第24話
翌日早朝に確かめたタイプライターの指紋は、予想どおり叔父の元へ向かったらしい。
「当の本人は『自分もはめられた』と知らぬ存ぜぬだ。事件当日は午前〇時半頃に帰宅し、午前一時には自宅で息子と酒を飲んでいたらしい。息子にも確認済みだ」
朝の検察部で、エメリヤは検事達と私に現状の報告を行う。酒、か。
ひとまず起訴は半日伸ばせたらしいが、僅か半日だ。だから今日の午前中までに、なんとしてもあの魔法痕の謎を解かなくてはならないのだが。
「法務大臣の嘘を崩すには、魔法痕の謎を解くしかない。どんなに些細なことでもいい。遺体や魔法痕に関して気になったことがあったら、迷わず教えてくれ。期限まで、全力でありとあらゆるところの情報を探れ。では解散!」
エメリヤの声に、捜査官達が散っていく。そんな中で残ったのは、イワンだった。
「遺体のことなんですけど」
頭を掻きつつ切り出したイワンに、思わず駆け寄る。
「動かす時に、氷魔法の殺害にしてはちょっと出血量が多いような気がしたんですよね。ほんと俺の体感ですけど……役に立ちそうですかね」
「考える手掛かりになります、ありがとうございます」
礼を言った私にイワンは安堵した様子で、足早に部屋を出て行った。
「出血量は、検死室のデータには出ない」
エメリヤが隣で納得したように頷く。
「波長の揺れが大きかったのは、心臓より手前でしたよね」
「ああ、そうだ」
「心臓が動いている状態だと、出血量は増えます。ウルミナ様は、魔力量が中くらいでした。それなら、低位魔法では完全凍結されなかった可能性があります。その波長の手前で一度、完全ではない融解が起きたのでは?」
魔力の拮抗で、低体温状態だった可能性がある。それなら、意識はなくても心臓は動いていたはずだ。ただ高位魔法も打ち込んでいるのだから、完全融解とはいかないだろう。
「でも、その状態をどうやって作る? 魔法は一度に打ち込む必要があるんだぞ」
「昨日、高位から低位の順で打ったら三十分短くなりました。つまり三十分の間を作ればいいわけですよね」
時間制御魔法を使えば可能だが、あれは最上位の魔法だ。叔父はもちろん、今の時代に使える者はいない。一度で打ち込みながらも、威力を分ける……分離か。
弾かれたように顔を上げた私を、エメリヤはじっと見下ろす。
「また基本的なことを聞きますが、分離魔法の持続時間はどれくらいなんですか?」
「持続時間? 唱えたらそれきりのはずだ。じゃないと、金庫の鍵が大変なことになる」
「じゃあ、魔法と魔法の間に分離魔法を挟んで、後ろに次の魔法の発動が控えている場合は?」
尋ねた私に、エメリヤは確信に満ちた表情を浮かべた。
「作業室に行くぞ。残り二体で確定させる」
「はい。ただ、先に行っていてください。私は兄に頼みたいことがあるので」
頷いて足早に出て行くエメリヤを見送り、大人しく部屋の隅で佇んでいる兄の元へ向かう。
「本当にあの男なら、俺は許さんぞ」
「だめよ、お兄様。今は抑えて」
「でも、オリナ」
兄が声を荒げる理由は分かっている。もしこの方法を叔父が使っていたのなら……でも今は、殿下を助けるのが先だ。
「お兄様、これから家に帰って事件当日に叔父様とキリムが飲んだお酒のボトルを受け取ってきて欲しいの。なるべく触らないように、気をつけてね」
「……ああ、分かった。お前の言うとおりにしよう」
兄は少し寂しげに返し、鼻先を私に押し当てた。
「お前を誇りに思う。我が愛しき妹よ」
「私もよ。お兄様ほど素晴らしい兄はいないわ」
豊かな毛並みを埋もれてから別れ、窓から疾風のように飛び出す姿を見送る。私達のことは、これが終わってからだ。よし、と小さく気合いをいれて、検死室へと走った。
*
検死室では既にマルクもいて、シャツ姿のエメリヤと細かな角度調整をしている頃だった。
「分離魔法を挟むなんて、よく思いついたねえ。すごいアイデアだ」
「ありがとうございます。でも私は二人目ですから」
最初に思いついたのは犯人だ。でももう、逃さない。
エメリヤは昨日と同じように魔鉱晶に文言を吹き込み、同じ場所に置く。私も昨日と同じく、マルクと共に計測器の前に着いた。
準備に入ったエメリヤは、集中力を高めるように目を閉じ深呼吸をしたあと、ゆっくりと開く。
「高位氷魔法、分離魔法、低位氷魔法を一度に打ち込む」
落ち着いた声で告げ、指先を向ける。マルクが頷くと、これまでより少し長い文言で魔法を打ち込んだ。
「どうだ!」
エメリヤは、凍結した模型からマルクへ視線を移す。マルクはじっと計測器を見つめたあと、私を見て、エメリヤを見た。
「やったぞ、七時間だ。波長もほぼ同じ、完璧な検証だ。嘘は崩れた!」
マルクの報告に、エメリヤは拳を固く握り締めて天を仰ぐ。ガラスの向こうでは、これまでにない歓声が上がった。ああ、良かった、これで。
「あとは、この模型が計算どおり七時間で融解するかを確かめる。その証拠を揃えて提出すれば、殿下は間違いなく解放だ」
明るいマルクの声に、安堵で頷く。でも、と少し抑えた声に、マルクを窺う。
「法務長官は、君が捕まえるのか」
「心配しないでください。あと、お願いがあるのですが」
苦笑で切り出した私に、マルクは神妙な顔で頷いた。
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