第6話

 侍女によると、ウルミナが手紙を受け取ったのは昨日の午後。始まりは一年ほど前からで頻度はまちまち、いつも魔法で送られてくるらしい。そのままなら魔法の痕跡を辿れば差出人は分かるが、こういった手紙には大抵消去魔法が掛けられている。今回ももちろん、抜かりなく掛けられていた。


 侍女が下がったのは午後十時過ぎ、密会の夜は早めに下がって休むらしい。ワインはウルミナが用意する時と相手が持って来る時があり、昨日は後者だったと思われる。Nはドアから入ったのか、窓から忍び込んだのか。魔力量が上クラスなら消去魔法なんてお手の物だろう、部屋には足跡一つ残されていなかった。

 ただそのことよりも、気になる話を聞いた。


――一週間ほど前に、皇后陛下と激しい口げんかをしたそうです。しかもその内容が、亡き皇子殿下に関することで。


 捜査官が声をひそめて報告した内容には、予想できたこととできなかったことが含まれていた。予想できたことは「皇后がユーリ皇子を殺したと罵ったこと」、予想できなかったことは「その証拠を見つけたと言い放ったこと」だ。罵り合いはこれまでも何度となく行われてきたが、ウルミナがそう言い放ったのは初めてのことだったらしい。その言葉は侍女だけでなく、皇后付きの侍女達も聞いていた。


「皇后陛下に話を聞く必要が出てきたな」


 しばらくして戻ってきたエメリヤからは、煙草の臭いがした。煙草一本で切り替えられるところは、さすがだ。


「そうですね、不穏になってきましたが。エメリヤ検事正は、ユーリ皇子殿下の事件についてはどれくらいご存知ですか」

「菓子に混ぜ込まれた毒物により、三歳で死亡。当時は皇后陛下の関与が疑われたが、陛下の命により捜査は途中で中止された。ウルミナ様のご懐妊からずっと皇后陛下は心を病んでいたからだろうと言われている、って程度だな」


 陛下は愛妻家で、妾を持つつもりはなかったらしい。ただ第二皇女が産まれて五年経っても跡継ぎが生まれない状況に、側近に勧められて受け入れた経緯がある。


 ウルミナの懐妊と出産の知らせには国中が沸き、ユーリの訃報には国中が沈んだ。生きていれば、私と同じ十八歳だ。ウルミナが私に親愛の情を寄せた理由の一つは、亡き我が子の年を数えるのにちょうど良い相手だったからだろう。


「そしてその二年後、今度は皇后陛下がセルゲイ皇子殿下をご出産なさいました。ウルミナ様が必死に証拠を求め続けられたお気持ちを、浅はかだとはとても思えません」


 ただ少し、その思いがいきすぎるところはあった。最後にウルミナが教会へ訪れたのは十日ほど前、私に無理を強いようとした。神の声を偽り、皇后が犯人だと言うよう求めたのだ。


「皇后陛下が直接手を下すことはないから、誰か息の掛かった者だろう。昨日の行動を調べたところで意味はない。Nが誰かを含めて『慎重な捜査』が必要だな。ひとまず、魔力量が上レベルでNを持つ宮廷の人間をリストアップさせる」


 エメリヤが声をひそめた理由は分かっている。「N」は陛下を含むノルヴィリエフ家のNであると同時に、皇弟ネストルのNでもあるからだ。親密な恋人への手紙に、ノルヴィリエフと記すとは考えにくい。もしネストルがNであるなら昨晩、部屋へ来たはずだが。


「あと、念のため侍女の周辺も調べてください。誰かに使われていた可能性もないわけではありません」

「ああ、既に調査してる。明日には結果が返ってくるだろう」


 エメリヤは答えて窮屈そうな襟を揺すり、溜め息をつく。襟には、皇宮法務局の所属を示す白樺の徽章がつけられていた。


「先程は、申し訳ありませんでした。気遣いが足りませんでした」

「結構だ。聖女様に詫びていただく義理はない」


 突き放すように言って踵を返し、仲間のところへ向かう。彼らもそれを咎めるわけでもなくあっさりと受け入れ、私が見えないかのように背を向けた。


 オリナ、と呼ぶ声に表情を整えて振り向く。私には不安げに見える兄に笑みで応えながら、戸口へ戻った。

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