第4話
教皇派時代には及ばないだろうが、女性の部屋はやはり華やかに彩られている。臙脂色に塗られた壁に、たっぷりと布を使った天鵞絨のカーテン、ふっくらとした金色のタッセル。美術品や花も十分に置かれて、目を楽しませてくれる。
多分、あれだろう。
「失礼ですが、エメリヤ検事正は仕事に掛かりきりで恋に縁遠いのでは?」
「そんなことまで分かるのか」
「うるさいぞ」
手を動かしながらも口を挟んだ背後の誰かに、エメリヤは振り向いて言い返す。
「そう言うからには、何かしら分かったことあるんだろうな?」
眉を顰めて腹立たしげに尋ね、見下すような視線を向けた。……苦手だ。
胸に湧いた素直な感想を押し込めて長い息を吐く。黙ったまま、コンソールへと向かった。優美な曲線を描く天板の上には咲き誇る花を活けた花瓶と陽光に煌めくクリスタルの時計、いくつかの置き物が並べられている。その中に、一際大きくて豪華な卵型の置き物があった。赤いエナメルの肌にちりばめられているのもクリスタルだろう、重そうな体を金の猫脚が支えていた。
上部分の蓋を開けると、陶器製の小さな人形が二体現れる。一人は騎士、一人は姫の格好だ。金彩とそれぞれの胸に嵌め込まれたルビーが美しい。
「その仰々しい悪趣味な卵が、贈られたものだと?」
「オルゴールですよ、検事正。確か、ぜんまいを回すと曲が鳴って人形達がキスするんです」
背後からの声に、エメリヤは分かりやすく眉を顰めた。
「なんだその羞恥にまみれた代物は」
「残念ですね。恋には縁遠くても、多少の機微はお持ちだと思ったのですが」
「じゃあ、高貴なる聖女様にはそれが崇高な愛の形に見えるとでも?」
溜め息交じりに答えた私を、
「見えませんが、少なくとも『ウルミナ様にとってはそうだったのかもしれない』と考えられるほどの機微は持っています」
他人の目にはどれほど悪趣味で羞恥にまみれたものに映ろうとも、本人にとってはまるで初恋のような……もしかしたら、本当に初恋だったのかもしれないのだ。
「エメリヤ検事正、こちらのオルゴールに整理魔法を掛けてみていただけませんか」
ずしりと重いオルゴールを差し出すと、エメリヤは気づいた様子で受け取る。神力を持つ者は魔力を持たず、魔力を持つ者は神力を持たない。私は生まれついては魔力持ちだったが、神力の発現と同時に失った。道筋は残っているから魔鉱晶を使えば魔法も使えるが、神力持ちには禁忌の行為だ。
「そういえば、整理魔法を初めて捜査に応用させたのはカリュニシン法務長官だったな」
「偽者にしちゃ大手柄だ」
差し込まれた聞き慣れない物言いに、思わず背後へ視線をやった。今言ったのは誰だ。
「『偽者』とは?」
尋ねた私に皆が何かを察したのか、一瞬で空気が張り詰める。
「カリュニシンらしい見た目じゃないから、陰でそう呼ばれてるってだけの話だ」
エメリヤがさらりと語った理由に驚いて、じっと見上げた。
「この色を持っていないから、そのように?」
「そんなに驚くことか? カリュニシン家の人間がその象徴を持ってないんだ、嘲笑されてもおかしくない」
怪訝な表情で伝えられた叔父の環境は、すぐには信じられないものだった。揺れる視線を隠すように俯き、震えそうな指先を握り締める。
「……そうなのですか。私はずっと、叔父達は『血塗られたカリュニシン』から許されたようで、羨ましくて仕方なかったので」
カリュニシンと名乗らない限り、誰もその血が流れていると分からない。いくらでも自由に街を歩き、食事でも祭りでも好きなだけ楽しめる。神の恩寵だと、ずっと信じていた。
一息ついて視線を上げると、不機嫌そうな表情がある。好きにはなれそうにないが、下手に慰められるよりはいい。
エメリヤはオルゴールを少し掲げ、発音良く整理魔法を唱える。オルゴールはエメリヤの手をすり抜け、再びコンソールへと戻る。続いて本棚から現れた小さな金色のぜんまいが、ふわふわと泳ぐようにコンソールを目指し始めた。
「良かった、分離魔法は掛けられていませんでしたね」
整理魔法はこんな風に仲間を集める魔法で、混じり合ったものを選別したい時には特に便利だ。今回はこのとおり鍵も現れたが、金庫の鍵など集まると困るものには分離魔法が掛けられている。
「これをぶっ刺して回せばいいんだろ」
エメリヤはまだ到着していないぜんまいを掴み取ると、オルゴールの底に見つけた穴へ突き刺し容赦なく回す。コンソールへ据え直した途端に流れ始めたのは、祭りのダンスでよく流れる旋律だ。軽やかで明るい調べに合わせて、二体の人形がくるくると踊り始める。
「俺は何を見せられてるんだ」
「乙女心ですよ」
項垂れるエメリヤを横目に、近づいていく人形達を見守る。
――ねえ叔父様、整理魔法を使えばいいんじゃないの?
整理魔法の新たな可能性を開いたのは叔父ではなく、十二歳の私だった。血縁関係を明らかにするために、整理魔法を血液に掛ける方法を思いついたのだ。今では捜査に欠かせない手段の一つとなったが、そのせいで兄は呪われ狼になった。
――自分を責めるな。俺が兄であることには変わりないんだ。
泣きじゃくる私の肩に、兄はふさふさになった重い手を置いた。
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