枯れたマリーゴールド

氷桜

第1話

その日は10年に一度の大寒波とやらで早朝に降った雪が溶けることなく地面を輝かせていた。しかし、そんな景色とは裏腹に私の心は真っ黒に染められていた。


楽しくもない体育を終えて更衣室に入るとぐちゃぐちゃに切り裂かれたブレザーが目に入る。名札は確かに私のブレザーであることを示していて、隣には刃が出しっぱなしのままのカッターが置いてあるだけ。ブラウスやネクタイに手をつけてないのが次はこれらだって言ってるようで怖かった。


悲しい、嫌だ、怖い、そんな感情に慣れて一年ほど。友達が離れていくのも、ものが無くなるのも、暴言を浴びせられるのも、もう慣れっこでいつの間にか期待も絶望もしなくなっていた。そのはずなのに今、恐怖を感じている。壊されるのは自分だけだって期待してたのかもしれない。でもわかってたじゃないか。期待したってその末に待ってるのは絶望だけだって。恐怖を感じたって誰も助けてなんかくれないって。私にはいきなり現れるイケメンも、心配してくれる親もいないから。ただ一緒に死んでくれそうな同じ境遇の子が一人いるだけ。


放課後、校舎の隅っこで思ったことを吐き出して、慰めも解決もしない会話をする。その子の家も連絡先すらも知らない。それでもその時間が唯一マイナスな感情を抱かない一時だった。


放課後になっていつもの場所へ足を運ぶ。そこにはいつも通り人が一人いてやっほーなど交わす言葉もなく床に座る。遠くからの足音が響く音だけが聞こえる。その子が口を開いたと思えば聞こえた言葉に一瞬息が詰まった。


「明日、死のう」


その後、私の思考を遮ってくれる天使は現れてくれず、そうだねと返事をする。心做しかいつもより明るい声色だった気がした。嬉しくも楽しくもないが、言葉に言い表せないプラスの感情に包まれていたのは確かだった。


翌日もいつもと変わらず空になった家の鍵を閉めて学校へと向かった。だけど、前の席の子も、面白くない話ですべる先生も、階段も登るのも、息を吸うのもこれで最後。隣には同士、下にはカメラを向けた有象無象。


「せーの」


声が聞こえた。霽れの合図だと二人で何度も口角を上げた。だから手も足も離した。


「ごめん」


その口からは一度も聞いたことがないはずなのにやけに鮮明に再生されたその言葉の意味を理解することなく時はやってきた。


私が最期に見た景色は死のうとしている一人の子が躊躇っている姿だった。

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枯れたマリーゴールド 氷桜 @HiiragiHio

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