第3話

「あなたは、私の元へ毎日何体の死体が運び込まれるか、ご存知ですか?」


 投げた問いに、エメリヤは怪訝な表情で黙る。まるでピンとこないのだろうが、現実を知らなければそんなものだ。きっと、私が教会の奥で茶を嗜みながらぬくぬく暮らしていると思っている。でも、真実は過酷だ。


「神力で行えるのは治癒と保護のみ。聖女といえど、神の定めた病と死だけはどうにもできません。それでも聖女の力に一縷の望みを賭けて、人々は教会の門を叩きます。愛する者の死を受け入れられず、産まれたばかりの赤ちゃんから老人まで、多くの死体を運んでくるのです。病死はもちろん魔法や武器による死体、溺死に手足のないものまであります。きっと、あなたより多くの死体を見ていますよ。あと、兄は狼です」


 伝えた事実をどう受け止めたのか、エメリヤは私から視線を外したあと肩で息をした。


「では、こちらへどうぞ『聖女様』」

「オリナで構いません。その呼び名は、神を信じる者達のためにあるものですから」


 にこりと笑んだ私に、背を向けたばかりのエメリヤが肩越しに振り向く。誰かが、言うねえ、と不謹慎な口笛を吹いた。


 ひとまず兄は戸口に待たせ、エメリヤのあとに続く。美しく整えられたベッド際にうつ伏せで倒れていたのは、ウルミナの残像だった。


「遺体が発見されたのは午前七時頃、ウルミナ様を起こしに来た侍女だ。その時点では、この状態でまだ凍っていた。氷魔法で背後から胸を貫かれている」


 氷魔法か。

 祈りを捧げたあとで腰を落とし、背中に残る傷跡を確かめる。


 魔法は火・水・風・土の四属性を主とし、その派生として氷と雷を認めている。保存魔法などの生活魔法は、この六属性をベースにして人が生み出した「新魔法」だ。

 ただそれらの源である魔力はかつて栄華を極めた古代文明の滅びが生み出したもので、魔鉱晶は神罰を浴びた古代人の成れの果てと言われている。それゆえに、神を源とする神力とは相容れない。


「ほかに傷は?」

「ない。見事な一撃で仕留めてある」


 その表現はともかく、氷魔法を一点集中で放ったのは間違いなさそうだ。魔法は指先に絞り込めば目当ての単体に、手を広げれば範囲に作用する。


「融解は一時間後の午前八時、こちらは我々が立ち会ったので間違いない」

「凍結の持続時間は?」

「ウルミナ様は身長百六十五センチ体重六十キロ、魔力量は中の下程度だ。計算の結果、低位一時間、中位三時間、高位七時間と出た。魔法痕から割り出した犯人の魔力量は、上の下から中といったところだな」


 魔法の効果は唱える者の魔力量はもちろん、受ける者のそれや体格にも大きく依存する。魔力は基本的に拮抗するため、保有量が高い相手には効きにくいのだ。一般的には自分より魔力が少ない者、体格の小さい者ほど効果が出ると言われている。


「低位なら朝七時に侍女が唱えた可能性はあるが、侍女の魔力量は少ないから今のところは除外している。中位なら朝五時になるが、朝の支度で召使い達が一番行き交う時間帯だ。わざわざリスクの高い時間帯を狙う理由はないだろうと、こちらも今のところは除外している」

「高位魔法なら、午前一時ですか。忍び込むには良い時間ですね。それに」


 この見事な残像はそのまま写し取られたものだろうから、分かりやすい特徴がある。


「ウルミナ様はきちんと服を着て、髪を飾っています。朝五時や七時に誰かと会うのなら一度眠り、早朝に目覚めて用意をするはず。夜更かしをして誰かと会ったと考えるのが妥当でしょうね」


 猫脚のテーブルに置かれたワイングラスは二つ、持参されたワインで乾杯するつもりだったのかもしれない。


「捜査の心得が?」

 顔を上げた私に、エメリヤは探るような視線を返す。


「特別なことは何も。ただ個人的に、ずっと追い掛けている事件があるだけです」

 ふと浮かんだ記憶を深く沈め直して、腰を上げた。


「ご推察のとおり、侍女によるとウルミナ様は一年ほど前から時々密かに会う相手がいたらしい」

「その声量から察するに、陛下以外の男性ですね?」

「姿を見たことはないらしいが、侍女はそうではないかと。手紙を受け取った日は機嫌が良かったそうだ」


 ウルミナから、その「彼」について聞いたことはない。さすがに、道ならぬ恋の話を聖女に聞かせるのはまずいと思ったのだろう。


「その手紙はどこに?」

「今、ほかの証拠と合わせて探しているところだ。まあ逢い引きの証拠なんて、わざわざ残すわけがない。火魔法で跡形もなく燃やしたんだろう」


 珍しくもなさそうに答えるエメリヤに苦笑して、広い部屋の中をぐるりと眺めた。

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