第5話 ついて来る子ども

 親や友達によく言われる。

 流されやすい性格だ、と。

 タッドとしてはそんなつもりではないのだが(早い話、自覚がない)気が付けば確かに流されている。いやと言えない性格、とも表現できるだろう。

 学院の女の子達の間では、頼みやすいけど頼りない、という評価がくだされているらしい、と聞いた。

 頼んでおいてそれはないだろう、と思うが文句は言えない。

 今回も、その性格が災いしたようなものだろうか。竜にすれば、幸いだったろう。

 とにかく、タッドは竜に「できるだけのことはする」と言って、山を降りることにした。……そう言うしか、できなかった。

 自信を持って「必ず見付けてやるぜ」なんて、とても言えない。こうして竜のいる所を後にしたものの、現実問題としてどこまでできるのか、はなはだ不安だ。

 しかも、時間は数日しかない。どうにもこうにも、問題だらけ。

 どこから手をつけたらいいのだろう。とりあえず、祖父達と相談だ。

「……どうしてついて来るの?」

「いけないか?」

「いや、別にいけないってことはないんだけど……」

 元来た道を戻って山を降りるべく歩いていたタッドは、振り返るとフェオンが彼の後を歩いていることに気付いた。

 道がわかる所まで送ってくれている、と言うよりは、どう見てもタッドについて来ている、としか思えない。

「私がこの山にいたところで、竜のために何もできない。だったら、山を降りて行動する方がいい」

 タッドが竜のためにちゃんと働くかを監視するためか、と思ったが、フェオンはフェオンで竜のために活路を見出したいだけのようだ。

 竜が死んでしまったら、恐らくフェオンも無事ではいられないのだろう。

 火の妖精や精霊なら、火の竜の生死は己の生死と同じ。つまり、自分のためでもある訳だ。

 とりあえず山の外の生き物である人間について行けば、少しは動きやすい、とでも考えたのだろう。

「わかったよ、フェオン。じゃ、一緒に山を降りよう」

 タッドはフェオンに手を差し出した。

 それから、フェオンの格好に改めて気付く。

 この寒さに、ネグリジェのようなデザインの薄い衣一枚だけ。足は一応サンダルのようなものをはいているが、靴下はなし。

 どう見たって暖かそうとは言えないし、見ているこっちの方が寒くなる。

 タッドは着ていたブルゾンを脱いだ。薄手なので、ダウンジャケットのように暖か、とはいかないが、今のフェオンの格好でいるよりはずっと暖かいはずだ。

 タッドは脱いだブルゾンを、そっとフェオンに羽織らせた。

 長身のタッドが着ていたものを、タッドの腰辺りまでしかない小さなフェオンが着ると、中途半端なロングコートみたいだ。しかし、これで足下の寒さもずっと緩和されるはず。

「これで少しは寒さもましになるだろ」

「……」

 フェオンは不思議そうな顔で、タッドを見ている。

「あ、もしかして必要なかった……かな」

 火の精霊なら、自分で体温を適当なところまで上げるくらいは簡単にできるのかも知れない。それ以前に、気温に左右されない、ということも考えられる。

 つい人間の感覚でそんなことをしたタッドだが、余計なお世話だったのだろうか。

「……いや、あたたかい。ありがとう」

 礼を言われ、タッドはほっとする。

「だが、こんなことをして、タッドは寒くないのか?」

「歩いていれば、身体も温まるから大丈夫だよ。ぼくが住んでる街の冬の方が、ずっと寒かったりするしね。その服は少し大きいけど、町へ行けばフェオンの身体に合ったものがちゃんとあるから」

 町へ戻ってこの話をすれば……きっとこの先動くのもタッドが、ということになるだろう。竜の話を町の人達にして、それでおしまい、とはいかない。

 フェオンもそばにいることだし、竜にも「できるだけのことはする」と約束してしまった。

 どちらにしろ、これからどう動くかが問題になる。だが、手掛かりなしでどう動けばいいのか。解決の糸口というものがなさすぎる。

 山を登る時と同じで、あれこれぐずぐずと考えながら山を降りて行く。

「あ、そうだ」

 ふと思い出して、山へ入る時に渡された携帯電話を、タッドはリュックから取り出した。山から降りたら連絡しろ、と言われて持たされたものだ。

 だいぶ降りて来たこの辺りなら電波も飛ぶだろうし、今から連絡を入れればふもとに着いた時にちょうど迎えが来ている、となっているはず。

 タッドの帰りを心待ちにしているだろうから、すでに迎えに出る準備はしているかも。

「うわ、今時珍しいくらいに古いタイプだな。えーと……電源はどれ……って、おいっ」

 電源となるボタンを押しても、表示画面には何も出ない。自分の物ではないから操作を間違ったのか、と思ったが、基本部分はそう変わらないだろう。

 たとえ圏外でも、画面はそれなりに明るくなりそうなものだが、電話はうんともすんとも鳴らなかった。

「じぃちゃん、渡す前に充電くらい、やっておいてくれよぉ……」

 見事に充電切れローバッテリー。これでは無用の長物、単なるお荷物でしかない。

「タッド、そんな小さな板に向かって、何を叫んでいる?」

 フェオンがタッドのやることを、不思議そうに見ている。

 山を降りたことのないフェオンには、携帯電話というものなど知識の中には入っていないのだろう。妙な顔をされても仕方がない。

「あ、これは別の場所にいる人に連絡ができるもの……なんだけど、電池切れで……えーと、つまりこいつのエサがなくて動けない状態なんだ。だから、今は役に立たない。わかる?」

「腹が減ったのなら、何か食わせればいい」

 あっさりと言ってくれる。

「そのエサが、町へ行かないとないんだ」

「やっかいだな」

「……そうだね」

 むなしくなって、がっくりと肩を落とす。

 文明の利器も、こんな自然の中ではその力を発揮できない。便利なはずなのに、使えない今では邪魔になってしまうだけ。

 人間の力なんて、こんなものなのだろうか。

 ようやく山を降りたが、町まではまだ距離がある。ドリープ火山の周辺は「山には竜がいるから」と言う理由で、人はほとんど寄りつかない。竜に近付くなんて恐れ多い、という訳だ。

 当然、建築物などもなく、がらんとした平原が広がっているだけ。雪は降っていなかったが、薄暗い。雪空でも本来は夏なので、まだ完全に日没ではないのだ。

 真っ暗になる前に山を降りられてよかったが、何となく世界に取り残された気分だった。

 人家などはもちろんなく、ジークに連絡を入れられる場所まではしばらく歩き続けることになる。そうならないために持たされたはずの携帯だったが……考えると情けなくなるので、タッドは歩き出した。

 山の近くは雪がそんなに積もっていないので、多少は歩きやすいが……大した慰めにはならない。

 これを渡された時点で、ぼくもチェックしておけばよかったんだよな。

「山の外には、もっと人間がいるのではないのか?」

「町ってこと? ここからもう少し離れた所だよ」

 山を降りても人間の姿はまるで見えないのでフェオンが尋ね、タッドが教えてやる。

 こうしていると、感じられる雰囲気が違うとは言え、どこにでもいる普通の子どもと話をしているみたいだ。

 その口調はともかくとして。

「……かすかに人間の気配がする。向こうから」

 フェオンが指差す方向は、確かにジャンティの町がある。かなり距離があるのに、人の気配を感じ取るのはさすがだ。

「うん、あっちに町があるんだ。ぼくのじぃちゃんとばぁちゃんが住んでる」

「それは……親の親、だな。タッドはそのマチに住んでいないのか?」

「ぼくは別の街に住んでるんだ。で、こっちへ遊びに来たら、こういうことになってて」

 ああ、もう。そのことについては考えたくないや。底なし沼に入ってく気分。

「タッド、人間の気配が、さっきより強くなってきた」

「え? まだそんなにたくさんは歩いてないけど」

 それだけ気配を敏感に感じ取れる力がある、ということかな。だから、山へ入ったぼくのこともすぐにわかったって訳か。

 そう思ったが、すぐにフェオンの力がすごすぎるのではない、と知る。

 タッドの歩く先、つまり町の方から車がこちらへ向かって走って来たのが見えたのだ。その中には当然人間が乗っているはずだから、フェオンはその気配を感じ取っていたのである。

 車は一台、二台ではなかった。ワゴン車も見えたりしているし、五、六台は絶対にある。

 どうしてこんなにたくさんの車がこちらへ来るのだろう、と思っていると、タッドとフェオンの前で車は全て停車した。

 ヘッドライトを光らせた車に囲まれると、ちょっと怖い。

「おお、タッド。おかえり」

「え……じぃちゃん?」

 先頭の車から降りて来たのは、祖父のズィードだった。町長の姿もある。

 他は見覚えがあったりなかったりするが、きっと町の人達だろう。急に団体になった。

「いやー、すまんすまん。充電したつもりだったんだが、充電器のコンセントが抜けてたことに気付いてな。たぶん切れとると思って」

「たぶんじゃなく、しっかり切れてたよ」

 そういう初歩的なミスを、こんな時にしないでもらいたい。

 それから、今更ながらに気付いた。

 こういった道具を使わなくても、魔法で連絡を取る、という手段があったことに。

 ぼく、何年魔法の修行をしてるんだよ……。

「だけど、どうしてぼくが山を降りたっていうのがわかったの?」

「この辺りの地形を、モニターに出してもらってな。生命反応を見付けて、タッドが山から出た、というのを確認したんだ。で、迎えに来た、という訳だ。衛星のおかげで助かったな」

 宇宙に浮かんでる機械に感謝するより、コンセントの一つくらい、ちゃんと入れてくれ。

 声には出さないが、心の中でぼやく。横ではフェオンが、よくわからないような顔をしていた。

「迎えに来てくれたのはわかったよ。で……どうしてこんなに大勢?」

 てっきり祖父だけ、もしくは町長が一緒に来るくらい、と思っていた。

 それがどう少なく見積もっても、ここには二十人以上の人達が来ている。こんなにたくさんのお迎えの車を寄こされても、タッドが乗れるのは一台だけなのだが。

「タッドが山の竜のことを調べてくれているのを知って、早くその報告を聞きたい、という人達が一緒に来たんだよ。帰って来るのを待ってられないってな。で、どうだった?」

 せっかちな気もしたが、町の人達にとっては重大なことだ。わからなくはない。

「竜は……確かにいたよ」

 おおっというどよめき。竜の存在が確かなものになった、という驚きと喜びだ。

「で、その竜が大変なことになってた」

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