第7話 データ解析と昔話

「フェオンのこと?」

「私がどうした?」

「タッドのおじいさんに頼まれて、あたしがドリープ火山周辺の地形を映し出して、あなたが山を降りたらしいってことを教えた……っていうのは聞いたわよね? その時の生命反応の位置を見て、タッドが山のどの辺りにいて、いつ頃ふもとに着くかを教えたんだけど」

「だけど……? 変な所で切らないでよ。おかしなことでもあった?」

 変な間をあけられると、不安になる。

「その時の生命反応って、一つだったのよね。タッドはフェオンとずっと一緒だったの?」

「え……山へ入って、途中でフェオンに会って……それからはずっと一緒だけど」

 言いながら、タッドはフェオンの方を向く。

 一方のフェオンは、相変わらず表情には大きな変化もなく、何の話なんだろうと言いたげな顔でタッドを見ている。

 町へ着いてから、フェオンはタッドの服を着ていた。

 ねこのキャラクターが描かれたTシャツに、薄手の青いカーディガン。下はひざがすり切れているデニム。すそは折って、長さを調節してある。

 祖母のマーラが捨てられずに置いていた、タッドが小さかった頃のものだ。その様子は、どこにでもいそうな普通の子どもにしか見えない。

「そう。でも、あたしの見落としじゃないわ。まさかと思うけど、アンドロイドじゃないわよね?」

 機械人形なら、生命反応がなかったというのも納得できる。

「フェオンがアンドロイド? そんな訳、ないよ。魔法使いがそんなのを連れて歩くことなんてないし」

 絶対にない、とは言わないが、周囲でもそんな魔法使いを見掛けることはまずない。連れて歩くとすれば、契約した妖精や魔獣といったところだ。

 フェオンと会ったのは、火山。そんな所にアンドロイドが動き回ってはいないだろう。

 そこにいた事情はともかく、もしフェオンがアンドロイドであれば、相当高度な技術を駆使して製造されたもの、ということになる。

「アン……とは何だ?」

「えーっと、人間じゃないもの、かな」

 人間の文明を知らないであろうフェオンに、アンドロイドの説明は難しい。

「人間ではないものをアン……と言うのか?なら、私はアン……だ」

「えーっ。本当にメカなのっ?」

「ち、違うよ、ティファーナ」

 フェオンがすました顔で言うのでティファーナは素直に驚き、タッドは慌てて訂正する。

「この子は機械じゃない。ドリープ火山にいる精霊……みたいなものかな。人間じゃないのは本当だけど、アンドロイドとかロボットって意味じゃないんだ」

「なんだ。ああ、びっくりした。こんな精巧なの、初めてって思ったから」

 フェオンは、不思議そうにタッドを見た。

「……違うのか?」

「フェオンが思っているのとは違うよ」

 生命反応が出なかったのは、人間や動物とは違う生命であり、その存在を感知するだけの力を機械に持たせられない人間の力不足だろう、という結論に至った。

「そうなのよねぇ。魔法って単純な表現をするなら、超自然の力でしょ。風の向きに火や水の温度、地面を動かすエネルギーでさえ数字に表せるのに。魔法とかそういうものだけは、どうしてもコンピュータにとって理解不能な部分なのよね」

「魔法は習ってるけど、どういう原理かっていうのは説明できないな」

 そういうふうに言われると、どうして自分は魔法を使いこなすことができるのか不思議だ。

「火山には竜がいるんだって話を、ここへ来るたびにおじさんから聞かされていてね。小さい頃からあたし、ずっとその存在を見てみたいって思ってたの。でも、いくらドリープ火山を調べても、生命反応は確認できなかったのよね。だから、伝説はやっぱり伝説なのねって思ってたのよ」

「……伝説って何?」

「あら、タッドは知らない?」

 タッドが首をかしげると、ティファーナがおおざっぱながら話してくれた。

 ジャンティの町には、竜に関する伝説がある。

 五百年程昔。ドリープ火山はよく噴火を繰り返す山で、周辺の村や町に住む人達は噴火による被害に悩まされていたという。

 ある日、山の竜がふもとへ降りて来て、ドリープ火山に一番近い人間の町ジャンティへやって来た。

 竜とは言ってもまだ幼い子どもで、初めての場所ですっかり迷ってしまう。帰れなくなって泣いていた竜をジャンティの町の人達は優しくなぐさめ、いつ噴火するかもわからない火山へ送り届けた。

 竜の親は感謝し、自分とこの子が生きている間は山の力によって町が被害に遭わないようにする、と約束してくれた。

 それから現在に至るまで、火山活動は一度もないという。

「ああ、それならぼくも、昔話で聞いたことがあるな」

 遠い昔、そういう話をマーラが寝る前に枕元でしてくれていた、ような気がする。

 内容はかなりうろ覚えだが、あれはこの町に残る伝説だったのだ。だが、あくまでもおとぎ話の枠を出ないものだ、と思っていた。

 思い返してみれば、ドリープ火山へ入る前にズィードが「火山が噴火しないのは、竜のおかげ」と言っていた。

 聞かされたタッドは、どうして竜がこんな小さな町のためにそこまでしてくれるのだろう、と祖父の話を疑っていたのだ。

「うん。あたしも昔話だとばっかり」

 本当に竜がいて、噴火を抑えてくれているなら、その存在が確認されてもいいはずだ。

 何もないのは、何もいないから。噴火しないのは、する程の力が山にないから。

 噴火しないことにこじつけた物語。このテの話は、どこにでもある。

 ティファーナはそう考えていた。そう考えざるをえなかった。科学の目から見れば。

「でも、竜がコンピューターに感知できない存在って言うならね」

 話は大きく変わってくる。今の科学力では映すことが不可能なら、竜の存在をあからさまに否定できなくなるのだ。

 そして、目の前には現実にその存在をキャッチできなかった子どもと、竜を見たと話す魔法使いがいる。

 タッドの言葉だけなら疑わしいと思われても仕方ないが、フェオンの存在がタッドの話に信憑性を持たせているのだ。

「これってすごいことじゃない? だって竜の存在ってここんところ、確認されてないでしょ。確認できなかった、と言う方が正しいっていうのが今はわかったけど。それが竜も精霊も、あたし達のそばにいるってすごいわ。科学の力が大きくなっている今の時代に、彼らの存在は貴重よ」

「私達の仲間はあちこちにいる。珍しいものではない」

 少女が感激しているのを見て、フェオンが突っ込んだ。

「仲間同士で会うことはあっても、人間の前に現れるのって少ないんじゃない? だから、あたし達にとっては、フェオン達の存在ってすっごく珍しいものになるのよ」

「……そういうものか?」

「深く考えなくていいよ」

 もう何度目になるかわからない、フェオンの不思議そうな顔。

「もし竜の存在がわかる機械を発明したら、イエスベル賞ものよね」

「精霊や竜を判別できるのなら、それはすごいと思うよ。でも、竜に比べて精霊の方は圧倒的に数が多いし、竜だと思ってその場に行ったら違ったってことはありえるからね。確実に竜と精霊を判別できないと」

「え、そうなの? 精霊ってそんなにたくさんいるもの? この近くにもいる?」

 ティファーナが、部屋の中をきょろきょろと見回す。

「ぼくも全ての存在がわかる訳じゃないけど、近くにいるっていうのはわかるよ」

 その姿をはっきり目にすることはあまりないが、存在を感じることはよくある。魔法を使う者ならそういったセンサーが磨かれて、個人差はあってもわかるようになるものなのだ。

「なるほどね。だから、竜の存在が見付けられたの? コンピュータよりすごいわ」

「そういう訳じゃ……。竜の話はおいおいするよ。今はこっちに集中しよう」

 すっかり話し込んでしまった。今は時間を大切にしなければいけないのだ。

 二人はデータの画面とにらめっこを開始した。その横で、フェオンがその顔にたくさんの「?」を浮かべながら、人間達のすることを眺めている。

 やめられなくなっちゃったな……。

 ティファーナが真剣に調べてくれているので、今日は時間も遅いから明日に、と言い出せなくなってしまった。数字の羅列は、疲れた身体にはつらい。

 タッドの隣では、いつの間にかフェオンがうつらうつらしている。

 しかし、データを見付け出すのにそう長い時間はかからなかった。ティファーナの持っていたソフトで思ったよりも範囲が限定され、手間が省かれたおかげだ。

「ちゃんとした機関で調べれば、もっと正確なデータが出せるはずなんだけど」

「いや、十分にすごいよ。個人でこれだけのことができるなんて」

 子ども用の実験キットも案外あなどれないものだ。

「ありがと。後はあたしの出したデータが正しいことを祈るだけね」

 ティファーナの調べた成分に一番近いのは、エコーバインという惑星の水だった。

 現在、タッド達がいるのは惑星レクシー。ここから、星を二つばかり超した場所に存在する惑星である。

 まさか、星をへだてた場所の水とは想像もしていなかったので、ティファーナにしては「正しいことを祈る」なんていう控えめなコメントが出たのだ。

「このデータが正確だとして。エコーバインで造られた氷の剣が、星を隔てたあたし達のいるレクシーにいる竜の力を奪った、ということになるわ。もちろん、剣の持ち主がこの星の住人で、剣は単にエコーバインで造られただけ、という可能性はあるけど……。今ここで調べられるのはここまで。さらに深く突っ込んで調べるなら、エコーバインへ行って、現地で情報収集しないとね」

 第一段階として、エコーバインという惑星の名前があがった。これで次の糸口が掴めたことになる。

 この糸口から、さらに次の糸口を見付けなければ。

「そうだね。とにかく、まずは一つ目クリアか。ありがとう、ティファーナ。本当に助かったよ」

 タッドは素直に礼を言ったつもりだったが、この言葉にティファーナの目がぴくりと上がる。

「……ちょっと待ってよ、タッド。まさか一人でエコーバインへ行くつもり?」

「他に情報を探す手だてがないなら、そこへ行ってみないと。フェオンも一緒について来ると思うよ」

 どうやら、ジャンティの町やレクシーで探すには限界がありそうだ。エコーバインという名前が出た以上、やはり現地へ行く方が何かと見付かりやすいだろう。

「そうじゃなくって! 助かったよって言って、ここであたしの首を切るつもりじゃないわよね」

 ティファーナが、ずいっとタッドにせまる。せまられた方のタッドは、思わず後ずさりしてしまった。

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