第15話
――オリナ、お前がこの方法を発見をしたと知られたら、大人達が押し寄せて大変なことになる。兄さん達もそんなことは望まないから、お前が大きくなるまでは、私が発見したことにしよう。
私が整理魔法で事件を解決に導いた時、叔父はその手柄を自分のものとした。ただ私が聖女となってしばらく経つ今も、真実を明かす気配はない。今更手柄を取り戻したいとは思わないが、叔父は怯えているのだろう。私が口を開けば、全てが崩れ落ちるのだから。
「罪は、それを犯した者が負うべきです。逃れたところで決して神はお許しになりませんが、無実の罪は人が負わせるものです。それは避けるべき罪でしょう」
訴えた私に、叔父は悔しげに黙った。それとは逆に、検事総長は穏やかな、懐かしいものを見るような視線を私へ向けた。
「あなた方のお父上は、清廉潔白で知られた方でした。厳しい方でもあったので、私などは自分が年上であるに関わらず逃げ隠れしたものです。ただそれゆえに、多くの者に信頼されていらっしゃいました。マキシム様に言えば必ず正しい処理をしてくださると、任せれば安心だと、皆がそう思っていました」
父の話は以前、陛下にも聞いたことがある。相手が陛下であっても全く手加減しない、耳の痛いことばかり言う「腹の立つ」腹心だったらしい。家では子煩悩な父親だったから想像できなかったが、同僚にも逃げられるほどだったのは初耳だ。その信頼は、孤独と引き換えに得ていたものだったのだろう。その役が必要だと、判断したのだ。
「あなたを見ていると、当時の感覚が蘇ります。私は至らぬままに年をとってしまいましたが、そのおかげでこうしてその才に再び見えることができました。あなたであればと、願わずにはおれません。どうか正しき道をお示しください」
どことなく陶酔した表情と視線は、私ではなく重ねた父を見ていた。聖女に託されるものとは違う、より重い血の柵だ。
「たとえ聖女様であっても、過ぎたものの影まで背負わすのはよろしくないのでは?」
隣から零された溜め息交じりの諫言に、検事総長ははっとした様子で表情を戻す。
「あ、ああ……そうだな。申し訳ありません、大変失礼なことを」
「いえ、構いません。久し振りに父に会えましたことを、感謝いたします」
返答に詰まりはしたが、父の話が聞けて嬉しかったのは確かだ。
「では、我々はこれで。また何か分かりましたら報告します」
「ああ。よろしく頼む」
最後は親子の会話で締め、鬱屈した表情で黙った叔父を一瞥して部屋を後にする。私には恩寵に思えるその色を憎んでいるのなら、私達を疎ましく思っていたのも分かる。叔父は、カリュニシン家からこの色を排除したいのかもしれない。
「先程は、ありがとうございました」
「気にするな。こちらこそ父が失礼をした。優しい人だが、脆いところがある」
先を行く背が、大人しい声で返す。息子の評価は的確に思えたが、悪いわけではない。
「弱さは、恥じるものではありません。持たぬ者はおりませんし、だからこそ生きる意味を見出だせます」
「聖女様の生きる意味は『弱者救済』か?」
元に戻った口調に安堵しつつ、いいえ、と隣を行く兄を見る。
「兄です。兄の呪いを解くまでは、どれほど呼ばれても神の元へ行くことはできません」
「解呪はできそうなのか」
「聖下にお願いしていますが、自らの命を捧げて掛けたような呪いですから。悪しき力に蝕まれないよう保つ以外に、今は方法がないと」
「気に病むな、オリナ。私はこのままでも構わない」
力なく返して、寄り添う兄の鼻を撫でる。エメリヤは肩越しに私達を一瞥して、向き直った。
あの事件が起きたのは六年前、ある家族の元に「子供を返して欲しい」と訴える夫婦が現れたのが切っ掛けだった。両親は子を奪おうとした夫婦を通報し、そこから捜査が始まった。当初は訴えた夫婦の妄想と思われた事件だったが、夫婦が南方の隣国に住む裕福な商家で、その財をつぎ込み警察も諦めた捜査を続けて辿り着いたことが分かると、状況は揺らいだ。夫婦はその母親が東方で「魔女」と呼ばれる存在だと言い、魔法ではなく魔術で子の姿を変え人心を操り状況を歪めたのだと訴えた。
魔法は人が持って生まれた魔力か魔鉱晶を利用して生み出すものだが、魔術は魔力を持った植物や動物、それらを加工した素材を利用して生み出すものだ。魔法に比べて人間そのものに変化をもたらすものが多い。治癒も行えるらしいが、毒や媚薬のほか人心を操ることに長けている。
ただその配合や生成には卓越した感覚が必要で、誰にでもできるものではない。また女にしか生まれない感覚だと言われている。それゆえにできる者を「魔女」と呼び、魔術の盛んな東方では一定の地位を得ているらしい。東方の国王には専属の魔女が控えていると聞く。
しかし子の両親とされる二人は以前からツァナフに住み、妻には妊娠して出産した記録もあった。当時五歳だった子供は訴えた夫婦のどちらにも似ておらず、父親とされる男と同じ髪と瞳の色をしていた。以前は親子関係をその辺りでしか判断できなかったこともあって、法廷の流れは両親に味方していた。ただこの一件は両国の大きな関心を集め、陛下の元には南方の国王から書状が届いていたらしい。そしてその重圧は、捜査の最終責任者である叔父にのしかかった。
日々口数を減らし酒量を増やす叔父に私達、私と兄とドルスは、子供心に何かできないかと思ったのだ。そして酔い潰れた叔父の手元から書類を持ち出し、事件の経緯と現状を読み漁った。
――親子が一緒なのって何?
――苗字とか髪や瞳の色とか?
――同じ血が流れてるのもそうじゃないのか?
三人で子供なりの知恵を振り絞っていた時、ふと閃いたのだ。どんなに交ざっていても唱えればすぐ同じ色同士でまとまるビーズのように、血液も仲間分けができるのではないかと。
私はすぐ叔父に伝え、叔父は慌てたように出て行った。そしてその日のうちに、全ては明らかになった。
妻は魔女で、子供を欲しがる夫のために隣国から子供をさらい魔術で瞳や髪の色を変えていた。彼らが訴えたように魔術で人心を操り幻覚を見せ、偽の記憶を植えつけていたのだ。暴かれた妻は法廷でその胸を突き、カリュニシン家を呪いながら息絶えた。詳細は知らされていないが、跡継ぎを絶やすと言ったらしい。東方では、狼は不吉を呼ぶ動物として忌み嫌われている。
当時私達は屋敷で家庭学習の最中だったが、突然兄が苦しみだした。椅子から転がり落ち、私達の声も聞こえないかのように唸りのたうち、絶叫の果てに、狼となった。
――じゃあ、叔父様。お兄様が狼になったのは、私のせいなのね?
私の神力は、その絶望の中で生まれた。
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