海賊船のたぐいとかじゃないよね。それとも密航とか」

「そんな知り合いはいないし、罪を犯すつもりもないわよ」

 ティファーナなら勢いでやりかねないような気もしたが、それを聞いてとりあえずほっとする。

 どういうツテかはともかく、早く行けるのならそれに超したことはない。

 だが、さすがにタッドは疲れているし、フェオンは何も言わないがたくさんの人間に会って気疲れしているだろう。

 話を聞いた町長からも、出掛けるなら明日の早朝にするように言われ、タッドは一旦祖父の家へ戻った。

 ズィードに出掛けることを話し、翌朝になると町長の家の前で待っていたティファーナと再び合流する。

 雪で何度かスリップしかかったりしつつ、町長の運転で高速鉄道の駅まで送ってもらった。

 結局、現段階で竜を助けるために動いているのは、タッド達だけだ。

 祖父が話していた町の魔法使いとは、まだ連絡が取れないらしい。町長としては竜珠も大切だが、現在の町全体のことも色々と考えなくてはならない。

 温泉で町の運営ができているようなものだから、竜が助かるまでどうするか、といったことを重役達と話し合わなければいけないのだ。ズィードももちろん、その一人である。

 他にも、雪かき中に屋根からすべっただの、スリップ事故だのも多発しているし、病院が嬉しくない繁盛をしていた。

 さらに暖房器具や燃料の確保、雪による食料品の配送遅れなど、細かいことを言い出せばキリがない。

 それらの問題は、一般の人達にものしかかってくることだ。

 彼らにできることは、ドリープ火山周辺で何か見たり、もしくは何か知っていることがあれば情報を提供してほしい、という町の広報に協力するくらいだろう。

 それだって、出てくるかどうかも怪しい。

 とにかく、ティファーナが「あたし達が当面動くから」と言い、町長は申し訳なさそうに「頼む」と頭を下げたのだった。

 町の予算から出るから、と言ってキップはティファーナがカードで買い、タッドとフェオンはどこへ行くのかも知らされないまま、ついて行く。

「タッド……これは一体何なのだ? 魔物の腹に入っているのに、外が見えている」

 初めて電車に乗ったフェオンは、見たことのない異質な姿の乗り物(と認識しているかどうか)にいささか興奮している。

 その様子は、初めて電車に乗った子どもと同じだ。

「電気、自然界では雷かな。その力を利用して動いてるんだよ。人や荷物を、速く遠くへ運んでくれるんだ。怖くないから。ああ、走ってる電車や車の前に飛び出したりしたら危ないよ。滅多なことはないだろうけど、俺から離れないようにね」

 山から戻る際に車に乗った時も、目を丸くして中を見回していた。

 今は車よりもさらに大きな乗り物に乗って、驚きと興味と恐怖が同時にフェオンを包んでいるようだ。

「フェオンって、本当に人間の文明がない所にいたのねぇ」

 その様子に、ティファーナがしみじみと言う。

 見た目はどうしたって普通の子どもにしか見えないので、精霊と言われてもピンとこなかったのだ。タッドの服を着ているから、なおさらだろう。

 でも、今の時代に車すら乗ったことのない子どもがいるなんて、むしろそっちの方が信じられない。余程の田舎にいたのか、とも思えるが、むしろ田舎の方が車を必要とする場合も多いだろう。

 だが、ずっと山にいた精霊なら、この様子も納得がいくというものだ。

 周囲に興味津々なのだが、やはり怖い部分もあるのだろう。ずっとタッドの服のすそを握ったままでいるのがかわいい。

「ティファーナ、そろそろどこへ行くのか教えてほしいな」

「あ、ごめーん。ちゃんと言ってなかったっけ。いとこの家よ」

「いとこ? それはいいけど……行く先は何て場所なの」

「ソーグよ。三十分くらいで着くわ」

「さんじっぷん?」

 フェオンには、時間の表現がよくわからないようだ。

「この時計の針の先が、この辺りに来る頃に着くってことだよ」

 タッドは腕時計をフェオンに見せながら、説明する。外の流れる景色に目を奪われていたフェオンは、今度はその時計に釘付けになる。時計も珍しいらしい。

 見るもの全てが興味をそそられるらしいが、ティファーナの部屋にはタッドですら目を引くものがあった。よくおとなしくしていたものだ。

 きっと、二人が竜を助けるために動いている、というのがわかっているから、邪魔をしないように気を遣っていたのだろう。

 今は移動するだけだと理解しているらしく、人間の子どものように興味のあるものへ素直に目がいくのだ。

「ソーグの町は通り過ぎるばっかりで、行ったことはないな。そのいとこは、もしかしてパイロットでもしてるとか?」

「機長には違いないわ。社長でもあるし」

 冗談で言ったのに、肯定された。

「え……すごい知り合いばっかりいるんだな」

 タッドが素直に感心すると、ティファーナはくすくす笑う。

「機長で社長と言っても、従業員は事務をしている奥さんだけよ」

 リアンスというティファーナのいとこは、個人タクシーと宅配業を兼ねているという。

 古いタイプだが、星間を行き来できる宇宙ていを持っているし、いわゆる自営業なので頼めば時間を都合してくれる。何より気やすい。

「昨夜連絡してみたら、今日は空いてるって」

 タッドが帰った後に、ティファーナはリアンスに電話を入れておいた。うまい具合に、ちょうど仕事が一段落したところだ、という返事をもらう。

 駄目でもどうにかして都合をつけてもらうつもりだったので、いいタイミングだったようだ。

 それを聞いたタッドは、ありがたいと思う反面、関係ない人を巻き込んでしまって申し訳なく思う。

「タッドが気を遣わなくてもいいわよ。ただでやってくれって言ってないもん」

 交通費は、ジャンティの町の歳費から出る。タッド達はジャンティの町を助けるために動いているのだ。今乗っている電車もそうだが、こういった費用はジャンティ持ち。

 町の生死をかけた出張、というのも肩の荷が重いが……。

「あちこちの星を飛び回っているから、エコーバインについても色々知ってるはずよ」

 タッドもティファーナも、星の名前は知っているが、その場所についての知識はあまりない。寒い所らしい、というくらいのもので、他にこれと言って思いつかない。

 その点、実際に行ったことのある人物なら、教科書やガイドブックに載っていないことでもあれこれと知っていそうだ。

「じゃ、剣のことも……って、その人、魔法関係なんかも詳しいのかな」

「さぁ、それはどうかしらね。でも、何か聞いたことがあるかもよ」

 そんな話をしているうちに、ようやく目的の駅に着いた。

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