第10話
「昨晩ウルミナ様がお亡くなりになったのは、ご存知ですか?」
「ああ、知っている。朝から大騒ぎだったからな」
答えながら私にソファを勧め、自分は斜向かいの一人掛けにゆったりと腰を下ろした。官服とシャツの襟を開く着こなしは決して清廉なものではないが、よく似合ってはいる。長い脚を組むと、磨かれた革靴の先がこちらを向いた。
「ウルミナ様は氷魔法で背後から胸を一突きにされていました。魔法痕から犯人の魔法量は上の中から下ほど、午前八時に融解したことから午前一時頃に高位魔法を打ったと考えられています」
背後に控えていたイワンが、証言保存用の魔鉱晶をテーブルへ置く。磨かれた三角錐の内側が、ぼんやりと紫色に照った。
「その時間には、既に眠っていたな。昨日は一日中省庁巡りをしたせいで疲れて、薬湯に浸かったあと二十三時頃にはベッドに入った。そのまま朝までぐっすりだ」
陛下より長めの髭をたくわえた顎を撫で、ネストルは自ら昨晩の行動を明らかにする。ただそれは、そのままでは無実の証明にはならない。
「それを証明できるものは何かありますか?」
「侍者が何時までいたか分からないが、聞いてみればいい」
ネストルの目配せに、背後で控えていた侍者が頭を下げる。私の知る限りでは、ずっと同じ侍者だ。おそらくもう六十過ぎだが、ネストルは限界まで傍に置くつもりなのだろう。侍者もそれを望んでいるのかもしれない。
「では、私がお話を」
役目を引き受けたブラトとともに、部屋を出て行った。
「オリナは聖下の命で、教皇派を黙らせるために来たわけか」
「はい。私が捜査に加われば不安が減るだろうと」
「こんなことにまで担ぎ出されるとは、聖女の看板も軽くなったものだ」
口の端を引き上げて、ネストルは皮肉っぽく笑う。確かに、最近「聖女を出しとけば文句はないだろう」みたいな使われ方が増えている。聖下に比べれば扱いやすいからだろうが、看板だけが独り歩きをしている気分だ。聖女は職業ではなく生きる道だと聖下には言われたが、時々誰も「私」を見てくれないような気持ちになることがある。
「率直にお伺いいたしますが、大公殿下はウルミナ様と親密なご関係が?」
「分かっていて聞くのは無粋だな」
「では、ウルミナ様との出会いからご関係に発展した理由と関係のあった期間、どれくらいの頻度で会われていたのかをお聞かせ願えますか」
関係をあるものとして進めた私に大公は頷いて、顎をさする。その余裕は無実だからか、絶対にバレない自信があるからか。
「出会いは子供の頃だ。私が十四歳か十五歳でウルミナは二歳か三歳、妹は赤ちゃんだった。父さんは、内乱の最中でも教皇派の完全断絶は防ごうと接点を切らないようにしていたんだ。大人だけだとぎすぎすするから、子供同士も交流するように。子供時代からの友情は、将来『役に立つ』とでも考えたんだろう。だからウルミナが皇宮に入ったのは、ある意味では既定路線だったんだよ」
以前からナタルスク家がすんなりと嫡女のウルミナを皇宮に渡した理由が分からなかったが、交流が続いていたのなら納得だ。ウルミナの母は東方の王女だから、遊び相手としても問題なかったのだろう。
「私達の関係が親密なものになったのは、ユーリを喪ったあとだ。兄さんはソフィアを宥めるのに必死で、ウルミナまで手が回らなかったからな」
どことなく事務的に聞こえた説明に、ネストルを見つめる。まるで分担作業のような物言いだ。ネストルは窺う視線に気づくと、薄く笑った。
「別に兄さんに頼まれたわけじゃない。ウルミナが哀れに思えたから慰めただけだ。以来、ずっと付き合いはある。といっても月に一回か二回程度だ。誰かは知らないが、ウルミナには恋人がいたしな」
新情報に、思わず振り向く。揃って頭を横に振る兄とイワンを確かめて、向き直った。侍女の話からは予想できなかった二人目だ。これが事実なら、ではあるが。
「実はウルミナ様のお部屋から、逢瀬の度に送られたと思われる手紙が出てきました。昨晩も、それを受け取られたと侍女が証言しています。タイプライターで打たれた短いものですが、そちらの末尾に差出人として『N』とありました」
「なんだと?」
状況を伝えると、ネストルは少し眉根を寄せて困惑したような表情を浮かべた。
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