第25話
法務長官の執務室にはエメリヤと私、そして戻ってきた兄で向かう。待っていた検事が開けたドアの向こうには、不機嫌そうにソファに座る叔父とブラトがいた。
「法務長官、あなたをウルミナ・ナタルスク殺害容疑で逮捕します」
「私は殺していない」
逮捕を告げたエメリヤを睨みつけて返す叔父に、ブラトが緩く頭を横に振る。ずっとこの調子だったのだろう
「氷魔法の謎は私が解きました。もう言い逃れはできません」
「氷魔法など知らないし、そもそも私とウルミナ様に接点などあるものか!」
吐き捨てるように言った叔父に、突然兄が飛び掛かる。叔父は、ソファごと後ろに倒れた。
「この恥知らずの人殺しが! 自分が何をしたのか分かっているのか!」
「お兄様、だめです! 離れて!」
慌てて駆け寄り、今にも食いつかんとする兄を全員で引き離す。どうにか起き上がった叔父の肩には血が滲んでいたが、とても祈る気にはなれない。
「証拠なら、ここにあります」
溜め息をつき、エメリヤからワインボトルと証拠の品を受け取る。
「こちらは、事件当日にあなたがキリムと飲んだワインのボトルです。そして、こちらは検死に利用したウルミナ様の髪です」
「それが、どうしたというんだ」
叔父は荒い息を吐き、わざとらしく肩の怪我に顔を歪める。諦めて小さく祈った私を、叔父は憎々しげに睨んだ。
「指紋は個々によって違うことは、叔父様もご存知ですよね。昨日、私はまた幼き日のように思いついたのです、分離魔法を利用すれば、この指紋で関与を証明できるのではと」
「……オリナ!」
半ば悲鳴のような声を上げた叔父に、視線を伏せる。もう、猶予は終わりだ。
「エメリヤ検事正、お願いいたします」
「これから、このワインボトルの表層に分離魔法を掛け、残っている指紋を浮かび上がらせる。それに整理魔法を掛ければ、それぞれの指紋は仲間を見つけて飛んでいくだろう。タイプライターの時と同じ理屈だ」
淡々と説明を終え、エメリヤは分離魔法を唱える。昨日のように浮かび上がった指紋達に整理魔法を唱えると、それぞれが仲間を見つけて飛んでいく。そのうちの一つはウルミナの髪に、ほかの一つは叔父のところへ向かった。
「叔父様が事件の夜に飲んだワインは、ウルミナ様が準備していたものだったのでしょう。叔父様がワイン好きなのは承知しておりますが、人殺しの祝杯とはあまりに趣味が悪いのでは?」
事実を突きつけた私に、憔悴した表情を浮かべていた叔父が項垂れる。
「少し、二人にしていただけませんか」
頼んだ私に、エメリヤは神妙な表情で頷く。顎で指示をすると、兄を含めた全員が出て行った。
「なぜ、ウルミナ様を殺したの?」
「お前に話して何が分かる? カリュニシンの色を受け継いで生まれたお前に!」
叔父は叩きつけるように返したあと、肩で大きく息をする。鳶色の髪は、汗ばんだ額にべったりと張りついていた。やはり、この色のせいか。
「お前に、分かるわけがない。疎外された者の気持ちなど」
「私は逆に、叔父様とキリムがずっと羨ましかった。この色から、『血塗られたカリュニシン』から許されて自由を手に入れたことが」
これまで言ったことのない本音を打ち明けると、叔父は鼻で笑う。やはり、どうあっても分かり合えない感覚なのだろう。
「ウルミナ様と寂しさから通じ合ったのなら、なぜ殺したの? 誰よりも理解し合える関係だったんでしょ?」
「ウルミナは、皇后がユーリ皇子を殺した証拠を見つけたと言っていた。でも見つけたところで、陛下がそんなものをお認めになるはずがないのだ。決してな」
強調された言葉には、黙るしかない。そんなことはないと言えないのは、私もよく知っている。陛下が愛しているのは皇后であって、ウルミナではなかった。
「誰よりもそれを分かっていたウルミナは虚しさに襲われ、皇宮から逃げたいと言ったのだ、自分を連れて逃げてくれと。それができないのなら、陛下に全てを明かし私の処分を願うと!」
教義で離婚が許されない以上、できるだけ遠くに逃げるしかなかったのだろう。でも働いたこともなく侍女がいなければ服さえ着られないウルミナが、どこで暮らせたというのだ。国境を越えたところで、先は見えていた。
「じゃあ、お父様達と叔母様を殺した理由は? あの方法で氷魔法を唱えれば、分離魔法の時に車軸が折れたように見せ掛けることが可能です。お父様が氷魔法で凍結させようとしたと偽装することも!」
訴えても、叔父は心を閉ざしたように答えない。想像できる理由でも本人の口から聞きたかったが、話す気はないらしい。胸に膨れ上がるものを必死に押し込めて、聖女の仮面を被り直す。それでも爪の食い込む拳の、震えは収まらない。こんな者まで私は、聖女は許さなければならないのか。
「なぜその気づきを、人を生かすために使わなかったのです。なぜ人を救う方向に」
「なぜ私が救わねばならんのだ、私を嘲笑った奴らを。地獄へ堕ちろと呪うだけで常に手一杯だ」
叔父は昏い目で告げ、ゆっくり腰を上げる。背を丸めたまま、私を置いて部屋を出て行った。
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