第2話 異常気象

「誰かお客さんが来てるの?」

「町長さんや町の人達がね。これからどう対策を取るか、話し合ってるのよ」

 祖父のズィードは、この町で大きな発言権を持っている、とは聞いたことがある。昔、町おこしに一役買った、とか何とかで一目置かれるようになったらしい。

 それくらいで、と思っていたが、まさか町長がわざわざ出向いて会議をする程に偉いとは知らなかった。

 そんな場合ではないのだが、結構すごい人を祖父に持っていたんだ、と思うタッド。それが田舎町であったとしても。

「それでは、私の方で心当たりを聞いてみます」

 そんな声がしつつ、扉が開いた。ズィードや、きっと偉いんだろうなと思われる中高年のおじさん達数人が、真剣かつ暗い表情で部屋から出て来る。

 うわ……こんな状況だから仕方ないんだろうけど、みんな暗い。

 幼い頃から何度もこの町には来ているので、中には見知った顔もある。だが、どの顔も重い空気を漂わせていた。

「おお、タッド。来ておったか」

 孫息子の顔を見付け、ズィードが祖父の顔になる。

「……そうだ。タッドがここにいてくれるなら」

 いきなりポンと手をついて、ズィードが嬉しそうな表情になった。

 それを見て、タッドの方はいやな予感にとらわれる。何か厄介なことが起きそうな、いやな感じが。

 残念ながら、こういういやな予感に限ってよく当たるものだ。

「町長、わしの孫は知っておったな?」

「ええ、お見掛けした程度ですが」

 タッドの担任と、年齢はそう変わらないであろう町長。白いが豊かな髪の祖父とは対照的に、てっぺんがものすごく涼しげだ。ひょろっと背が高く、ちょっと頼りなげな印象の彼を、タッドも町のイベントで見掛けたことがある。

「この子は今、魔法使いをしておる。タッドならやってくれるぞ」

 どう考えても、これは単なる孫の紹介とは思えない。明らかに「魔法使い」の部分が強調されていた。

「……ちょっと待った、じぃちゃん。ぼくはまだ魔法使いじゃない。見習い魔法使いだよ」

 タッドはすぐに否定・訂正する。見習いという言葉のあるなしで、レベルに雲泥の差が生じるのだ。

 しかし、祖父も町長達も、そんな言葉なんぞ聞いちゃいない。

「そうだったんですか。なんと運のいい時に来てくださったものだ」

 いやいや、すっごく運の悪い時に来てしまったような気がする。絶対に気のせいじゃないぞ。

 ズィードの言葉に、他のおじさん達も「おおっ」などとどよめき、安堵あんどしたような表情になる。それを見て、もう帰った方がいいんじゃないかな、と思うタッド。

「タッド、わしらのためにドリープ火山へ行ってくれ」

「は、はぁ?」

「お前だけが頼りだ」

 強く肩を掴まれ、真剣な表情で言われても、タッドにはまともな反応ができなかった。

☆☆☆

 ドリープ火山には、火の竜がいる。

 いきなりそんなことを聞かされ、タッドは目が点になる。

「あの……竜って、あの竜のこと?」

 他にどの竜がいる、と突っ込まれると困るのだが、いきなり突拍子もないことを言われたタッドは、そういう言葉しか出て来なかった。

「タツノオトシゴのことではないぞ」

 そんな冗談を言われても、ますます寒くなるだけである。

「じぃちゃん。いきなり火山へ行けって言われても……」

 気付くと、タッドは臨時会議室となっていた部屋へ連れ込まれていた。さっきまで祖父達がいた部屋だ。

 で、魔法使いだというだけで(実際は見習い魔法使いなのだが)火山へ行け、と突然言われた。

 しかし、言われた方はやはり困る訳で……。

 ここは事情をちゃんと把握したい。できればしない方がいいような気もするが、こんな状態ではたぶんもう逃げられない。あきらめるしかなさそうだ。

 それでも、情報なしで放り出されることだけは避けたい。

「十日程前に、ドリープ火山の方で雷が落ちたような音がしてな。今思えば、あれがこの異常気象の前触れだったんだろうが。とにかく、その日を境に町の気温がどんどん下がり、昨日からはとうとう雪が降り始めた。町の温泉もこれまでは水でうめんと入れん程の熱さだったのに、今ではほとんど氷水だ。あの日、山で何か災いが起きたに違いない」

 力説されても、タッドはどうリアクションをしていいのかわからない。

「雪が降ったり、温泉が冷泉になったのと、竜にどんな関係があるのさ」

 祖父の話と現実に、遠いへだたりを感じる。

「おや、タッドは知らんかったか? 温泉が出たり、この地域が温暖な気候なのは、ドリープ火山にいる竜がその力でコントロールしてくれているおかげなんだ。でなきゃ、活火山のはずの山が五百年以上も噴火しないでいるなんて、おかしいだろ」

 噴火しない理由を竜につなげる方がおかしい、と思うのだが。活火山ではなく、単に休火山だった、ではないのだろうか。

 火山活動の有無はともかく、町より多少地熱が高い山、というくらいの認識しかないタッド。火山の恩恵はせいぜい温泉くらいだ、と思っていた。

「噴火するだけのエネルギーが、山にないだけじゃないの?」

 孫の言葉に、ズィードが悲しげなため息をつく。ちょっとわざとらしかったが。

「タッド、お前は魔法使いだろう。どうして竜の存在を否定しようとするんだ」

「否定する気はないよ」

 そうは言われても、温泉くらいしか名物のないような町に竜が関わっている、と考える方が難しい。

 こんな小さな町のために、どうして竜が火山の噴火を抑えようとしてくれるのか、理由が思いつかないのだ。

「とにかく、お前にドリープ火山の竜に何が起こったのか、それを調べてほしいのだ」

「とにかくって言葉が、唐突すぎない? ……何が起こったかって」

 それまでおとぎ話のようだったのが、いきなり核心にせまられた。

「本来なら、火山の恩恵を一番受けている我々が行くべきなんだろう。だが、何が起きているのか一般人ではわからない、ということもありうる。何と言っても、相手は竜だからな。だが、魔法使いなら、確かなことがわかるはずだ」

「だーかーらー。ぼくは魔法使いじゃないってば。まだ修行中。見習い魔法使いだよ。それだって試験に落ちて……と、とにかく、他にも魔法使いはいるだろ。本当に何かあったりしたら、ぼくじゃ対処しきれないよ」

「ジャンティには二人の魔法使いがいるんだが、あいにくと今はどちらも不在でな。捜して連絡を取る努力はするが、まさかこんなことが起きるとは誰も想像しておらんだろ。はっきりした連絡先を誰も聞いてないもんで、すぐに捜せるかどうかがな……。だが、ぐすぐずしていたら雪はどんどん積もるし、町の機能もいずれ完全にストップしてしまいかねん」

 タッドのいる街にも、時々雪が積もる。それがちょっと多く降っただけで、すぐに交通機関が麻痺したり、歩いて転んでケガをしたりする人が出る。

 それが、雪など降らない常春のようなこの地方で雪が降れば、混乱は必至。実際、バスが運休していた。

 だから、ズィードの言うこともわかる。本当に困っているのだ、ということも。

 来る時はやんでいた雪も、また降り出すかも知れない。昨日降っただけでひざ辺りまで積もるのだから、明日の朝になったら屋根まで積もったりすることも……。

 だが、それはそれ。タッドが行かなくてはならないことではないはず。

「それはわかるけどさぁ。ぼくにそんなことを訴えられても……」

「タッドくん、お願いだ。山の状況を見て来てもらえないだろうか」

 町長がいきなり頭を下げる。タッドは面食らった。

「え……あの、ちょっと……やめてください。そんなことされても」

「全てを解決してくれ、とは言わない。山で何が起きたか、調べてもらうだけでいいんだ」

 最悪の場合、この町の生死にも関わってくるかも知れない。

 そういった思いが町長に、まだ子どもとも言える年齢のタッドに頭を下げさせているのだろうか。

「タッド、わしの頼みをきいてもらえんか。な、頼む。この通り」

 祖父にまで頭を下げられた。

 さらには、その場にいた他の偉いのであろうおじさん達までが、一斉に「お願いします」と言いながらタッドに頭を下げるのだ。

「あの……や、やめてよ。じぃちゃんもみんなも」

 こうまでされては、無視なんてできなくなってくる。ここでみんなを振り切って帰ったら、自分が極悪人になりそうだ。もう二度とここへは来られない。

「わかったよ。行くよ。行けばいいんだろ。でも、ぼくが行ったって、絶対に何かわかるとは限らないからね。やれるだけはやるけど、後はちゃんとした魔法使いにまかせてよ」

「そうか。タッド、やってくれるか。さすがはわしの孫だ」

 それまで沈痛とも言える面持ちだったズィードは、タッドの答えにころっと表情を変えた。

 何となく騙されたような気がするが、もう遅い。自分の口で行くと言ってしまった後だ。

「マーラ、タッドに出掛ける準備をしてやってくれ。大急ぎでな」

 心なしか、タッドには祖父がはしゃいでいるように見えた。

☆☆☆

 準備、と言っても大したものはない。

 少しばかり厚手のセーターに、風を通さないだけであまり暖かくない薄手のブルゾン。軍手のような、飾り気のない手袋。

 その程度の防寒具があるだけだ。そもそも、これを防寒具と呼んでいいのか。だが、普段は雪など降らない町に、コートやそのテのものがあるはずもない。

 小さなリュックには、お茶が入った水筒とチョコやクッキーなどのわずかな非常食が入っている。活動していないとは言え、火山を登るには簡素な荷物だ。

 ドリープ火山のふもとまで車で送られ、山を降りた時に連絡してくれれば迎えに来る、と言われて古いタイプの携帯電話を持たされた。かなりの年代物だ。

 それをリュックに放り込む。

 期待がたっぷり込もった表情を浮かべる祖父達の見送りを受けて、タッドはしぶしぶ山へと入った。

「あーあ、どうしてこうなるかなぁ。ぼく、何しにここへ来たんだろ……。二時間もしたら夕方になるのに、今から山へ入るって危なくない?」

 慣れない山道を歩きながら、タッドの口から文句とため息がもれる。

 ジャンティの町へは、ただ気晴らしに来た、はずだった。

 ゆったりした時間の流れる町で、普段のことをしばし忘れて。それから、改めて自分の才能に見切りをつけるか、汚名返上するためにもう一度がんばるか。

 そういうことをじっくり考える機会……のはずだったのに。

 自分は今、何をしているのだろう? 誰もその存在を確認したことのない竜にどういう異変が起きたのかを調べるため、もしかしたらいきなり噴火するかもわからない危険な火山に一人で登っているのだ。

 どうしてこんなことになったのだろう。これはもう、運が悪かった、としか言いようがない。……運で済むだろうか。

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