第5話

「で、これで何がどうなるんだ」


 うんざりしたエメリヤの声に、はっとして視線をやる。ちょうど人形達がキスをしたところだった。きっと、これが「鍵」だろう。


 愛らしいキスを経て離れた始めた瞬間、予想どおり卵の下部分に引き出しが出現する。やはり魔法仕掛けのプレゼントか。秘めた恋にはぴったりの、と浸る私の隣で、エメリヤは金のつまみを掴んでひっぱり出す。中に入っていたのは、予想どおり折り畳まれて結ばれた手紙らしきものだった。


「おい嘘だろ、一通じゃないぞ」


 エメリヤは引き出しを引き抜き、ひっくり返す。ばらばらと零れ落ちた証拠に、集まった皆が手を伸ばす。私も一つつまみ上げて、結びを解いた。


 『愛しい人へ  今夜会いに行く    N』


 N、か。

 タイプライターで打たれた文章は短く、癖を探るのは難しい。手がかりは質の良い用紙と、差出人のN。


「そちらはなんて書いてありました?」


 差し出された一通を受け取ると、全く同じ文言だった。それどころか内容も空白も、Nの位置も全く同じだ。次々に開いては渡される手紙も、全て。


「複製魔法では?」

「いや……違うらしい」


 後ろを一瞥して確かめ、エメリヤは頷く。ということは、全て自分で打った文か。元通りに畳んだ手紙を見比べて、推察を組み立てる。


「ある程度は几帳面な方でしょうね。全ての文を空白まで揃えて打つのは、自分の中で決まりがあるからでしょう。手紙も角を揃えてきちんと折り畳んでいます。一方で、『N』が滲むと分かっていてタイプライターの修理をしていません。手紙を結ぶ位置や結び目の大きさにも無頓着です。拘りはそこまで強くありません」

「複製魔法でストックせず、その都度ご丁寧に打って送る警戒心はある」


 エメリヤは私の推察に続けて見解を足した。異論はないらしい。


「きっと部屋に他者が出入りする人間でしょうね」

「自宅で打っていたのなら、自分も既婚者で妻にバレるのを恐れた可能性もあるな」

「独り身だったとしても、お相手はウルミナ様ですしね」

「よく手が出せたもんだ。恐れ入る」


 嘲笑を口の端に浮かべて、エメリヤは少し肩を竦めた。この男は、恋を馬鹿がするものだと考えているらしい。


「禁じられた相手を求める、見つかってはならない手紙を大切に取っておく。恋に溺れるとはそういうことですよ。あなたには無縁のようですが」

「さっきからずいぶんな物言いだが、そういう聖女様は恋をお知りで?」


 重要な証拠品の束を後ろの仲間に渡しながら、挑むような口調で尋ねる。背後は既に、私達の相性の悪さに気づいているのだろう。不安げで気遣わしげな視線が絶えず注がれている。


「私は神に仕える身ですから、結婚はもちろん、恋をすることもありません。ですが、恋に身を焦がす方々の苦しみは存じております。誰しもが、神の教えに沿った道を歩けるわけではありませんから」


 人々の声に耳を傾けるようになって五年、恋と愛の苦しみは尽きることがない。性別や年齢、貧富に関わらず、思いどおりにならぬ心に憔悴する姿を見守ってきた。


「神は正しい道を歩かせたいんだろう? それなら、なぜ外れた道を選ぶ余地を人に与えた?」

「神の道しかなければ、人はそこを歩く意味を見出せないからです。多くの選択肢の中から自ら選び取った時にこそ、意味は生まれるのです」


 ペンダントに触れながら聖女らしく説いた私を、エメリヤは鼻で笑う。


「教会へ行かずして聖女様の御高説を聞けるとは」

「あなたがいつか恋に落ち、その心が打ち震える日が来ることを祈りましょう」

「無駄でしかないな」

「祈りに無駄などないのですよ」


 頑なな言葉に、思わずこちらも頑なになってしまう。


「それはする側の理屈だろう。される方が無駄だと判断するのは許されないのか?」

「そうではありませんが、無駄だと仰る方にも効果があるのが祈りなのです。もし神力をお疑いなら」

「やめろ」


 短く拒絶した感情的な声に、驚いて固まる。エメリヤも我に返った様子で荒い息を吐き、顔をさすり上げた。表情に一瞬だけ翳が差すのが見えて、ようやく思い至る。

 傷つけてしまった。


「少し外す。今の時点で分かってることを共有しとけ」


 エメリヤはほかの捜査官達に素っ気なく告げ、部屋を出て行く。胸に滲む鈍い痛みにペンダントを握り締め、長い息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る