第6話 状況説明と協力者

 タッドは町の人達にぐるりと囲まれながら、ドリープ火山で見て来た竜の話をした。

「……で、竜が持っていた竜珠を取り返さないと、この周辺は冬みたいになるって」

「何てことだ。そんなひどいことに……」

「どこのどいつだ。竜の宝を盗むなんざ」

「悪事をするにも、程ってもんがあるぞ」

 タッドの話に、町の人達は怒りをあらわにする。

 姿を見たことがないとは言え、自分達の守り神のような存在なのだ。竜の実在をどれだけの人が信じていたかはともかくとして、大切には違いない。

「竜の宝を取り返すと言っても、我々にはどんなものか見当もつかないが」

「しかし、それがないと、暖かいはずの土地が雪に埋もれてしまうことになりますな」

 ズィード達がタッドの話を聞き、それぞれがひとしきり怒りや悲しみの感情を外に出した後。現実問題としてどうするか、ということになった。

 で、ズィードがちらりとタッドの方を見る。

「……わかってるよ。やればいいんだろ、やれば」

 どうせこうなることは、わかりきっていたことだ。

「竜からも頼まれちゃったからね。ただし、ぼくにどこまでできるかは何とも言えないよ」

 周囲で感激の声が上がった。その声が、タッドにプレッシャーをかける。

 確実に問題を解決できるかはわからない……というタッドの気弱な発言は、完全にスルーだ。

「そうかっ、やってくれるか。さすがはわしの孫だ。じぃちゃんは鼻が高いぞ」

 ぼくが言わなくてもさせる気でいたくせに、とは思ったが、もうそれを言葉にするのも疲れた。

「けどさ、実際に何から手をつけていいか、ぼくもわからないんだ。手掛かりがないしさ」

 手掛かりがあるとすればフェオンの目撃証言だが、あの証言からどうやって糸口を見付ければいいのだろう。

 銀の魔物というのが、本当の魔物なのか、人工物を見たことのないフェオンがそう思い込んだメカなのか。そこからして、断定しがたい。

「これを調べてみたら、何かわからないか?」

 フェオンが手を差し出した。

 その手には、タッドの小指にも満たない小さな氷のかけらがのっている。

「タッドの話ばかりで聞くのを忘れていたが、その子はどこの子なんだ?」

 遅ればせながら、フェオンの存在にみんなが気付いた。……ちょっと遅すぎる。

 タッドも竜の話をするのに必死で、フェオンの紹介を忘れていた。

「ああ、山で会ったんだ。どこの子、と聞かれると困るんだけど。火山に住んでる子だよ。フェオン、その氷は何? 冷たいのに、ずっとそんなものを持って歩いてたの?」

「タッドが氷の剣を溶かそうとした時、剣から伸びたつららだ」

「剣から? じゃあ、これはあの剣の一部ってことだよね」

 これを調べれば、何か手掛かりになるかも知れない。重要な証拠物件だ。

 ……どうやって調べればいいのだろう。

「ねぇねぇ、魔法使い。それを調べるの、あたしにやらせてくれない?」

 はきはきした女の子の声がして、人垣を分けて声の主が現れた。

 快活そうなショートカットの明るい金髪に、強い輝きを宿した青い瞳。スタイルもよく、なかなかにかわいい。見たところ、タッドとそう年は変わらなさそうだ。

 第一印象としては、とても元気そうな女の子。

「ティファーナ……お前にそんなことができるのかい」

「何でもやってみなきゃね」

 町長が名前を呼ぶところを見ると、どうやら彼女は知り合いらしい。

「この子はティファーナ。私の姪で、今は娘の家庭教師をしてくれているんです」

 タッドの表情を読んだ町長が、そう説明してくれた。

 町長の兄の娘で、学校が休みの時などに町長の末娘に勉強を教えているのだという。

 タッドが山から降りて来たところをモニターに映してくれたのも、彼女だということだった。

「氷ってことは水でしょ。水の成分を調べてみれば、どこの世界のものかわかるわよ」

 水と一口に言っても、その成分は微妙に違うものだ。データを照らし合わせてみれば、ぴったりの所がなくても、近い場所を限定していける。

「手掛かりがないなら、できるところから始めましょ」

「そうだな。よし、まずは早いところ、町へ戻ろう」

 町長の言葉で、みんなは一斉に車へ戻って行く。

「じゃあ、きみに頼んでいいかな」

「もっちろんよ。まかせて」

 ティファーナはウインクを一つして、頼もしく請け負った。

 ティファーナが小さなナイロン袋を差し出すので、タッドはフェオンから氷を受け取って袋に入れる。

「手伝いの方、よろしくね。サンプルデータを調べるのって時間かかるわよ」

 やはり完全に人まかせ、とはいかないようだ。その点はタッドも期待してはいない。

 何となく主導権を握られたみたいだけど……大丈夫かな。

☆☆☆

 手伝え、と言われたものの、何を手伝えばいいのかわからない。サンプルデータがどうとか言っていたが、コンピュータにそれほど明るくない見習い魔法使いにそういうことができるのだろうか。

 とにかく、タッドは着替えや食事をして一息つくと、ティファーナの所へ向かう。

 もう八時を過ぎているので、少し顔を出しておいて続きは明日、くらいに考えていた。

 彼女は町長の家にホームスティしているそうなので、町長の自宅へ足を運ぶ。

「いらっしゃい。今、成分を調べてるところなの。ちょっとその辺に座ってて」

「うん。えーと、おじゃまします」

 机の上には、顕微鏡や何に使うのかタッドには不明の薬品や機材が並んでいる。町長夫人に案内されて入ったティファーナの部屋だが、彼女は顕微鏡を覗き込んで、そこから目を離さずにそれだけ言った。

 タッドはソファに腰掛け、その隣にフェオンがちょこんと座る。思ったより本格的な調べ方をしているみたいだ。

「んー、これといって特別な微生物はいないみたいね。その氷の剣から山のふもとへ来るまでに、転んだりして汚れを付けたりはしてないわよね? 山の土の成分と混ざっちゃうと、ややこしくなるし。あ、でもシャーレに取って運んだ訳じゃないから、完全無菌状態っていうのは無理よね。その辺りはある程度考慮に入れるべきか」

 顕微鏡から目を離したかと思うと、試験管に薬品を入れて反応を見る。

「タッド、あれは何をしているのだ?」

「水に何が入っているかを調べてる……と思うんだけど」

 フェオンに尋ねられても、タッドにだってよくわからない。魔法学院では、一般常識としていくつか理数系の授業もあるが、水の成分をどうやって調べるか、なんて実験はしたことがない。

 どうして彼女は、そういうことができる薬品を持っているんだろう。

 尋ねてみたいが、真剣な表情で作業している今のティファーナには声をかけづらい。

 色々調べていたかと思うと、今度はコンピュータに結果らしいデータを打ち込んでゆく。自分がノートに走り書きした数字と間違いがないか照らし合わせ、すぐに印刷する。

「できたっと。タッド……だったわよね。あなた、コンピュータは使える?」

「まぁ、たぶん人並みには。でも、あまり得意とは言えないな」

 タッドの専門は、あくまでも魔法である。……一応。

「簡単よ。そっちに座って。あたしが色々な世界の水の成分データを出すから、今あたしが出したこの表に近い数字の所がないか、探してくれればいいの。純粋な数値じゃないから、少し幅をもたせて抽出してあるわ。ドラッグすればいいだけだから、できるでしょ」

 画面を上下に動かすくらいは、タッドにもできる。だが、データの量は膨大だ。

「おじさんに借りたコンピュータはめっちゃくちゃ古いのよね。ソートできればいいんだけど、さっきやってもうまくいかなくて。今時、データの並べ替えもできないなんて困るんだけどなぁ。しかも、処理能力がすっごく遅いし」

 町長の年代なら、余程興味があるか必要に迫られなければ、新しい機械がほしいと思わないのだろう。

「あたしは自分のを持って来ているから、これである程度は絞り込めるわ。自宅ならバージョンが上だから、もっと楽に探せるんだけど……。今はないものを言っても仕方ないしね」

 ティファーナは自分のコンピュータでデータを整理し、それをタッドの前にある町長の、つまり彼女のおじさんの物であるコンピュータへと送る。

 そこに出た画面から、彼女が調べてくれた「剣を構成していた水の成分」に近いものをタッドが探し出すのだ。

 言葉だけなら簡単だが、データ量はとんでもない。見るだけでも気が遠くなる。

「ティファーナはこういうのって得意なの? すごく慣れた感じがするけど」

「得意って言うか、好きなのよね。何かを調べるってことが楽しいから」

 見ていると確かに、わくわくしている、というのが伝わってくるみたいだ。

「すっごい偶然なんだけど、父親が水質を調べる仕事をしてるのよ。水の研究者、とでも呼んでくれ、なんて言ってるわ。ここにある薬品の類は、父の職場でもらってきた物でね。ほら、遠足なんかで会社見学みたいなこと、タッドはしなかった? ああいうのでもらえる、実験キットよ」

 自分の周囲にある水の成分を調べてみよう、という簡単な薬品のセットらしい。町長の末娘の自由研究に使えると思い、ティファーナが持って来たのだ。

 顕微鏡や試験管は父親からもらったティファーナの私物で、まさかこんなところで活躍するとは思わなかった、と嬉しそうに話す。

 タッドも、個人でこんなにしっかり調べてもらえるなんて思わなかった。

 町長が言えば、専門機関で調べることもできるだろうが、ジャンティの町に水を専門に扱う研究所のようなものがあるとは聞いたことがない。

 近隣の町に依頼すれば、きっと時間がかかってしまうだろう。個人がやるより正確で精密なデータが出るのだろうが、結果が出るのが遅くなって竜に何かあっては意味がない。

 タッドにとって、そして火の竜にとってティファーナの登場は非常にありがたいものだった。

「今はたいがいのことが、コンピュータで調べればわかるでしょ。もちろん、わからないこともたくさんあるから、それを追究するのが楽しいのよ。タッドは魔法使いだから、コンピュータにはあまり縁がないのかしら。タッドが超自然派なら、あたしは超人工派ってところかしらね」

 魔法は自然の力を利用するもの。超自然派、と言われればそうかも知れない。あまり聞き慣れない言葉だ。

「あたし、魔法使いの知り合いっていないから、こうしてそばにいられだけでもわくわくしてるの。あ、そうだ。タッドに聞きたかったんだけど」

「ぼくに聞きたいこと? 魔法や竜のこととか?」

「竜のことも聞きたいけど、それは後ね。あたしが聞きたいのは、その子のこと」

 ティファーナは、二人の会話がさっぱりわからないでいるフェオンを指差した。

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