追試を六回やってる見習い魔法使いのぼくが瀕死の竜に無茶ぶりされた
碧衣 奈美
第1話 追試延期
「実力はあるんだけど……もう少し本番に強ければねぇ」
四捨五入すれば五十になってしまう、と嘆いていた担任の先生。採点表を見ながら、ため息交じりにそうつぶやいた。
タッドは返す言葉も見付からず、黙ってうつむいてしまう。
職員室という場所柄、他にも先生がいる。その先生達の視線が、身体のあちこちに刺さっているような気がした。
「追い詰めたくないけど、六回も追試を失敗した生徒は今までいないよ」
追い詰めたくないなら、わざわざそんなことを本人の前で口に出して言わないでほしいんだけど。今のこの状況だけで、もう十分に追い詰められているんだから。
心の中でそうは思っても、タッドはそれを口にはできない。
とっても繊細な性格で、口答えなんてとんでもない、という訳ではなく……追い詰められるような状況をつくっているのは、他ならぬ自分なのだから。
文句を言えるような立場ではないのだ。
先生だって、いつもなら相手を傷付けるようなことは言わないし、こんなふうに言うってことは相当あきれているからだろうなぁ。
妙に冷静な頭で、そんな淋しい分析をする。
「タッド、何度も言ってるけれど、もう少し自分に自信を持ちなさい。実技の授業はちゃんとついて行けているじゃないか。普段通りにすればいいんだから」
そんなことができるのなら、とっくにしてるよ。そううまくできないから、困ってるんじゃないか。
そうは思っても、やっぱり口にできない。何だかんだ言ったって、結局は自分に原因があるから、どうしようもなかった。
「……少し間をおいた方がいいのかな」
先生は採点表や他の書類を揃えながら、またつぶやいた。
タッドの名前が書かれた採点表には、とてもかわいい数字しか並んでいない。この数字を形容するのは、直立した兵隊さん、だったろうか。運動会の成績なら、最優秀賞をもらえるのに。
縦じわが入った、先生の眉間。額にうっすらと光る汗は、暑さのせいか、できの悪い生徒に対する困惑のせいか。
「タッド、このまま続けてもたぶん悪循環……と言うか、同じことの繰り返しになると思うんだ。気を落ち着けて、もう少し自分に自信を持ってから挑むといいんじゃないかな」
完全にあきれられたのか、付き合うのが面倒になったのか。
次回の追試は延期。時期未定。
話は、そういう流れになっていく。
こうして、タッドは実に
いや、担任教師にそんな気はさらさらなかったかも知れない。本当に生徒のことを考えて、そういう結論を出しただけ。
だが、これまでのことを思えば、タッドが「見放された」と考えてしまうのも仕方なかった。
「タッドはタッドのペースで、ゆっくりがんばればいいのよ」
追試の結果と、さらにその後の話を聞かされた母も、そう言って息子をなぐさめた。
両親も息子の不出来を叱るよりは、追試の回を重ねる
くせのない黒髪をくしゃりと掴み、タッドはため息をつくしかできない。
「時間ができたのなら、気晴らしにおじいちゃんの所へ行って来たら?」
すっかり落ち込む息子を見て、両親はそう勧めた。わずかな時間を惜しんで特訓するのもいいが、少しばかりのんびりして鋭気を養えばいい、と。
もう他に何か考える気にもなれない。半ばヤケになっていた。
で、言われるまま、タッドは高速鉄道に乗って、祖父母のいるジャンティの町へと
「さ、さむっ」
本来なら常春のような気候のジャンティの町に、なぜか大量の雪が積もっていた。
「……? 何なんだよ、これっ」
☆☆☆
タッドは魔法学院高等部一年に所属する、魔法使い志望の少年である。
幼い頃から色々な物語に登場する魔法使いに感化され、魔法使いになることが夢になった。
火や水の魔法を使えるようになるのはもちろんだが、普通の場所にはいない魔獣や妖精にも会いたいと思ったのだ。
強い希望を抱いたおかげか、世間では入るのが難しいとされている魔法学院初等部にも入学でき、これまで修行を積んできた。
が、成績はと言えば……悲しいかな、努力に反していつも底辺をさまよっている。
力の弱い妖精くらいならともかく、魔獣を呼び出すこともできない。
筆記も通常の実技も、それなりにこなせている。なのに、いざ実技試験の本番となると、いつもの半分程も力が出せない。
いわゆる、本番に滅茶苦茶弱いタイプなのだ。
普段はどんなに力があったとしても、いざという時に魔法が発動しなければ意味はない。それがテストであれば、先生達も低い点数を付けざるをえなくなる。
普段のタッドを知っている先生は「あんまりな結果」に本人よりもひどく残念がるのだが、おまけすら難しい、という結果ではどうしようもなかった。
点数が低すぎれば、普通の学校と同じく赤点だ。そして、追試となるのだが……その結果も同じこと。
やはり、本番にはうまくできないのだ。一度失敗したことが頭に残り、それが次の魔法に影響を及ぼし……。結果として、また失敗する。
回を追う
今回は期末試験だが、これが学年末試験だったりしたら、間違いなく留年となる。
中等部までは補習さえ受ければどうにか進級できていたが、高等部ではそうはいかない。留年というものが存在するのだ。最終的に試験をパスしなければ、次の学年には上がれない。
六回も追試に付き合ってくれた担任もさすがに、これ以上続けても無駄だ、と悟ったようだ。
少し魔法から離れてみるのも一つの手だ、と言ってタッドに休息の時間を与えた。こんな状態で続けていても、追試の数字が大きくなってゆくだけだ、と判断したのである。
普通の生徒なら、今は試験休み。その後、長期休暇に入る。
試験休みなんて、ずっと試験が続いていたタッドには縁のないものだが、今回は遅ればせながらの休みが与えられた形だ。
このまま修行を続けても、仕方ないかも。才能がないなら、もうやめた方がいいのかも知れない。だいたい、ぼくみたいなのがあの学院によく入れたよなぁ。あ、もしかして、採点ミスだったとか。
ぐずぐず悩みながら、タッドは親に言われるまま、父方の祖父母が住んでいるジャンティの町へと向かった。
悩みの答えが出なくても、すごす場所が変われば少しは気晴らしにもなるだろう、と軽く考えることにして。
ジャンティの町は、タッドの住むロロックの街よりずっと北にある。本当なら、雪深くなってもおかしくない土地だ。
しかし、町のすぐそばにドリープ火山があり、そのおかげで年中温暖な気候に恵まれている。温泉の多い所で、その効能は色々あり、年中
小さい町なので人口こそ少ないが、暖かい土地で町の人達も温かい。この町なら、落ち込んだ気持ちも慰められる。
そのはずだったのに。
四季はそれなりにあるが、存在する位置に関わらず、寒いという感覚をほとんど知らないはずの町。
その町に、雪が降っている。
しかも、かなり積もっていた。タッドのひざ辺りまで積もっている。よその土地でもここまで深い雪を、タッドは経験したことがなかった。
ちなみに、今は夏だ。なおさらおかしい。
?マークを頭に飛び交わせつつ、とりあえずタッドは急いで祖父母の家へ向かうことにした。
いつもなら、駅を出てバスに乗る。だが、時刻表に「本日運休」の貼り紙が貼られていた。手書きの文字が少々雑に見えるのは、急に決まって慌てて書いたためだろうか。
それにしても、バスが運休になるなんて尋常ではない。やはりこの雪のせい……だろう。周辺の道路が除雪された形跡はない。
まぁ、そうだろうなぁ。雪が降らない地域に除雪車なんてないだろうから。人力でバスの運行ルート全ての雪をどうにかする、なんてできないよな。運休は当然か。むしろ、鉄道がよくここまで通っていてくれたよ。
慣れない雪道でスリップされるのでは、という不安があるから、バスが走っていても乗る気はなくなったかも知れない。
運休のためか、雪のせいか、周囲に人影もほとんどなく、なおさら寒く感じる。
タッドは仕方なく着替え用に持って来ていた薄い半袖シャツをはおり、早足で目的地へと向かい始めた。
まさかこんなことになっているとは思っていないから、長袖なんて持って来ていない。Tシャツの類ばかりだ。
普段なら、バスで五分くらい。疲れて時計を見ると、もう九十分以上経っている。
人がよく通る所はかろうじて除雪されているが、そうじゃない所の方が多いので歩きにくいことこの上ない。こういう時は、ここが大きな街でなくてよかった、と思う。へたしたら、遭難しかねない。
駅を出た時は雪が少し降っていたが、今はやんでいた。それだけでもありがたい。だが、空は灰色。また降りそうだ。
何度もすべりそうになりながら、ようやく目的地へ着いた。祖母のマーラが迎えてくれる。
「まぁまぁ、よく来たね。寒かったろう。今、温かいミルクをあげるからね」
いつもなら「暑いところをよく来たね」と言うのが祖母の出迎えパターンなのだが、今回はさすがに違う。外の気温を考えれば当然なのだが、妙な感じは否めない。
暖房器具など、この町にはないに等しい。必要になる程に温度が下がる、ということがまずないからだ。
それでも、家の中は外に比べればずっと暖かかった。
荷物を置いてソファに座り、一息つくと手がかなりかじかんでいるのに気付く。がんばって歩いていたので身体は熱いが、腕や顔などはかなり冷たくなっていた。
「ねぇ、ばぁちゃん。この町、一体どうなってんの? 異常気象か何か? ニュースには出てたっけ」
こんなことになっていると知っていたら、来なかったのに。ちゃんと連絡してから来ればよかった……と今更ながらに後悔する。
いつもなら「行くからね」と連絡を入れてから来るのに、今回に限って入れてなかったのだ。
タッドが家を出てから母が入れてくれているはずだが、こんな時に限ってタッドは携帯を忘れていた。母も息子に、こうなっているから帰って来い、という連絡の取りようがなかったのだろう。
「雪が降り始めたのは、昨日の夕方くらいだったかしら。でも、一週間くらい前から、様子はおかしかったのよ」
マーラから温かいミルクを受け取り、冷えた手を温める。一口飲んで、ようやく本当に一息つけた。
いつもなら冷たいジュースを出してもらえるのに、と思いながら飲むホットミルクは甘くておいしい。久々だから、余計にそう思うのだろう。
もう少し詳しい話を聞こうとしたタッドは、奥の部屋から話し声がしていることに気付いた。
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